第150話バクチ稼業3

「おいッ!拓也!!おめぇ、牌の並びが間違っとるがやぁッッ!!集中しろやッ、たぁけぇッッ!」


「んだ!?高桑、てめぇッッ!!お前だって賽の目狙えとらんがやッッ!!ドタマぶち抜くぞッ、クソガキイッッ!!」


 案の定、俺も高桑も随分と腕が鈍っていた。積み込みどころかサイコロも操れなくなっているなんて…。今夜の勝負に間に合うのだろうか。リハーサルしといて本当に良かった。何もしないで馳せ参じてたら、確実に負けてたわ。

 俺たちは失いつつあった感覚を、数時間で取り戻さなければならない。牌を積んでは崩し、崩しては積む、を何度も何度も繰り返し、納得いくまで稽古を重ねた。それを傍らで見ていたあんずは、凄く退屈そうにしていた。

 もうそろそろワザも仕上がってきたし、あんずに麻雀を軽く説明しておくか。


「あんず、俺らが今やっとるのはな、『麻雀』っつって……――――」


 ――――――――――………


 気づけば、もう陽は傾いていて、西日の差す窓から見える空は、真っ赤に燃えている様だった。

 積み込みの稽古と、あんずに対する麻雀の説明を終わらせた俺たちは、階段を下り、再びマチコの店に戻ろうとしていたら、何やら下が騒がしい様子だった。何かあったか、と急いで店に入ると、騒いでいたのはヨシヒロだった。


「おい、ヨシヒロ。どーした??」


「あッ!いずみくんッッ!!大変だよッ!ももこちゃんが戻ってこないんだッ!きっと何かあったんだよッ!どうしよう、どうしよう……ッ」


 確かに、午前中に行かせたお使いからまだ帰ってないってのは、ビッグトラブルの予感しかしない。桃子にコールする事も考えたが、誰かに囚われているとしたら、それは悪手だ。彼女の状況が掴めない以上、手の施し様がない。

 それに、桃子が帰ってこない事にヨシヒロは動揺しまくっている。彼には治療という大役を既に任せているので、余計な心労はかけさせたくない。しかし、俺にも桃子を探しに行く時間など、どうやったって捻出できないのだ。

 桃子の無事を祈る他ない状況に歯痒さを感じていると、動揺の収まらないヨシヒロに吉報が入った。桃子からのコールが来たのだ。


《よしひろくんっ、遅くなってごめんなさいっ!今『'98』に向かってる途中だから、心配しないでっ》


「ももこちゃんッッ!無事でよかった…ッ!本当に……、本当に良かったぁ…」


 彼女の無事が確認できた事は喜ばしいが、気になる事も山ほどある。コイツ、薬買いに行くだけのお使いに何時間かけてんだよ。それに、無闇にテレパシー使うなとも言ってあるのに、アイツ本当にバカだなぁ。

 ヨシヒロは桃子からのコールで安堵し切っているみたいだけど、それだけではイヤな予感を拭い去る事はできなかった。


「おい、桃子。何があった?今まで何しとったんだ??」


《あっ、たくやくんっ。実はね、薬屋さんの子がすごく親切で、私たちに協力してくれるってっ!!》


 何勝手な事してくれとるんじゃ、あのクソアマァ…ッ!!俺たちの事は誰にも言うなと、あれほど釘を刺しておいたのにぃ…ッ!!どこの馬の骨とも分からんヤツを何の相談もなしに引き込みやがってぇ…ッ!!

 彼女の軽率な行動は軽蔑に値するが、そんな事を今更咎めたって後のカーニバルだ。今度は、その『薬屋の子』ってのが俺たちにとって不利益な存在でない事を祈るしかない。何でこんな事に気を揉まなくちゃならんのか…。俺だってこれから一仕事も二仕事もあるんやぞ?


「まぁええわ。ほんで今はどーしとるんだ?桃子」


《あのねっ、しおりちゃんが尾行の撒き方おしえてくれてねっ、車と駕籠を乗り継いで帰ってるよっ!薬屋さんといっしょにっっ》


 だから、それが尾行かも知れないでしょうが。バカなのか、あの女は。桃子を連れてきた自分の判断が間違っていたんじゃないかと不安を抱かずにはいられなかったが、こうなってしまった以上、成り行きに身を任せるしかない。

 薬屋ってのに会って真相を確かめたかったが、そんな事していたらせっかく取り戻したワザの感覚がどっか行ってしまう恐れがある。俺は早く雀荘に向かいたかったのだ。

 最悪なケースは、薬屋がヨシヒロたちに危害を加える存在だった場合だ。治療班に武力を持たせなかった采配は俺のミスかも知れないが、あんずやひーとんを防衛に回す余裕などない。二人ともやる事が立て込んでいる。

 どうしたら彼らの身の安全を守れるか必死に考えていた俺に、ヨシヒロは心強い言葉をかけてくれた。


「いずみくん。ももこちゃんの無事さえ分かれば、もう大丈夫。もし何かあっても、僕とハクトで対応するから心配しないでッ」


 そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、何が大丈夫なんだ?もしも血で血を洗う様な暴力沙汰になった時、ヨシヒロとハクトで何ができるんだ?

 そんな疑念が頭を過ぎって仕方ない俺とは裏腹に、ヨシヒロは頼もしい笑みを見せてくれた。彼にはピンチを切り抜けるだけの自信がある様だ。その根拠は俺には分からないが、ここはヨシヒロに任せよう。それに、よくよく考えれば、彼はハクトというアヤカシを連れた『こっち側』だ。最初から命の心配はなかったのだ。


「ほんじゃあ、後は頼んだでな。ヨシヒロッ」


「うんッ。もしマズい事が起きたらいずみくんにコールで知らせるから、その時は咳払いか何かで反応してねッ!」


 ヨシヒロは本当に良く気の利く子だなぁ。さっきまではえらい動揺してたけど。まぁ、ここまで落着きを取り戻したんなら、彼の言う通りもう大丈夫なんだろう。

 俺とあんずと高桑が共にマチコの店をあとにしようとすると、ずっと蚊帳の外にいた塩見が焦り気味で声をかけてきた。


「あのッ、今泉くんッ!わ、私にも何かできる事ないかなぁ…?」


「ほうだなぁ…。じゃあ、塩見ちゃんは中毒者の子たちの為にリラックスできるお香焚いてあげてくれん?お香は使った分だけ後で代金支払うでさッ」


 それを聞くと、塩見は『ガッテン』と言わんばかりの敬礼を笑顔で俺に向けた。その仕草が可愛いな、と思ったのは絶対あんずに内緒。とにかく、これで気兼ねなく雀荘に向かえる。

 俺とあんずと高桑の三人は、既に陽が落ちた都の闇へ吸い込まれて行った。

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