第157話壊し屋さん6

 ひーとんが正体不明のアヤカシと対峙していると、彼の脳に緑からのコールが入った。何か進展があったのか、トラブルが起きたのか。とにかくここは都ではないので、彼らは大っぴらにテレパシーを使用できる。


《おっすー、ひーとん。ちょっとおもしれー情報が入ったぞ。まだラボにいる??》


「おぅ、みどりん。こっちもおもしれー事になってんぞ。ラボにいっから、ここらで合流すっか」


 七つの死体が転がっているラボで、彼らは再び落ち合う事にした。緑はイナリと小間ちゃんを連れてラボまで戻っていたが、宿直室にいたミコトは、緑の手によって亡き者にされていた。この人たち、さっきから平気でミコト殺しちゃってるけど、その躊躇のなさは賞賛に値する。生きていようが死んでいようが自分たちには関係ない人物の命なんて、乾いたウェットティッシュくらいの価値しかないとか思ってんだろうな。

 ハナからスパイスの関係者を見逃すつもりのないひーとんたちは、シリアルキラー並の殺意を身に纏い、この場に臨んでいる。襲撃を受けた事のないこの施設の面々が、彼らと渡り合う事など、土台無理なのだ。

 ジェフリー・ダーマーも裸足で逃げ出す様な猟奇的殺人鬼と化したひーとんたちは、互いにメタンフェタミンを摂取しながら、約束の場所で落ち合った。


「ひーとん、おまたー」


「待ってたよ、みどr……。あのさぁ、いい加減結晶をまんまで食うのやめろよ…。っつーか、苦くないの??」


「何をどう食おうが私の勝手じゃん。それに、意外と慣れると美味いもんだよ」


 宿直室からやってきた緑たちは、揃ってシャブの結晶をポリポリ食っていた。緑とイナリは毎度の事として、なぜか小間ちゃんまでもが、彼女らのスタイルに付き合わされていた。それ意味あんの?だって小間ちゃんには既にシャブ刺青施してんじゃん。もったいなくない??

 まぁ、その事については後日にでも論争を繰り広げればいい。今は現状を報告し合う事が先決だ。ひーとんは早速本題に入った。


「で、みどりんが言ってたおもしれー情報って何?」


「あぁ、今日はスパイスの入荷の日らしくてよ、この後自警団が商品取りにやってくるんだと。もしかしたら『アイツら』かも知んねー」


 緑の言う『アイツら』とは、コウヘイくんを実験台にした挙句、彼の命を奪った二一組の連中だ。ひーとんや緑がスパイスの撲滅に乗っかってくれたのは、『アイツら』の存在があったからだ。ひーとんたちは、ヤツらに意趣返ししたいのだ。その目的を達成する為なら、邪魔立てするヤツらを皆殺しにしたって構わない。向こうからしたら、厄介以外の何物でもないだろうけど。


「で、そっちのおもしれー事ってのは、ソイツの事??」


 報告を終えた緑は、ひーとんの隣に佇んでいるアヤカシにフォーカスを合わせた。ここは都ではないので、アヤカシがいたとしても何ら不思議ではない。ただ、アヤカシを連れたミコトの優位性を熟知している彼女は、そのアヤカシの存在にあまり良い顔をしなかった。このアヤカシの主人が、『羽根田浩』である可能性があったからだ。


「おい、そこのアヤカシ。お前は何の目的でここにいる?お前の主人は誰だ?」


 緑は眉間に皺を寄せながら、強い口調で問いただした。彼女の威圧感にも物怖じしなかったアヤカシは、冷たい視線を緑に向け、不服そうに口を開いた。


「貴殿に教える必要がどこにある。ワタシは好きでここにいるだけだ」


 彼の言葉に侮辱を感じ、怒りを露わにしたのは、言われた当の本人である緑ではなく、その従者イナリだった。小さな身体を武器にした俊敏な動きで距離を詰めたイナリは、彼の胸ぐらを掴み、彼の額に自分の額を押し付けて、がなり声を上げた。


「テメェ…ッ、なんて口のききかたしやがる…ッ!『ミカド』の前だぞ…、分をわきまえろ…ッッ!」


「イナリッ!いいから下がってろ…」


 緑に抑止されたイナリは、胸ぐらを掴んでいた手で彼を突き飛ばしながらも、突き刺さる様な鋭い眼光を彼に浴びせ続けていた。イナリが何故ここまで怒るのかは明白だ。アヤカシは付き従っているミコトを侮辱されるのが一番癪に障る。それはあんずも同じだ。

 先ほどまで余裕綽綽の様子だったアヤカシは、イナリの怒りをぶつけられると、冷や汗を滲ませながら後ずさりした。まるで自分の言動を悔いているかの様に。


「みどりん、コイツはまだ名前がねーんだってよ。そこで及ばずながら、この山野仁志が命名しましたッ!!

 コイツの名前は『リュウジ』ッ!『龍を司る』と書いてリュウジだッッ!!」


 それまでの張り詰めたシリアスな空気をブチ壊す様に、無駄に陽気な声で全く関係ない事を言い出したひーとんがツボに嵌ったのか、緑は急に大声で笑い出した。


「アーハッハッハ!!ひーとん、アンタ分かってやってんの??それが何を意味すっか知ってる??」


 大爆笑している緑とは対照的に、いきなり名前を付けられたアヤカシは、鳩が豆食ってポゥみたいな顔をしていた。そういえば、あんずに名前を付けた時も同じ顔してたなぁ。


「ひ…、ひとし殿…ッ!それはワタシの名かッ!?ワタシに名前をくれるのかッ!?」


「だからそう言ってんじゃん。お前は今日からリュウジだ!分かったか??」


 ひーとんの言葉を聞いたリュウジは、両手で顔を覆いながら一度天を仰ぎ、その後ひーとんの前で跪いた。それは彼なりの服従のポーズだった。名前を付けてもらった事で、リュウジはひーとんに忠誠を誓ったのだ。

 そう、アヤカシはミコトに名前を与えられる事で契約の証とする。俺も緑もヨシヒロもそうしてきた。つまり、リュウジは今までどのミコトとも契約をしていなかったのだ。たった今からひーとんの従者になったリュウジは、漸く緑の質問に答えるのだった。


「先ほどは失礼した、みどり殿。ワタシは『コウ』というミコトに頼まれ、ここで身体の一部を提供している。ワタシの髪や爪をクスリの調合に使っている様だ」


「髪や爪…??ひーとん、リュウジって龍のもののけなんだよな?…、そうか。そういう事かッ!!」


 何処か合点のいった緑は、宿直室から見つけ出したスパイスのレシピを広げた。そこに書かれた化学式を読み解き、彼女はスパイスの正体を暴きかけていた。しかし、最上級のスパイスである『サピエンス』には、化学では説明のつかない謎があった。

 リュウジの存在は、その謎を埋める大きなピースだったのだ。

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