第130話開戦前5
収穫したカナビスは、小一時間程で乾き切り、俺たちはざっくばらんに木箱に詰め込んだ。衣装ケース大の箱で三つ分のカナビスは、一体どれだけの中毒者を癒せるのだろうか。これで全て事足りれば、それに越した事はないが、スパイスを根絶した後を思うと、都にカナビスを供給する手段を考えなければならない。一番現実的なのは、やっぱり都近辺の畑を利用して栽培する方法か。
それを見越して、ヨシヒロに大量の種子を用意させた。この種一つで、約1kg程度のカナビスが収穫できる様だが、誰がその作業をやってくれるのだろう。俺は用が済んだら都から離れたいし、テキトーに暇そうなヤツを捕まえてやらせるか。スパイスに代わるいい収入源にもなるだろうし、悪い話じゃないから請け負ってくれるミコトはすぐ見つかるでしょう。
カナビスの詰まった木箱を、ヨシヒロたちが過ごすコンテナに積み込み、俺たちは都に向けて再び走り出した。
「あんず、えらくなったらいつでも言えよ。休憩するで」
「だいじょうぶですよーッ。アタシ、たくちゃんの後ろでゼッちゃんに乗ってるの大好きですからッ!」
あんずの可愛らしいリアクションは励みになるが、この前都に行った時は、ヨシヒロん家から10時間以上かかっていた。未舗装でガタガタの道ではスピードが乗らないし、山中を縫う様に進んでいく道は、直線距離の何倍も走行距離を伸ばしている。誰か高速道路作ってくんねーかな。そうすりゃあ、ストレス無くロングライドできるのに。
以前と同じく、二時間程走った所にある小さな湖に差し掛かり、そこで休憩を入れる事にした。自分一人で乗ってるならまだ楽だろうが、一応は女の子であるあんずをケツに乗せているので、万が一にも転倒できない俺は、中々の緊張感を持って走っていた。これがあと何時間続くのか、考えただけでも憂鬱になる。最悪、緑たちと変わってもらおうかと一瞬悩んだが、ソレをやると男が廃れてしまう。俺は密かに覚悟を決め、何が何でも都まで走りきる事を決意した。
「今ちゃん、大丈夫??バイクの方がキツいだろ」
「まぁ、今ん所は問題あれせんよ。マジでヤバなったら野宿しよまい」
俺を気遣ってくれたひーとんに、これ以上心配かけまいとビバークする事も視野に入れる提案をしたが、またひーとんが桃子に夜這いをかける可能性もあるので、できれば今日中に都に着いていたい。
陽の昇り具合を見ると、もうすぐお昼になろうとかという時間だった。本当ならランチで腹を満たしたい所だが、食料を持っている者はここにはいなかった。あんずとハクトはしょうがないにしても、年頃の女子が二人もいて、何でそういう事に気が回らないんですかねぇ。
「は?この人数のメシ用意すんがどれだけ手間か分かってんのか?私はイヤだね。メンドくせぇ」
「私、服作り以外はホントに何もできないのっ!ごめんね」
腐れジャンキーとファッションバカに期待などしていなかったが、コイツら女子力低すぎじゃね?特に緑、お前に関しては、ヨシヒロにアピールする良い機会だったじゃねーか。バカなの?
食い物もないんじゃ、余計に都への到着を早めなければならない。まぁ、死なないミコトにとって、食事は必要ないのかも知れないけど、美味しい物を食べるという事は精神衛生上良い効果を発揮する。だからどのミコトも食事を摂るのだ。
お昼を食べられない事に落胆しながら、取り敢えず伸ばせるだけ腰を伸ばして、それから吸えるだけカナビスを吸って、俺たちは休憩を終わる事にした。ひーとんと緑はシャブもキメてたけど。
――――――――――………
再び山間の道を走り抜け、数時間程の時間が過ぎた頃、突然ひーとんからのコールが入った。
《今ちゃん、30秒後に停車すんぞ。誰かいるんだ。ありゃヒトじゃねーな。多分ミコトだ。先回りして見に行ってくんね?》
こんな集落もない様な所で一体何してんだ?と、いう疑問を抱きつつ、ひーとんの指示通りにトラックをやり過ごし、そのミコトの姿を確認しに行った。彼の言った通り、一人のミコトが大きな荷物を担ぎ、悪路を歩いていた。
そのミコトは、後ろから近付いてくる俺たちの存在に気づき、歩みを止めた。俺もその子の隣にバイクを停め、声をかけた。
「こんにちは。キミ、ミコトでしょ?俺らもミコトなんだけど、こんな所で何しとんの?」
「あ、どうも…。私はこれから都に行くんです。商売をやろうと思って…」
良く見ると、その子は女の子だった。ここから都まではまだまだ距離があるし、女の子一人じゃ危ないなぁ。と、思っていると、停めたトラックからひーとんたちが降りてきて、その子を取り囲んだ。別に何かしようってワケじゃないが、いきなり大勢のミコトに囲まれた彼女は、物凄く警戒していた。先ずはその警戒を解く所から始めなくちゃいけない。その手の事は、ひーとんのお株だった。
「こんちは、初めまして。俺らも今、都目指してんだ。都は初めて??どんな商売しようと思ってるの?」
「は、はい。都は初めてです。あそこは『色街』だと聞いたので、お香を売り込もうかと思いまして…」
彼女は『塩見千秋』という名らしく、実家は京都のお香屋さんだと言う。古くから続く由緒あるお香屋さんだった様で、昔から舞妓さんの御用達だったらしい。不運にも手水政策の被行者に選ばれて、こっちに来てから、ずっとお香作りに勤しんでいたのだとか。
安定した商品の供給が可能になった事で、一念発起して都に移る決意をした彼女は、歩いて都に行くつもりだと言うのだが、俺やひーとんはどれだけの距離があるのか把握していたので、彼女の無謀を必死に止めようとした。
「歩って行ったら、あと二日はかかるぞ。山には野生のクマとかイノシシとか出るし、危ねーよ!」
「ひーとん、あと一人くらい何とかならん?どーせ行先が同じなら乗っけてやろまい」
女の子の一人旅を看過できない俺たちは、彼女をトラックに乗せる事にした。ヨシヒロたちが乗っているコンテナには、一人分くらいのスペースは問題なく確保できるので、そこに便乗してもらおうかと思ったのだが、緑はあまり良い顔をしなかった。ヨシヒロとの間に邪魔ははいるのがイヤなんだろうな。
そんな乙女心があんなら、昼飯くらい用意してこいや。
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