第127話開戦前2

「やッ、今泉くん。こんばんは」


「おう、氏家か。まぁ、来ると思っとったわ。入れ」


 多々良場に着くと、憎きダボハゼが俺たちの帰りを待っていた。どうせコイツの事だ、俺たちの行動は監視されていたのだろう。しかし、それは俺も想定済み。だから今回の件については、わざわざ伝える必要もないと考えていた。首突っ込むならそれでもいいし、傍観するならそうすればいい。とにかく俺たちの邪魔にさえならなければ、何をどうしようとコイツの勝手だ。

 だが、一つだけ氏家にやってもらわなければならない事がある。桃子に払ったあんずの着物代を差し引いて、さらにそれからダボが持ってきた貝を合わせると、今多々良場にある貝の額は70万に達していた。それに30万を上乗せすれば、俺が都に持って行きたい100万になる。しかし、また多々良場から袋をトラックに積み込むのは、大きな仕事になってしまう。だから、氏家には直接コンテナに100万の貝を出現させて欲しいのだ。


「お前のチップにある残高なら、一括でも問題あれせんだろ?っつーか、そういう事できるんなら、最初っからいっぺんに持って来いよ」


「分かったよ。じゃあ、山野くんのトラックに直接積んでおくよ。100万でいいんだね。

 全額を一度に持ってきても、この多々良場には入らないだろ?だから小出しにしたかったんだ。それに、あの時はまだ、きみはチップの事知らなかったじゃないか。都を体験するまでは、余計な事を教えたくなかったんだ」


 どういう思惑でそうしたのかは、別にどーでもよかったが、とりあえず貝の積み込みに関しては、気にしなくて済みそうだ。そんな雑用は、このダボハゼにやらせればいい。負債を払い終えるまでは、俺の便利な小間使いだからな。

 氏家に対する俺の要件はこれ以上ないが、わざわざコイツがここまで足を運んだのには、別の理由があるんだろう。じゃなかったら、さっさと帰って欲しい。明日の朝にはここを発つんだから、あんずと二人っきりでのんびり過ごせるのは、あまり残っていないのだ。

 そのあんずは、俺に言われるまでもなく、ボングに水を入れてきてくれて、カナビスを満喫するセッティングを整えていた。あんずの行動を横目で見ていた氏家は、彼女に関しての事を口にし出した。


「今泉くん。あんずちゃんを都に入れるつもりなんだろ?俺はよしておいた方がいいと思うけど、きみがそうしたいならそうすればいい。だけど、気を付けて。アヤカシを連れている事が自警団にバレれば、きみとあんずちゃんにとって、良くない事が起きる」


「へぇ…。具体的には何が起こるんだ??」


「それは分からない。きみたちが対峙するであろう二一組は、俺とは違う組織の人間だから…」


 注意喚起をしにきたにしては曖昧な言い方をする氏家が、結局何を言いたかったのかは俺には伝わらなかった。お前に言われんでも、こっちは都の禁を犯そうとしているのだ。それ相応の覚悟と危機感を持って挑むに決まってんだろ。アホか、このダボハゼは。

 しかし氏家の言葉は、新な事実を明白にした。どうやら二一組というのは、一枚岩ではない様だ。しかも組織??コイツらは、何かしらの団体に所属してんのか。口ぶりからすると、氏家は都の自警団とは異なる組織に在籍しているみたいだ。まぁ、仮にコイツが敵に回ったとしても、俺のやる事は何も変わらないんだけどな。なんなら、そうなった方が面白そうだ。

 俺は頭の片隅で、氏家をブッ殺す妄想をしていたが、このダボに一つお礼をしておかなければならない事を思い出した。


「そいやぁ、氏家。1911のカスタムありがとな。あんばようなっとったわ」


「満足してもらえたならよかった。また何か不具合があったら、今度はきみが直々にムラゲに頼みに行きなよ。きみ、意外とムラゲの連中に気に入られているみたいだから」


 俺は知らずの内に、ムラゲ一族からの信用を手に入れていた様だ。だからお茶を断った時に、あんなガッカリしていたのか。悪い事したなぁ。でも、あんずが飲めないお茶を俺一人だけいただくワケにもいかないし、かと言って酒まで用意してもらうのは忍びない。俺の事を良く思ってくれるのは嬉しいんだけど、そうなると逆に距離感が難しい。そんな贅沢な悩みも、また一興か…。

 ムラゲの俺に対する気持ちを喜んでいると、氏家は話題を別の方向へと切り替えた。っていうか、早く帰れよ。あんずがボングにカナビスを詰めたまんま、ウズウズしてるじゃねーか。俺だって早く吸いたいけど、このダボがジャマなんだよなぁ。


「あんずちゃんには遊女の格好させて都に入れるみたいだけど、イナリやハクトはどうするんだい?」


「ん?あぁ、アイツらは元の動物の姿に戻って忍び込むらしいわ。ハクトは兎に、イナリは狐になれるんだって。でも、あんずはソレができんらしい。コレってどーゆー事?」


「そりゃ、童子は『ヒトのもののけ』なんだから当たり前じゃないか」


 これまた衝撃の事実。あんずは、元ヒトだった。『もののけ』って言うくらいだから、動物が元になっているもんだと勝手に思っていたが、言われてみれば、ヒトも動物だ。それに、『鬼』は人間から成るって言い伝えがあるし、少し考えればすぐ分かる様な事だった。っていうか、そうならそうとあんずも教えてくれればいいのに。いや、最初から俺が聞けば済む話か。

 でも、だったらあんずも元のヒトの姿に戻れるんじゃないか?と、思ったが、どうも童子というものはそうはいかないらしい。アヤカシの中でも、童子は稀有な存在だというのだ。そういえば、初めてあんずを神社に連れて行った時、美奈は『童子なんか連れているの?変わってるわね』と言っていた。童子をお供にしてるのって珍しいんだなぁ。

 あんずは、俺が初めて会ったアヤカシだったし、あんずも最初から俺に懐いてくれた。だから俺は、自分が稀なケースである事に気づかなかったのだ。しかし、童子に限らず、アヤカシを連れている事自体が、ミコトにとっての優位性になっている。それは、この世界に住むヒトの伝承にも表れていた。


『ミコトとアヤカシの番いは物事が上手くいく兆候』


 俺は、そう聞いた事がある。ソレこそが、都にアヤカシを入れてはいけない要因になっているのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る