第141話国枝クリニック2

「おはよー、いずみくん。こんな時間から呼び出しちゃってごめんね」


 俺の来訪に気づいたヨシヒロは、朝の挨拶もほどほどに、俺を呼び出した理由を教えてくれた。っていうか、ヨシヒロが呼んだのか。多分、桃子からコールがあった時には、既に治療を始めていて、中毒者の子たちにテレパシーを露呈しないように、桃子を店側に出し、俺にコールさせたんだろう。色々と気を回してくれるヨシヒロは、本当に賢い。

 そんな彼が、珍しく俺にお願い事をしてきた。どうやらスパイスの中毒になる原因が分からなくて困っている様だった。三谷が連れてきた中毒者の子の中には、スパイスを持参している子もいて、それを吸うとどうなるのか、俺に協力して欲しいんだとか。

 その手の事は、緑のお株なんだが、彼女はもうひーとんと一緒にスパイス工場に向かっている。このメンバーの中でドラッグに明るいのは俺しかいなかったのだ。


「ヨシヒロは試したんか?スパイス」


「ううん。この子たちを見てたら怖くなっちゃって、自分で吸う勇気がなかったんだぁ…」


 確かに、ヨシヒロがスパイスを吸ってフラフラにでもなってしまったら、治療をする人間がいなくなる。こんな怪しい物を、ハクトや桃子に試させるワケにもいかず、それでもスパイスについて調べなきゃいけないので、俺が呼ばれたという事だ。

 理屈は通ってるし、俺への値踏みがちゃんとできてるのはいいんだけど、実験台になるのはちょっとイヤだなぁ…。まぁ、とは言ってもヨシヒロからのお願いだ。聞いてやるしか俺には選択肢がない。

 三谷の友達からスパイスを分けてもらい、紙に巻いて一本のジョイントを作った。その作業をしている段階でもう臭い。外見は植物片だが、臭いはケミカルそのものだ。シンナーとかもそうだけど、化合物系は苦手なんだよなぁ。

 今日は寝起きにカナビスを一本吸ったきりだったので、ほぼシラフの状態だった俺は、恐る恐るスパイスのジョイントに火を着けた。


「ぶぅぅうぇっへッッ!!うぉぉぉおおうぇッッ!!うぇぇぇッ…。まっず…ッ」


「どう?いずみくん。どんなカンジ??」


「一口だけでもヤバいわ。吸った瞬間に目がチカチカしてくるし、平衡感覚が鈍くなる。クッソ…、頭はボーっとすんだけど、五感は過剰反応しとる。呼吸するたんびに喉とか鼻の粘膜がヒリッとする…」


 俺はジョイントを吸い続け、身体や心で感じる一挙手一投足を、漏れる事なくヨシヒロに伝えた。彼は熱心に俺が放つ言葉をメモしている。この情報が治療の役に立てば御の字だが、もうスパイスを吸うのは勘弁だ。

 あからさまに調子が悪くなった感を出すと、ヨシヒロはそれまでの熱心な雰囲気を脱ぎ捨て、俺に心配と感謝の言葉をかけてくれた。ヨシヒロのヤツ、本気で心配してやがんな。だったら両手吹っ飛んだ時も心配してくれよッ!


「ヨシヒロぉ、俺の事ぁ気にしんでええて…。ちょっと休んでカナビスキメれば治るでよ。

 ほんで、今夜から俺動き始めるもんで、分からん事あったらマチコに聞け。アイツから貝のカード受け取っとるよな?それは自由に使ってええでな。もし貝が足らんくなったら、俺へのツケにしといてくれりゃええわ」


 そうヨシヒロに告げると、彼はさっきまでの俺の五感以上に過剰な感謝を寄越した。ヨシヒロも、俺で実験するのは、気が進まなかった様だ。それでも俺にしか頼めなくて、治療の為の必要な犠牲として俺を選んだ彼の選択は間違っていない。ヨシヒロには、カナビスやあんずを預かってもらった恩がある。それを返しきるまでは、俺を好きに使えばいい。友達ってそういうもんだと、俺は思っている。

 水でも貰おうかと、マチコの店側に行く為に隠し部屋をあとにしようとすると、申し訳ついでにヨシヒロが一枚の紙を渡してきた。そこには治療に使う薬の種類が書かれていて、桃子にお使いを頼みたいんだとか。


「分かった。桃子には俺から言っとくで、ヨシヒロは治療がんばれ!」


「国枝くん、私の友達をよろしくお願いします」


 ヨシヒロに軽く激を飛ばし、あんずと三谷と共に隠し部屋を出た。店側に入ると、店内を忙しなく整理しているマチコとは対照的に、手持無沙汰を全身から醸し出す桃子がいた。治療が必要な患者が来たというのに、治療班として何もやる事がないのが気に入らないそうだ。分からんでもないけど、症状の重い子を見たら、桃子はトラウマを呼び起こしてしまうだろう。

 そんな彼女に役割を与えつつ、患者に近づけないヨシヒロの采配は、見事なものだった。


「おーい、桃子。ヨシヒロがお前にお願いだとよ。ここに書いてあるもん買ってきてまえる??俺のチップから1万出すで、余りは桃子が取っとけ」


「お使い??やったーっ!仕事ができたーっ!

 ……って、コレなに?なんて書いてあるかわかんないよぉ。コレどこで買えるの??」


 俺も書いてある内容は分かんないけど、とにかく薬の種類とか名前とかが書かれてるんだろう。つべこべ言わずに薬屋に行けッ!と、桃子を送り出してやりたいが、そもそも薬屋なんか都にあんのか?

 その疑問に答えてくれたのは、情報屋のマチコではなく、遊女の三谷だった。


「えーっとね、太い道同士の交差点があるでしょ?そこを東の方に曲がって三本目の通りを右に入るの。そしたら左手に薬屋さんがあるよ。途中まで一緒に行く??」


「ほんとーっ!?ありがとー、しおりちゃんっ」


 いつの間に仲良くなっていたのか、桃子と三谷は楽しそうに出かけて行った。俺は先ほどのスパイスのラッシュが後を引いていて、まだ具合が悪かった。今ここでコーヒーを飲んだらもっと悪化しそうだったので、水かお茶を貰おうとマチコに注文すると、お茶一杯貝150だとかぬかし始めた。え?なに?貝取んの?そんくらいサービスしろよッ!だからお前はヴァージンなんだ。

 とは言え背に腹は変えられない俺は、有料のお茶と、あんずに昨日入れたボトルの酒を出すように頼んだ。

 お茶の入ったグラスと、酒の入った湯呑を差し出すマチコの顔は、どこか不機嫌そうに感じた。そりゃ朝っぱらからこんなに大勢のミコトが訪ねてきたら、そんな顔にもなるわな。と、思ったが、実際はそうではなかった。彼女の不機嫌は、特定の人物に当てられていたのだ。


「私、あの三谷紫織は好きになれない。っていうか、許せない…ッ」


 皆の前で処女なのをバラされたのが、よっぽど悔しかったんだろうなぁ。でも、そうなったキッカケは、お前が俺を誑かそうとしたからだぞ。自業自得だよ。このヴァージンが。

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