第132話再びの都1

 幾度かの休憩を挟み、俺たちが都に着く頃には、案の定とっぷりと夜が更けていた。これからあんずを都に入れるというミッション完遂させる為、門から少し離れた所でトラックを停めた。連結していた二つのコンテナを切り離し、後部のコンテナであんずに着物を着付けてもらっている間、俺とひーとんは貝を積んであるコンテナをけん引して、門の前まで移動した。

 先ずはこの大量の貝を、番屋の防人に引き渡さなければならない。俺がトラックから下車すると、以前と同じ様に台車と共に運搬係のミコトが現れた。


「こんばんはー。運搬する貝がありましたらコチラをお使いくださーいッ」


「まいど、どーも。今日はちょっと貝が大目なんだけど、手伝ってまえる??」


 台車の彼の目の前でコンテナの扉を開けると、彼は鳩が豆食ってポーみたいな表情を浮かべていた。流石にこの量をいっぺんに持って来るミコトは今までいなかったのか、眼前にそびえる貝の塊に、彼は言葉を失ってしまった様だ。


「コレ全部俺の貝なんだけどさ、20000入りの袋が60コあるんだわ。大変だろうけどヨロシクなッ」


「ちょ、ちょっとお待ちくださいッ!一人ではとても無理なので、仲間を呼んできますッ!」


 そう言って一度門の中へと消えていった彼は、ものの数分で何人かの仲間を引き連れて戻ってきた。俺とひーとんも積極的にコンテナから貝を降ろす作業を手伝い、一時間程度で全ての貝を運びきった。

 この運搬係は、誰がどれだけの貝を持ち込んだかという情報を賭場に流すスパイみたいな存在だが、これだけの仕事をさせてしまった申し訳なさから、彼らにお駄賃をあげる事にした。


「ありがとね、助かったわ。コレ、一袋あげるで、みんなで分けてッ」


「いいんですかッ!?ありがとうございますッッ!!」


 一人頭貝5000くらいにしかならなさそうなのに、彼らは大喜びしていた。先述の情報は、あまり高く売れないんだろうか。それか彼らも、借金を抱える囚われの身なのかも知れないな。とにかく、これで俺が大金を持ってきた事が賭場の連中に知れ渡る。早ければ今日にも向こうからのアプローチだろう。その前に、あんずの都入りを果たさなければ。


「い…、今泉拓也さん…。今回ご持参いただいた貝は、1,195,671になります。し、失礼ですが、この貝のご使用目的は…?」


「え、言わなかんの??まぁ、ええわ。ちょっと賭場で豪勢に遊びたくてよ。

 あ、全部チップに入れんといてね。10000のカードを10枚で欲しいんだわ」


「か、かしこまりました。では、1,095,671をチップに、残りは10枚のカードにさせていただきます…」


 番屋の防人まで、この額を扱うのに緊張を隠せないでいた。ちょっと派手に持ってき過ぎたかなぁ。まぁ、それはいいとして、俺の手続きはこれで終わりだ。ひーとんはみんなと後から来るそうなので、俺はこれから三谷と合流するとしよう。しかし、都に来るタイミングを彼女に知らせる術がなかったので、とりあえず三谷を買った時に厄介になったお茶屋さんを目指した。


 ――――――――――………


「いらっしゃいませーッ!ご注文は?」


「抹茶のセットと、『やなぎ家』のしおりちゃんと遊びたいんだけど」


「分かりました。では、コチラで少々お待ちください」


 運良く三谷の予約は立て込んでおらず、15分程度で案内してくれるみたいだ。普通なら、トップ5に名を連ねるほどの売れっ子に待ち時間なしで会えるなんて、奇跡の様な出来事らしいが、そこは俺の人徳が成せる業なんじゃないかな。

 運ばれてきた抹茶と茶菓子に舌鼓を打っていると、準備ができたのか、この前と同じ宿屋に案内された。部屋に入り、カナビスの紙巻を吹かしていると、それを吸いきるまえに、戸が叩かれる音がした。


「お呼びいただき、光栄でありんす。どうぞ、よしなにしてくりゃれ」


「よぉッ、三谷!また遊びにきたぞ」


「あぁッ!たくちゃん!!思ったより早くきてくれたんだねッ!うれしーッ」


 三谷は俺との再会を喜んでくれたが、あまり感傷に浸っているヒマはない。俺に与えられた彼女との時間は、二時間しかないのだ。その間に番屋まで戻り、あんずのお迎えをしてもらわなければならない。その前に、俺は前回言えなかったお礼を彼女にしたかった。その為に、もう一個ムスクを包んでもらったのだ。


「三谷、俺はお前にずっと言いたかった事があるんだけどさぁ…。小学校卒業してからも俺の事気にかけてくれとったんだろ?ありがとな。それと、兄貴とお袋の葬儀にも顔出してくれて、本当にありがとう。お前が流してくれた涙で、あの二人も報われたと思うわ…」


「ううん…。私の方こそ、たくちゃんに何もしてあげられなくてごめんね…」


 彼女が涙を浮かべながら口にした言葉に、俺の涙腺まで緩みそうになった。おかしいな。俺には流せる涙なんか残っていないと思っていたのに…。悲しいからなのか、嬉しいからなのか、鼻の先にツーンとした痛みを感じていた。だけど、湿っぽい雰囲気が苦手な俺は、お土産を渡してこの話を終わりにしようとした。


「そのお礼になるか分からんけど、コレ受け取ってくれん??俺の好きな香水なんだわ」


 麝香の香りが詰まった瓶を手渡すと、三谷は興味深そうに匂いを嗅いでいた。もし彼女の好みではなかったらどうしよう、という不安を抱かずにはいられなかったが、それが杞憂だったと悟らせる様に、三谷は満面の笑みを俺に向けてくれた。


「これが、たくちゃんの好きな香りなんだねッ。ありがとッ!大事にするねッ」


 彼女の反応にキュンとしなかったと言えば嘘になるが、それを認めたらあんずに竿と玉を引き千切られた挙句、寿司のネタにされてしまう恐れがある。お礼も言えたし、お土産も渡せたし、俺はスイッチを切り替えて本題に入る事にした。

 確認の意味も含め、以前に伝えた作戦をおさらいした。馬鹿にするワケではないが、三谷はあまりオツムが良いとは言えない。アヤカシを都に入れるという禁を犯す上で、失敗はあってはいけないのだ。


「これから番屋まで行って、あんず出迎えてもらう。アイツには今、遊女の格好をさせとるもんで、『やなぎ家』の一員として接してくれ。目印は、藍色の地に淡いピンクの花と扇子の柄が入った着物、身長はお前より少し低いくらいだ。まぁ、見れば一発で分かると思うわ。

 首尾よくあんずと合流できたら、『'98』っていうバーに連れてきてくれ。ええか?」


「う、うんッ!分かった!がんばるねッ」

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