第133話再びの都2

 早速あんずを迎えに行ってくれた三谷を見送った後、俺は一人部屋に残り、門の外で待機してくれている仲間と連絡を取り合った。本当なら俺も一緒にあんずを迎えてやりたかったが、遊女と客が共に宿屋を出る事は御法度だし、貸し部屋の時間もまだまだ残っているので、俺まで出て行くのは不自然極まりない。時間いっぱいまではこの部屋に居る事にした。


「桃子ーッ!応答してくれーッ」


《たくやくん、遅いよっ!今、どんなカンジ??》


 桃子は既に、あんずへの着付けを完了させていたみたいで、随分とヒマを持て余している様子だった。俺は桃子に、あんずへの言付けをお願いした。

 先ず、あんずには『やなぎ家』の遊女として門を潜ってもらう為、一人で番屋まで来てもらう。そこには本物の遊女の三谷が待ってくれている。彼女にはあんずの特徴を伝えてあるので、あんずの姿が確認できたら、大声で呼んでもらう手筈になっている。あんずは呼ばれたら三谷の所へ駆け寄ってもらうのだが、その際、『しおりちゃーん!』と声に出して欲しい。番屋の防人には、二人が初対面である事、あんずがアヤカシである事を悟られてはいけない。上手く三谷と合流できたら、後は彼女の指示に従ってくれればいい。

 それから、不測の事態に対応する為、門のすぐ側でひーとんに見張りをお願いしている。何かあれば、彼が手を貸してくれるはずだ。

 あんずと三谷の合流が成功したら、残りのメンツも都入りして、『'98』を目指して欲しい。


「――、以上だ。何か分からん事があったら逐一連絡くれ」


《分かったよっ。じゃあ、あんずちゃんに伝えておくねっ》


 果たしてこの作戦が伸るか反るかは、あんずと三谷にかかっている。もし防人にあんずの正体がバレたら、これまで立てた計画はオジャンだ。そうならない様に祈るしか俺にはできないが、あんずは俺の期待を裏切った事がない。多分、大丈夫だろうと楽観しつつ、未だトラックで目を光らせているひーとんに、現場の状況を報告してもらう事にした。


「ひーとんッ!そろそろあんずが動き出すで、実況頼むわッ!」


《オーケー、今ちゃん。おっ、あんずちゃんが見えたぞ。しおりちゃんも所定の位置についてんな。よしッ、互いの存在に気づいたみてーだ!あんずちゃんが走ってくぞ。んんッ!?あ、ヤベー。防人に声かけられたッ!!》


「マジッ!?バレたッッ!?」


《いや…、大丈夫だッ!しおりちゃんが丸め込んだみてーだ。二人とも奥に消えてった!》


 ふぅーーッ。ミッション成功ッ!二人とも良くやったッ!取りあえずはこれで一安心だな。たった数秒の出来事なのに、中々のドキドキを味わった俺の手には、じんわりと汗が滲んでいた。

 後は残りのメンツがテキトーに門を潜ってくれりゃいいだけだが、ひーとんには気がかりな事がある様で、繋ぎっぱなしにしていたテレパシー越しに、問題を提起してきた。


《今ちゃん、ヨッシーと塩見ちゃんの事なんだけどよ。あの二人は都初めてだろ?チップの確認される時に、ある程度貝持ってないと怪しまれるかもしんねーぞ》


「あ、そっか。じゃあ、俺とあんずの荷物ん中にちょこっとだけ貝があるもんで、二人にはソレ持たせるか」


 これから都を引っ掻き回すにあたって、俺たちがグルである事はなるべく隠した方がいいのではないか、という懸念がある為、入場手続きが必要なヨシヒロと塩見を優先して都に入れる事にした。塩見に関しては、ここで別れても良かったのだが、道中より危険な都に野放しにするワケにもいかないので、暫くは行動を共にするとしよう。

 俺とひーとんの話し合いにより、若干予定を変更する事を、直接ヨシヒロに伝えた。


「ヨシヒローッ!聞こえるかー??」


《あッ、いずみくん!どーしたの?》


 彼と塩見に、幾らかの貝を持たせ、二人で番屋を通るように指示を出した。それを聞き入れてくれた二人は、迅速に動き出し、その状況をまたひーとんに実況してもらった。

 滞りなく二人の入場手続きが終わるのを見届けて、残りの三人も都への入場を果たした。イナリとハクトは既に動物に化けて、人目のない所からこっそり忍び込んでいる様だ。

 晴れて全員の都入りが完了した頃、貸し部屋の時間が迫り、俺は宿屋をあとにした。部屋を出る際に、宿屋の従業員から憐みの視線を向けられたが、もしかして俺が三谷にフラれたと思い込んでるんじゃねーだろうな。ぶっ殺すぞ。

 あらぬ同情をかけられ、ハラワタが煮えくり返りそうになりながら、勝手に集合場所に決めた『'98』へ向け歩き出した。


 ――――――――――………


「おッ、今ちゃんやっときたか」


「おっせーぞ、拓也ッ!」


 店に着くと、全員無事に落ち合えた様で、アヤカシを含めたみんなの顔が揃っていた。その事に安堵したのも束の間、店主であるマチコはものっそい不機嫌な面を引っさげて、来店した俺に『いらっしゃいませ』も言わなかった。アンネの日かな?

 彼女の心境など俺はどーでもよかったが、流石に大勢で来すぎたか。店のキャパを完全にオーバーしていて、全員座る事ができないでいた。他に客がいなかった事は幸いだが、こんな窮屈じゃオチオチ話もできたもんじゃない。店のチョイスを間違えたかな。


「マチコォ、バーボンおかわりぃ」


「あっ、私もカシオレおかわりっ」


「俺も新しいボトル入れるわ」


 ひーとんたちは既に晩酌を初めているらしく、酔いが良い感じに回っていた。どうやら緑も桃子もマチコと面識がある様で、その事自体がマチコの不機嫌を招いていた。以前にもひーとんに辛く当たってたし、あまり仲が良いワケではなさそうだ。何があったかは知らねーけど。


「ねぇ、たくやくん…。ウチを待ち合わせ場所にしたのはキミみたいだけど、何でウチなのかなぁッ?」


 機嫌が悪くても仕事はちゃんとするマチコは、追加オーダーの品をグラスに注ぎながら、冷たい声で俺に質問してきた。大勢で押しかけた事よりも、ひーとんたちを連れてきた事に腹を立てている様子だ。いくら個人的に嫌っている相手だとしても、客に貴賤はねーだろ。客商売なめんな。

 俺は以前の残りのコーヒーチケットを一枚もぎり、マチコに差し出しながら彼女の質問に答えた。


「下手な居酒屋とかじゃできん内緒話があるもんでよ。ここなら俺らの会話が聞かれたとしても、その内容は『商品』になるがや。俺としてはそっちの方が安心できるんだわ

 しっかし、この店せめーなッ。何とかしろよ、マチコォ」


 俺の余計な一言で、彼女の怒りは過大増幅に陥った。アンネの日かな?

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