第145話壊し屋さん2

 あまり情報を引き出せなかったひーとんの尋問に代わり、緑が口を割らせる行動に出た。イナリに指示を出し、彼が持っている包みの中から、透明な液体が入った瓶を用意させた。一見、何の変哲もない水だが、中身は緑が調合した自白剤になっていた。

 両手両足の指を残らず落とされた小間使いは、拘束されている身にも関わらず、痛みと恐怖でギャーギャー騒ぎながらジタバタしていた。その鬱陶しさに痺れを切らしたのか、緑はまたもイナリに指示を出し、それを受けた彼は小間使いの髪の毛を鷲掴み、無理矢理顔を緑に向けさせた。


「これは私が特別に作ったクスリだよ。LSDの原液に加えて、スコポラミンの粉末を混ぜてある。コイツを飲ましゃあ、死人だってベラベラ喋り出す。

 人間の記憶ってのは以外と曖昧で、引き出しを開けらんなきゃ覚えてないのと一緒なんだよ。このクスリは、記憶の深層までの扉を全部ブチ開ける。

 さぁ、二時間目の自白を始めようか…」


 緑がそう告げると、イナリは小間使いの鼻を指で摘み、鼻からの呼吸を不可能にした。必然的に口で呼吸しようと口を開けた瞬間、間髪入れずに緑が自白剤の入った瓶を彼の口に捻じ込んだ。瓶を咥えさせたまま顔を上に向けさせ、強制的に自白剤を飲ませる事に成功した。

 元々LSDは、実際にCIAが使用していた歴史もある由緒正しい自白剤だ。そして、そこに混ぜ込んだスコポラミンは、自制心や意思を不自由にし、摂取した者を従順にさせる効果がある。南米では、バーやクラブなどでナンパやレイプを目的としたり、強盗や誘拐などの目的でも使用されている。人を操り人形にするドラッグだ。

 スコポラミンの効果が出るのには多少の時間がかかるが、即効性のあるLSDの原液に混ぜる事で相乗効果をもたらし、最強の自白剤になっている。


「あー…、うー…」


 そんなヤバいもん飲まされた小間使いは、それまでの騒がしさが嘘だったかの様に、大人しくなってしまった。瞳孔は開ききり、呼吸は短く浅いものになっていた。意識があるかどうかすらも危ういが、緑からの質問には素直に答えていた。

 ひーとんが聞いた時には『知らない』と言っていた質問も、ちゃんと彼の記憶の深層にインプットされていて、ちゃんと答えてくれた。ひーとんが聞き出せなかった20の質問は、半分ほど答えが返ってきた。さらに新たに緑が重ねた質問にも答えが返ってきて、かなりの情報を手に入れる事ができた。

 聞き出した情報を箇条書きにすると、こんな感じだ。


・スパイスには、全ての自警団が関わっているワケではない

・『もくもく亭』の経営者は、『羽根田浩』という二〇組のミコト

・店舗数は、都に四店舗

・従業員は全て二〇組

・商品の補充は三日に一度

・レシピ、工場は自警団の上層部と羽根田しか知らないが、工場は都の外にある

・スパイスの中毒になる可能性は、40%強

・さらにその三分の一ほどが、『サピエンス』のライセンスを取得する

・『サピエンス』を常用している中毒者は、半分ほどが死に至る

・死に至らなかった者の殆どは、不思議な力に目覚める   etc.


 この小間使いから聞き出せる情報は、これが限界だと察したひーとんたちは、次のターゲットを『もくもく亭』の経営者、『羽根田浩』にする事に決めた。

 やるべき事が明確になり、新たなクエストに旅立とうとしているひーとんとは対照的に、緑は何やら表情を曇らせていた。


「みどりん、どーした?何かあったか?」


「いや、大した事じゃねーんだけど、『羽根田浩』ってどっかで聞いた覚えがあんだよ…。どこで聞いたんだっけなぁ…。

 思い出せそうなのに思い出せねーッッ!あー、腹立つぅ…」


 だったらお前も自白剤飲めばいいじゃねーか。一発で思い出すぞ。と、ツッコミたいのは山々だが、アレを飲むと最低でも12時間はフラッフラになる。この後の事を考えると、そんなダウナー状態に現を抜かしているヒマなど皆無だ。

 緑のもどかしい気持ちには賛同できるが、『羽根田浩』の正体はあまり重要じゃないので、その事は一旦端に置いておいて、先を急ぐべきだと結論付けた。

 しかし、その前にやっておかなければならない事がある。この小間使いの処理だ。このまま何もしなければ、日の境で身体がリセットされ、回復した彼は羽根田や自警団に泣きつくだろう。そうなっては、ひーとんたち、運が悪ければ俺たち全員の存在が知られてしまう可能性だってある。コイツはここで片付けておく方が賢明なのだ。

 その事についても緑には考えがあるらしく、行動に移る前に最後の質問を彼に投げかけた。


「なぁ、お前って自分の遺体を現世に残した??」


「いいえ…。残していません…」


 この質問で、彼が殺しても死なない『二〇組のこっち側』だという事は分かった。非死(アモータル)なら死ぬまでひーとんに殴らせておけばいいが、不死(イモータル)を殺す事は、ミコトには不可能だ。そんな状況にも関わらず、緑にはそっちの方が都合が良かった様だ。

 不敵な笑いを漏らしながら、緑は何やら準備を始めた。並べていたのは、俺たちにLSDの刺青を施した時と同じ道具だった。一つ違う事は、あの時緑が使用したインクにはLSDを混ぜていたが、今回は液状のメタンフェタミンを配合しているらしい。

 シャブの混じったインクを、ノミの先で掬い、緑は小間使いの手の甲に、刺青を彫り出した。この時点で、緑が何をしたかったのか予想がつく。彼女はコイツを永遠に覚醒させるつもりだ。

 いくら不死と言えど、眠れなければ身体がリセットさせる事はない。リセットされないまま身体はダメージを受け続け、死ぬ事も回復する事もできず、コイツは無限の地獄を味わう羽目になる。

 さらに追い打ちをかける様に、緑は先ほど使った自白剤を、彼の舌に刻み付けた。これで哀れな小間使いくんは、廃人状態のまま死なない一生を過ごすのだ。一思いに殺してやった方が人道的だけど、相手が死なないんじゃしょうがないよね。


「んじゃあ、俺がコイツ捨ててくるわ。トラックでちょっと行ってくっから、みどりんとイナリは都に戻っててよ」


「あ、そう?なら私は羽根田ってヤツ探しておくよ」


 歩く屍と化した小間使いを縄でグルグルに拘束してコンテナにブチ込んだまま、ひーとんのトラックは夜の闇へ消えていった。

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