第146話壊し屋さん3

 スパイスの末期症状よりも酷い状態にさせられた小間使いは、ひーとんによって都から離れたテキトーな場所へと運ばれていた。コンテナにブチ込んだままにしておけばいいものを、ひーとんはわざわざ助手席に座らせた。何処で終わらない廃人の人生を過ごすか、自分で決めさせる様だ。

 緑とイナリは再び都に入り、『羽根田』というもくもく亭の経営者を探す為、都にある四店舗を虱潰しに訪ねるらしい。しかし、上手く羽根田と鉢会えたとしても、先ほどの小間使いの様に拉致れたり拷問できるかは怪しい。向こうだって悪どい事してる自覚くらいはあるだろうから、それなりの警戒をしていてもおかしくない。

 案の定、羽根田は何処の店にもいなかった。聞けば、彼はあまり店には顔を出さないそうだ。従業員が羽根田と顔を合わせるのは、月に一度の締日の時くらいらしい。それ以外は、何処で何をしているのか、全くの謎だと言うのだ。それ自体が、襲撃を想定したマニュアルかも知れない。

 とにかく、これ以上打つ手がなくなった緑は、今後どうするかを少し悩んでいた。そんな時、彼女の脳にひーとんからのコールが入った。


《みどりん、今だいじょうぶか?》


「ひーとんか。ちょっと待って、路地入るから」


 小間使いを捨てに行っただけのひーとんが緑にコールを寄越したのは、ちょっと面白い展開になっていたからだ。なんと、助手席からの景色を見ていた彼が、いきなりナビを始めたらしい。そのナビに従って進んで行くと、小さなバラック小屋があり、その中で地下へと続く階段を発見した。これをスパイス工場だと踏んだひーとんは、突入を緑たちと合流してからにするつもりなのだ。

 しかし、工場の場所を知らないと言っていた彼が、どうして急にナビをする事ができたのか。


「そりゃ、目からの刺激がトリガーになったんだ。言葉で聞くより、視覚に訴えた方が記憶を引き出すのに長けてんだよ」


 人間の脳は、八割を視覚の処理に費やしている。目から入る情報は、思っているより膨大なのだ。そして視覚の記憶は、言語化できない場合もある。つまり彼は、深層では知っていた事も、言葉にできないから『知らない』と言うしかなかったのだ。

 偶然にも小間ちゃんを助手席に乗せたひーとんの思惑が功を奏し、工場の発見へと至った。尋問が上手くいかなかった彼の鬱憤は、ここで解消する事ができた。それに気を良くし、思わず緑にコールを入れてしまったのだとか。別に急を要してしるワケでもないし、都に戻ってからでも十分間に合うと思うのだが…。

 それはさて置き、羽根田より先に工場が見つかった事で、次にやるべき事が決まった彼らは、都の門を出た所で合流しようと相成った。

 先ほどから何度も番屋の前を行ったり来たりしている緑を不審に思った防人が、彼女に声をかけたが、性格と口の悪い腐れジャンキーは、怯む事も臆する事もなく、


「てめぇに関係あんのか…?」


 とだけ言って門を出た。そういうのは悪目立ちするから止めてくれって言っといたはずなんだけどなぁ。工場を発見して上機嫌のひーとんとは違い、緑はどこか不機嫌な空気を纏っていた。それまでスパイス屋を転々と訪ね歩いていた彼女は、店員やそこにいた客の様子に、コウヘイくんの最期がフラッシュバックしたのだ。

 薬物でダメになるのは本人の責任でもあるが、そもそも人をダメにするネタをばら撒く事自体が、緑には許せなかった。なぜなら彼女は、ドラッグを豊かで妖艶で楽しい物だと考えているからだ。世界トップクラスの製薬会社の令嬢として生を受け、物心つく前から薬物と向き合ってきた緑は、使用して人生を棒に振る様な物はドラッグではないと教えられてきた。

 彼女の倫理から大きく外れるスパイスの存在は、彼女の殺る気を駆り立てていた。


「みどり、おそくなった」


「おぅ、イナリか…。お前も食うか??シャブ……」


 狐に化けて都を出たり入ったりするイナリと落ち合えた緑は、希釈していないシャブの結晶をボリボリと貪っていた。明らかなメタンフェタミンの過剰摂取は、彼女の感覚や神経や脳の働きを、青天井で上昇させた。その使い方は倫理から外れないんですかねぇ…。

 底知れない負の感情を露わにする緑に寄り添おうと、イナリも同じ様にして結晶を食べた。緑とイナリは、常に一心同体なのだ。その絆は、俺とあんず、ヨシヒロとハクトよりも深く刻まれている。なんたって毎晩一緒にお風呂に入るくらいだからな。

 二人してギラギラの目でブクブクと口の両端に泡を作りながらひーとんを待っていると、ヘッドライトの灯りが彼女たちを照らした。


「おまたせー、みどりん、イナr……って!!お前ら大丈夫かッッ!?小間ちゃんよりヤバそうに見えんぞッッ!」


 この空間で一番真面なのがトチキチのひーとんという状況は、キリストがルシファーに魂売るくらいの絶望なんじゃないかな。


 ――――――――――………


「みどりん、着いたぞ。ここだ」


 バラック小屋の場所をちゃんと覚えていたひーとんには、小間使いのナビはもう必要なかった。緑とイナリに助手席を譲る為に、再びコンテナにブチ込まれた小間ちゃんは、到着と同時に外へと引きずり出された。彼の利用価値など、もう残っていないと考えていたひーとんとは裏腹に、緑は小間ちゃんを連れて行くと言い出した。


「シュルルル…ッ、コイツが人質にでもなりゃあ、御の字だ…。シュルルル…ッ、そうじゃなくても、盾くらにゃなんだろ…。シュルルル…ッ、内部の構造とか、中に誰がいるとか、まだ知ってる事があるかも知んねー…。シュルルル…ッ」


「それはいいけどよ…、マジで大丈夫か??カナビスでも吸って落ち着いた方が…」


「いらねぇ…、シュルルル…ッ。こっからは、何が起こるか分からねぇ…。シュルルル…ッ、パキッてた方が、色んな事に、対応できる…」


 何という説得力のなさなんだろう。既にこの状況に対応できてないだろ。

 一抹どころか、二抹も三抹も不安を抱えたひーとんは、シャブのオーバードーズでえらい事になっている緑とイナリ(あと小間ちゃん)を連れて、地下へと続く階段を下っていった。電灯もない真っ暗な階段は、一枚の扉に繋がっていた。

 ここから壊し屋さんの仕事が始まる。…と思ってたけど、もう小間ちゃんを壊した後だった。

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