第149話バクチ稼業2

 高桑自前の麻雀牌セットを手にマチコの店まで戻ると、店の中のメンツが一人増えていた。お香屋の塩見だ。そういえば朝から見かけないな、と思っていたが、どうやら高桑と同じ様に二階の宿屋に泊っていた様だ。

 彼女には都入場の際、怪しまれないようにと僅かな貝を持たせていたが、この一泊で多分底を尽きているだろう。都までの道中を共にした仲だから、金銭的な援助をしようと思えばいくらでもできたが、それは俺から持ちかける話ではない。商売を始めようと思えるほど自立しているなら、手放しの施しは失礼に当たる。もし彼女が本当に貝に困って、相談をしてくるような事があれば、力になるくらいのつもりでいればいいか。


「ただいまー。取ってきたぞ、高桑。これで貸し一つだでな」


「イチイチ言わんでも分かっとるわッ!サンキューな、拓也」


 三人の談笑は盛り上がっていた様だが、俺が高桑の荷物を取りに行っている間、コイツは女の子二人と楽しそうに喋っていたと思うと、ムカッ腹が立ってきた。一発殴っとこ。

 それはさて置き、わざわざ牌セットを取りに行ったのは、夜になる前に『手品』を練習したかったのと、あんずに『麻雀』を見せておきたかったからだ。

 俺と高桑には、職校の先輩から伝授されたとっときのワザがある。しかし、それを使うのは久々だった為、リハーサルをしておかなければ、いきなり本番で出来るワケがない。その不安は高桑も持っていたらしく、彼も練習に乗り気だった。

 しかし、牌を広げられる場所がなければ練習もクソもない。高桑の麻雀セットには、ちゃんとマットも付属されていたが、それを敷けるほどマチコの店は大きくないし、隠し部屋だってヨシヒロたちが治療に使っている。何処か手頃な場所はないだろうか…。


「マチコ、上の宿って昼も借りれんの??」


「貝さえ払えば使えるよ。でも夕暮れまでね。そっからは泊まりの客優先だから」


 さっきまで高桑が寝ていた部屋を、もう一度借りられる事になった。その部屋は俺も以前に使用したので、四畳半の広さだとは分かっていた。決して広いワケではないが、それだけあれば牌を広げられるし、下手な所より隠密に練習できる。

 俺はあんずと高桑を連れて二階に上がっていった。階段を上りきると、代金を徴収する女の子がいて、要件を軽く伝えた。


「夕方まで部屋を使わしてまいたいんだけど…」


「かしこまりました。貝1500になります」


 前も思ったけど、随分と無愛想な子だなぁ。客商売なんだからもちょっと愛想よくできないのかねぇ。せっかく整った顔立ちしてるのに、もったいないなぁ。と、思いながら、彼女が渡してきた機械を右耳にかざし、会計を済ませた。


「それでは、ごゆるりと…」


 徴収係の女の子に促されながら部屋に入ったが、彼女の表情は最後まで変わりなかった。何か事務的すぎるっていうか、機械的すぎるっていうか…。不気味な彼女に、違和感以外の感情が沸かなかったが、どうやらそれは高桑も同じだったらしい。


「あの子よぉ、昨日も今朝もあんなカンジで、ちょっと気味悪ぃよな…」


「まぁ、でも顔はかわいいがや。無駄に愛想のええブスよりよっぽどええんでない?」


 襖一枚隔てているだけなのにも関わらず、彼女に対して悪態をつく高桑はバカなのか?俺がフォロー入れなかったら、あの子傷ついて余計に愛想悪くなっちゃうかも知れないじゃん。もう少し頭使えや、ボケ。

 と、思っていた俺もまた、頭が足りてなかった。いくらフォローとは言え、あんずの目の前で他の女の子を褒めてしまった。ヤベェ…、どんな角度から雷が落ちるか分かんねぇ…。下手したら殺されるかも…ッ!!

 などと、不安に駆られている俺とは裏腹に、あんず本人は至って平穏だった。あれ?いつもなら『たくちゃんのバカぁッ!』って言ってきてもおかしくない状況なのに、何でそんなに冷静なんだ??も…、もしかして、俺の事キライになっちゃったのかな…?そうだとしたら、もう生きてはいけない。拳銃持ってきて正解だったかな…。


「あ…、あんず。今のはアレだぞ…。社交辞令っつーか、お世辞っつーか…。一番かわいいのはお前だでなッ!あんずッッ!!」


「え?あ、はい。ありがとうございます。でも何で急に……??」


「だって、あの子の事『かわいい』って褒めてまったで…」


「はぁ。でも、たくちゃん。アレ、生き物じゃないですよ?」


 は?


「ミコトの方に似せてありますけど、ゼッちゃんとかひとしさまのトラックに近いですね。さすがに、そんなのにヤキモチ妬きませんよぉッ」


 結論から言うと、あの子はアンドロイドだった。そんな事ある?俺の知ってるロボットって、『アシモ』までやぞッ!?

 同じ人間と見紛うほど、精巧に作られたアンドロイドの存在に、俺と高桑二人分の目玉四つは宙に浮いたまま、暫く帰ってこなかった。


 ――――――――――………


「話が逸れてまったけど、稽古だ稽古ッ!本番は一局もミスできん。高桑、気合入れてけよッ!」


「そりゃ俺の台詞だわッ!おめぇ、コッチ来てから麻雀打ったの、この前ん時だけだろ。お前の方がヘマする可能性高ぇんだでなッ!」


 こんなやり取りをするくらいなので、俺たちがやろうとしているのは、積み込みしかない。しかし、俺らのワザは普通の積み込みではない。ちょっと特殊なのだ。これを実践で使うのは、本当に久しぶりだ。

 俺と高桑は、職校の空き時間の殆どを博打に費やしてきた。そのメインは麻雀だった。俺たちが在籍していた『建築科』は、賭け事を好む阿呆が学年の垣根を越えてかなりいたのだ。かく言う俺たちも、建築科の先輩に麻雀を教わった。メキメキと腕を上げた俺たちは、その内同学年の連中から敬遠される様になってしまった。

 相手がいなければ賭け事にはならないし、俺も高桑も麻雀が打ちたいんじゃなくて、勝負に勝ちたかった。そこで目に着けたのが、『大富豪』だった。手軽で何人とでも戦えるトランプは、瞬く間に麻雀を越える人気のゲームになった。しかし、麻雀よりも動く金額が遥かに少なかった為、よりエキサイティングなゲームになる様に、ルールを増やし、ジョーカーを増やし、終いには氏家が吹っかけてきた『鬼大富豪』へと変貌していった。

 その頃から麻雀を打つ機会が少なくなり、腕が鈍っている所にこの間の成瀬兄弟との勝負だ。自分の雀力の衰えに気づいていないのに、勝てるワケがない。俺は負けるべくして負けたのだ。


 だが、俺と高桑が組めば、1+1=200になる。10倍だぞ!?10倍ッ!!

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