第129話開戦前4
《今ちゃーんッ!応答してくれーッ!》
「…、ん?…お、おぅ。ひーとんか。おはよー…」
明朝、早くからひーとんのコールで起こされた。俺と違って朝に強い彼は、既にシャッキリしている様だ。ひーとんは、氏家が貝の積み込みを完了した事と、これから桃子の店に向かう事を教えてくれた。俺らもボチボチ動き出さなくては。
「たくちゃん、おはよーございますッ。はいッ、お水とカナビスですッ」
トチキチヤンキーのモーニングコールで目覚めた俺の隣では、あんずがもう起きていて、湯呑に注いだ一杯の水と、カナビスの紙巻を用意してくれていた。寝ぼけた頭を抱えながら、湯呑の水を一気に飲み干し、カナビスに火を着けると、漸く重たい目蓋をこじ開ける事ができた。
紙巻を吸いきる前に、俺はZ2を表に出し、エンジンを点火させた。『ひーとんの御札』を動力源とするワケの分からないバイクに、暖機が必要なのかは知らないが、一応俺としてもこのバイクは大事に乗りたいのだ。
念のため引いていたチョークを、カナビスを吸い終わる頃に戻し、アイドリングが安定している事を確認した俺は、多々良場の中でボングを鳴らしているあんずを呼びつけた。
「あんずーッ。まぁそろそろ出発すんぞーッ」
「はーいッ!いまいきまーすッ」
昨日の内に準備しておいた拳銃、マガジン、弾薬、それとお小遣い程度の貝をあんずに担いでもらい、俺たちはバイクに跨った。これから桃子の店とヨシヒロの家を経由して都に向かうとなると、到着は夜更け頃になるだろう。そんな長い時間、バイクを運転できるのか不安を抱きつつ、俺とあんずはタンデムで多々良場をあとにした。
――――――――――………
「おッ、拓也たち来たみてーだな」
ブティックに着くと、既に緑たちの姿があった。後はひーとんの到着を待つだけだが、俺とあんずは桃子からツナギとレインコートを受け取らなければならないので、一旦店の中に入った。外では緑とヨシヒロ、そしてハクトとイナリが楽しそうに談笑していた。
「はいっ、たくやくんのツナギとあんずちゃんのコートだよ。ツナギのリペアはまだ終わってないんだけど、着る分には問題ないとおもうよっ」
「桃子、サンキューな。また修理が必要になったら世話になるでよ」
あんずが担いでくれている荷物と、桃子から受け取った服を一纏めにして、俺とあんずの荷造りが完了すると同時に、ひーとんが姿を表した。彼が乗って来たトラックは、いつものコンテナの後ろにもう一つコンテナが連なっているフルトレになっていた。前方のコンテナには、氏家が積んでくれた貝がギューギューに詰まっていた。こんなに乗せて走れるのだろうか。
後方のコンテナは、緑たちが乗り込むスペースになっていて、ソファーやテーブルが置かれていた。これなら長い時間でも快適に過ごせそうだ。そう考えると、俺とあんずが一番過酷な環境じゃねーか。まぁ、バイクで行くのは、珍しくあんずが言い出したワガママなので、それを叶えてやるのも俺の仕事か。
「今ちゃん。貝の事なんだけど、積んでみたら余裕があったからよ、全部で60コ積んできたわ。これで120万だってよ」
俺が氏家に指定した額は100万だったが、20万も余分に積んできたって事は、貝は多い方がいいというアイツの気遣いかも知れない。確かに都で暫く過ごす事を考えると、俺が博打に突っ込む貝以外にも、ヨシヒロたち治療班が使える貝が必要になってくる。みんなもそんなに貝に余裕があるワケでもなさそうだし、金銭面は全て俺が請け負った方がよさそうだ。何たって俺、金持ちだしね。
貝が積まれているコンテナの隙間に、俺とあんずの荷物を忍ばせ、俺たちは再びZ2に跨った。緑やヨシヒロ、桃子らも事前に取り決めた席に着き、五人のミコトと三人のアヤカシ一行は都へ向かい出発した。その前に、治療用に持って行くカナビスを収穫しに、ヨシヒロの家を目指した。
――――――――――………
「寄り道させちゃってごめんね。収穫はちょっと手間だけど、みんなでやればそんなに大変じゃないと思うんだ…」
ヨシヒロ邸に着いた俺たちは、早速カナビスの収穫に取り掛かった。男連中はハーベストを、女連中はトリミングと乾燥を担当した。一度手伝った事のある俺は、勝手知ったる作業に黙々と取り組んでいたが、初めてのひーとんとイナリも、負けずと良く働いている。
300平米程の畑にギッシリと生えているカナビスを全て刈り取るのに、男四人でかかれば一時間もいらなかった。畑からカナビスを運び出す作業をしてくれていたあんずに助力する為、ハーベストを終えた男どもは抱えられるだけの株を束ね、トリミングをしている部屋へと担いでいった。
「残りの運び出しは俺とひーとんが手伝うで、ヨシヒロとイナリは女連中手伝ったって」
「いずみくん、ありがとう。じゃあイナリくんと僕で乾燥させよっか」
作業開始から二時間余りで乾燥までの作業を終えた俺たちは、カナビスが乾くまでの間にハシシを楽しむ事にした。トリミングをしていた女連中の手からハシシをこそぎ落としたヨシヒロは、人数を考慮してか、二本のボングを用意した。この人数だと、一本のボングを回すのは面倒だもんな。
純度100%のカナビスの樹脂に興味津々だったのは、腐れジャンキーの緑だった。彼女は執拗にカナビスやハシシについて、ヨシヒロに質問を重ねていた。医学と薬学には共通の知識がある様で、ヨシヒロと緑の会話は、俺たちにはチンプンカンプンだった。つべこべ言わずにさっさと吸えや。アホか。
ヨシヒロが語るご高説を、緑に加えイナリまでもが聞き入ってしまったので、俺とあんず、ひーとんと桃子の四人で一つのボングを共有した。桃子だけは、ボングを上手く扱えず、なかなかハシシに火を着けれなかったので、俺の手持ちのカナビスを混ぜ、火の着きを良くしてやった。それを傍らで見ていたひーとんは、俺に羨む視線を送っていた。しまった、こういう事はひーとんにやらせるべきだった。しかも、桃子にお節介を焼いたせいで、あんずのほっぺも膨らんでいた。え?コレ俺が悪いの??
俺は善意で動いただけなのに、何で悪者にされにゃいかんのか。溜息の混じったハシシの煙を憂鬱な目で追いかけている内に、干したカナビスはもう乾いていた。
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