第147話壊し屋さん4

 階段を下りたひーとんたちは、一枚の鉄製の扉に阻まれた。その扉はカギがかかっていて、小間ちゃんにも開錠はムリらしい。そんな状況にも関わらず、彼らは前進を諦めようとは思わなかった。こんなものはトラブルの内に入らない。

 ひーとんは誰に言われるでもなく、扉の前に立ちはだかると、その巨体から繰り出される前蹴りをお見舞いした。扉はノブの部分が激しく破損し、二度と施錠する事ができなくなってしまった。しかし彼らにはどーでもいい事なので、破壊行為を気にも留めないまま、扉の内側へと入っていった。

 中は長い通路になっていて、その一番奥の部屋からは明かりが漏れていた。真っ暗な通路を、わずかな明かりを頼りに進んで行く彼らの歩みは、一切の躊躇いもなかった。罠が仕掛けてあるとか考えないのかなぁ。

 僅かばかりの距離を歩き、光が漏れているドアに手をかけると、その部屋は施錠がされていなかった。おそらくは、さっきひーとんが壊した扉が最終防衛線になっているのだろう。セキュリティが甘いと言わざるを得ないが、こちらにとっては好都合だ。

 ひーとんが先頭となりその部屋へ入ると、そこはラボになっていて、今まさにスパイスを生産している最中だった。作業をしているミコトの数は三人と少なかったが、その内の一人がひーとんたちの存在に気づいた。こんな時間にここを訪れるヤツなどいないのだろう。不審に思った作業員は、大声で威嚇しようとした。しかし、彼の目論見は失敗に終わった。彼が声帯を震わせるよりも速く、ひーとんの拳が彼を襲ったのだ。見た目以上に俊敏な動きをするひーとんは、丸腰でどうにかなる様な相手じゃない。

 スピードに体重を乗せた渾身の右を受けた作業員は、その瞬間に事切れた。


「あ、ヤベッ。殺しちゃった」


「いいじゃん、いいじゃん。殺せるヤツは殺していこう。死なない『こっち側』は、私とイナリが対処するよ」


 そう言って、緑はイナリと小間ちゃんを連れて奥へと進んでいった。ひーとんはラボに残り、作業員の殺害と施設の破壊を請け負った。

 他の作業員の二人もひーとんの存在に気づいたが、彼の足元に転がっている仲間の亡骸を見て、身体が強張ってしまっていた。こんなバイオレンスな状況に、心身が付いていかないのだろう。そんな事はお構いなしに、恐怖と緊張で動けない二人を、ひーとんはあっと言う間に仏さんにした。

 この場に作業員がいなくなった事で、ひーとんは施設の破壊に行動を移した。なるべく大きな音を立てて、この建物にいるミコトを炙り出す魂胆の様だ。


 緑たちは、ラボの奥に設けられたドアを越え、ズンズンと中へ進み、目に付くドアを片っ端から開けていった。その殆どが無人で、ミコトの気配すら感じない事に、緑は苛立ちを隠せなかった。


「おいッ、小間ッ!ここの連中はどこ行ったんだよッッ!!っつーか、ここにゃ何人いんだッ!!」


「ラボでの作業は、常に三人態勢でシフト制です…。それ以外では、中間管理をしているミコトが二人います…。本来は、セキュリティの仕事も担っていますが、強襲を受けた事がないので、おそらくは宿直室でサボっているはずです……。

 それから……」


 緑からの質問に素直に答えていた小間ちゃんは、情報を追加しようとした所で言葉を詰まらせた。既に自我を失っている彼が答えられないというのは、言語化が難しいか解答に至るまでの素材が不足しているのだと、緑は考えた。


「分かる所まででいい。知っている事を話せ」


「はい…。ここには羽根田と自警団しか知らない存在がいるそうです…。それが何者かは知りません…。ですが、ミコトでも開拓者でもないようです…」


 それを聞いた緑は、イヤな予感がした。ミコトでも開拓者でもないとしたら、それは十中八九アヤカシだ。ミコトとアヤカシの関係性を熟知している緑は、自分がイナリを連れている事でどれほどのアドバンテージを持っているか、良く理解している。だが、相手もアヤカシ連れとなると、条件は五分と五分だ。そんな丁半博打の様な勝率ではお話にならない。『勝つなら圧倒的に』なのだ。

 しかし、今そのアヤカシについて議論しても仕方ない。早急にやるべき事は、この施設にいるミコト殲滅だ。緑は一旦腹に溜めた苛立ちを忘れ、宿直室の捜索を開始した。


 丁度その頃、外では太陽が顔を出し始めた。新たな一日の幕開けと共に、作業員の交代の時間になり、別のミコトが三人、ラボへ続く階段を下りていた。そこで彼らが目にしたのは、いつもは施錠されている扉が、明らかに外側から破壊されている光景だった。

 ただならぬ不安を抱えた三人は、ラボに足を踏む入れた瞬間、顔面蒼白となった。仕事仲間であるミコトの死体が三つも転がっていたからだ。殺された作業員は、三人とも頭部がグチャミソにされていて、グロ耐性のない者なら、嘔吐は免れないだろう。

 阿鼻叫喚の情景を演出したひーとんは、転がった三つの死体を傍らにして、緑から譲ってもらったシャブを炙ろうとしていた。どっから持ち出したか分からない銀紙とストローを両手に。

 シフト交代でやってきた三人のミコトを確認しつつ、ボトルキャップを型にして銀紙を皿状にしたひーとんは、そこにシャブの結晶をブチ込んだ。銀紙の下から火で炙られたシャブは、煙が渦を巻きながらストローへと吸い込まれていく。彼は肺一杯にシャブを溜め込んだまま、口先だけの吐息で液状化したシャブを凝固点まで冷やした。後でもう一発キメるつもりなんだろう。

 余談だけど、ひーとんがシャブをポンプ(静脈注射)しないのは、注射が怖いからなんだって。

 ゆったりとシャブを楽しむには充分な時間をひーとんに与えてしまった三人のミコトは、混乱でその場から動けないでいた。そんな彼らに近づいたひーとんは、手櫛で一度髪を逆立たせた。興奮状態の彼の髪は、そのまま重力に逆らい続けていた。金髪だったら伝説の戦士やぞ。

 超トチキチと化したひーとんは、瞬く間に新たな死体を三つ拵えた。どうやら作業員は非死(アモータル)しかいない様だ。彼は多少の物足りなさを感じながら、もう一度シャブを炙った。


 緑は緑で、相変わらずポップコーンみたくシャブの結晶を口に運んでいた。そんな筋金入りのジャンキーは、『宿直室』と書かれた扉を漸く発見した。

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