第156話壊し屋さん5

「やっと見つけた。これが宿直室か」


 お目当ての部屋を見つけた緑たちは、何の躊躇いもなくその部屋の戸を開けようとしたが、他の部屋とは違い、ここの戸は施錠がされていた。こういう時はひーとんの出番だが、生憎彼はラボに居座っている。ムリに壊して怪我でもしたら元も子もないので、緑は小間ちゃんに来訪を伝えさせた。


「すいません。羽根田さんからの言付けを持ってまいりました。よろしければここを開けてください」


 小間ちゃんが戸を叩きながら嘘の報告をすると、暫くしてからレスポンスが返ってきた。


「要件があるなら、そこで言え。ここは開けられない」


「いえ、直接お見せしたい物もありますので、どうか開けてください」


 中間管理の役職に就いているミコトは、身内であるはずの小間ちゃんを必要以上に怪しんだ。もしかしたら、緑たちの存在に気づいているのかも知れない。流石に派手に暴れすぎたか?そんな不安を緑が感じていると、部屋の中にいるミコトが、恐る恐る戸を開けた。


「一体、何の用だ?」


 30cmほど戸が開くと、間髪入れずに小間ちゃんが戸の隙間に足を突っ込んだ。両手両足の指を全て落とされているとは思えない動きをする小間ちゃんのお陰で、宿直室の内側まで強行突破する事ができた。


「なッ、何なんだ、お前らッ!!ここは関係者以外立ち入り禁止だぞッッ!!」


 小間ちゃんの話では、中間管理職のミコトは二人いるという事だったが、部屋には一人のミコトしか見受けられなかった。残りの一人の行方も気になるが、先ずはコイツから情報を引き出す事が先決だろう。

 役職に就いているという事は、コイツは小間ちゃんよりも深くスパイスに関わっているはずだ。尋問すれば、より多くの情報が手に入る。その為には、コイツを小間ちゃんと同じ様に従順にする必要がある。しかし、小間ちゃんと違ってコイツは拘束されているワケではない。自白剤を飲ませる前に、行動の自由を奪わなければならない。


「イナリ、行け」


「わかった」


 緑からの号令を受けたイナリは、注射器を片手に中間管理のミコトに襲いかかった。だが、イナリの身体は、あんずと同じくらい小さい。体格差の有利からか、迫ってくるイナリに別段脅威を感じなかったミコトは、イナリを返り討ちにしようとした。

 しかし、イナリはミコトと接触する直前、姿を元の狐に戻した。不意を突かれたミコトの股下を悠々と潜り抜けたイナリは直ぐに踵を返し、持っていた注射器を彼の太ももにブッ刺した。その瞬間、彼は頭から床に倒れ込んだ。


「どうだ?私のヘロは。ヤベェだろ??」


 イナリが差した注射の中身は、緑特製のヘロインだった。しかも、普通のヘロインじゃない。モルヒネを無水酢酸で煮る時間を大幅に増やし、濃度を劇的に高めた物だった。そんな物を直接筋肉に注射されれば、一瞬の内に行動の自由を奪われる。ダウナー界のキングオブキングだ。

 後は、小間ちゃんにした様に自白剤を飲ませ、尋問するだけだ。


 ――――――――――………


 一方その頃、ラボではひーとんによる破壊行為が続いていた。おそらくは、膨大な資金と労力で作り上げたであろうラボをゴミ屑に変えるのは、それなりの背徳感と罪悪感が付き纏う。それが何よりの快感になってしまっているひーとんは、道徳の心など持ち合わせてはいない。そんなものは教育や刷り込み、洗脳などによって、後から植え付けられるノイズでしかないからだ。

 キングコングを彷彿とさせるひーとんの大立ち回りは、地下に備えられたこの建物中に轟音を響かせていた。そのやかましい音が中間管理をしているミコトに届いていないワケはなく、宿直室から飛び出してきたもう一人のミコトと、ひーとんがバッティングした。


「てめぇ、何してやがるッッ!!何モンだ、てめぇッッ!!」


「何モンって聞かれても困るけど、お前らの敵だよ。俺は」


 そう言いながら中間管理の片割れに近づいたひーとんは、彼の首根っこを鷲掴みにした。人間とは思えない握力と腕力を誇るひーとんは、そのまま彼を持ち上げると、脅す様に彼に問いかけた。


「『羽根田浩』ってヤツに会いてーんだけどさぁ、今どこにいるか知ってる??」


「かはッッ…!は、羽根田さんはここにはいねぇ…ッッ!」


「んなこたぁ分かってんだよ。俺はどこにいるか聞いてんだ」


「し…ッ、知らねぇ…よ…ッッ!」


 相変わらず尋問が上手くいかないひーとんは、彼の返答を聞いた瞬間、強い憤りを感じてついつい手に力が入ってしまった。そのハンドパワーは、彼の命を奪うには充分だった様で、『バキンッ』という音と共に、首があり得ない方向に折れ曲がった。


「あぁッッ!!またやっちまった!もーッ、何だよッッ!!ここには『あっち側』しかいねぇのかッッ!!」


 人並み外れた自身の怪力に業を煮やしていると、奥の方から一つの影がひーとんに接近していた。その存在を、眼前に来るまで気づかなかったひーとんは、『ソレ』の姿を捉えた途端、言葉を失った。あまりにも美しかったからだ。

 男とも女とも取れる様な整った顔立ち、絹の様に細く輝く長髪、陶器の様に透明感のある肌…。浮世離れした美貌を目の当たりにしたひーとんは、ソレがミコトでも開拓者でもない事を直感で悟った。だとすれば、コイツはアヤカシに違いない。じゃあ、誰が何の目的でコイツをここに連れてきたのか。

 突然現れたアヤカシに、一抹の不安を抱かずにはいられなかったひーとんは、この正体不明のアヤカシとの接触を試みた。


「お前は一体…、何モンだ…??」


「何者と聞かれても困るが、ワタシは貴殿の敵ではない。ワタシは龍のもののけで、あるミコトに頼まれ、ここで協力をしている」


 このやり取りから察するに、このアヤカシは結構前からひーとんの様子を窺っていた様だ。しかし、ならば何故、身内のミコトが殺されそうな状況で助けに入らなかったのか。ミコトと行動を共にするアヤカシは、そのミコトに忠義を立てるはずなのだが…。

 色々な疑問が、際限なく湧き上がっているひーとんは、その最たる疑問をアヤカシに投げかけた。


「お前、名前はなんてーんだ??」


「名前…??そんなものは、ワタシにはない」

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