第128話開戦前3

 あんずをはじめとするアヤカシを都に連れていく事に、不安を煽った氏家は、漸く空気を呼んだのか多々良場をあとにした。これでやっとあんずとチルチルできる。っつーか、アイツは一体何しにきたんだ。次しょーもない用事で来やがったら、ケツの穴ブチ抜いてやる。まぁ、今回は貝の積み込みを引き受けてくれたから許してやるけど。


「けっきょくダボハゼさんは、何しにきたんですか??」


「分からん。とにかく、あんずを都に入れる事が心配なんだと」


 俺と同じ疑問を抱いていたあんずから、ボングを受け取った俺は、カナビスの煙を胸一杯に吸い込んだ。今まで色んなシチュエーションでカナビスを楽しんできたが、やっぱり多々良場で吸うのがイチバン美味い。俺とあんずのパーソナルスペースである自宅なので、何処よりもリラックスできるからだろう。

 俺から回ってきたボングをボコボコ鳴らしていたあんずは、大量の煙を吐き出しながら、今更の質問を俺にぶつけてきた。都に行って何をするのか、よく分かっていない様だ。


「アタシは都でどうしてればいいんですか?たくちゃんに付いていくだけでいいんですか??」


「ほーだなぁ、あんずにやってまいたい事はいくつかあるんだけど、そんな難しい事じゃないぞ。まずはな、――――…」


 あんずに都での役割を話す前に、氏家と博打をした時の事を思い出させた。あんずは俺のイカサマを見抜いていたが、俺が欲しかったのはその動体視力だ。彼女はアレを『ズルだ』とネガティブなコメントを残したけど、今回も同様にズルを最大限活かした騙し合いになる。

 成瀬兄弟と三麻の卓を囲んだ際、アイツらはカウンターにいる店員と向かい合う位置の席に着いていた。店員は俺の背後から手配を覗き見て、それを成瀬兄弟に知らせていた。あんずには、あの店員と同じ様な事をして欲しいのだが、彼女は麻雀について何も知らない。だから手配を読むなんて事はしなくていい。あんずに目を光らせるべきは、『牌のすり替え』だ。

 おそらくあの兄弟は、直人が上家に、澄人が下家になる様に席を取る。絶対に二人が対面になる事はないはずだ。なぜなら、ヤツらは双子だが、利き手が違う。直人は右利き、澄人は左利きなのだ。牌のツモり方を見ていれば、そんな事はすぐ分かる。

 先述の位置関係で座ると、互いの利き手が隣り合うので、牌のすり替えがスムーズに行えるのだ。卓の下でソレをやられると、俺と高桑からは見る事ができない。そこで、あんずにはヤツらの後ろから監視して欲しいのだ。

 かと言って、すり替えなどのイカサマが露呈したとしても、それで勝負を有耶無耶にするつもりはない。チョンボとして場に8000点置かせる。そうすれば、点棒集めがより効率的になる。それに、一度でもイカサマを指摘されれば、ヤツらも身動きが取りにくくなるだろう。あんずの存在は、サマをさせない抑止力になるのだ。

 もちろん、俺と高桑も手配を覗かせない様に、工夫をする。つっても、理牌しなければいいだけだけど。


「じゃあ、アタシは相手の方がズルしたときに、たくちゃんに知らせればいいんですね??」


「うん。とりあえずはそうしてくれればええよ。あんずにやってまいたい事ができた時は、逐一教えるもんで、俺の言う通りにしてな」


「はいッ、わかりましたッ!」


 俺と高桑の計算では、半荘二回でヤツらを奈落の底までご招待できる。本当にあんずにやって欲しい事はその後にある。より確実に、より安全に仕留める為には、彼女の『腕力』が必要になってくるのだ。しかし、それはまだあんずには教えない。俺が考えるプロセスに、彼女の性格が事を遮るかも知れないからだ。

 あんずは基本的に、ミコトに対して遜る傾向がある。彼女がさっき口にした『相手の方』という言い方にもそれが現れている。あんずは手放しでミコトに敵意を向けられないのだ。だが、成瀬兄弟の態度をほんの少しでも目の当たりにすれば、彼女の考えはすぐ改まるだろう。あんずの腕っぷしを披露する号令を出すのは、それからでも十分間に合う。


「こんどはひとしさまとケンカした時みたいに、血を見ることはないんですか?」


 あんずが続け様にした新たな質問に、俺はハッとさせられた。彼女の言う通り、血は確実に見る事になる。まぁ、俺と高桑が血を流す事にはならないが、返り血を浴びる可能性は大いにある。そんな場所に一張羅を着て行ったら、大事な服を汚してしまうかも知れない。そういう時の為にツナギを買ったんじゃないか。

 ひーとんとの一件で破損させたツナギのリペアは、殆ど済んでいたし、都にはツナギを着て行こう。それに、ツナギの方が拳銃を隠しやすい。銃の存在は、ギリギリまで悟られたくないからな。

 だったら、あんずにもまたあのレインコートを着せるか。フードを被るあの装いなら、あんずが童子である事も気づかれにくくなるはずだ。

 そろそろ桃子に施すLSDの刺青も終わっている頃だろうから、俺は頭の中でファッションバカに呼びかけた。


「桃子ーッ。聞こえるかーッ?桃子ーッ!」


《わっ、わっ…。た、たくやくんっ!?どーしたのっっ??ってゆーか、スゴーイっ!ほんとに電話してるみたいっっ!!》


 初めてのテレパシーによる通話に、桃子は驚きを隠せない様だった。その反応は分かるけど、一頻り驚愕をし終えていた俺は、一発で本題に入らせない彼女のリアクションを煩わしく感じた。


「桃子、都に俺のツナギとあんずのレインコート持ってきたいんだけど、お前が預かってくれとるだろ?明日出発する前に用意してまう事ってできる??」


《えーっと…、それはできるんだけど、どうしよう。ひとしくんが神社まで迎えにきてくれる事になってるから……》


「ほんなら集合場所を桃子の店にするように、ひーとんには俺から言っとくわ。」


《だったらだいじょうぶだよっ!じゃー、また明日ねーっ!》ピッ


 丁度よかった。氏家が直接コンテナに貝を積み込んでくれる事も伝えなくちゃいけなかったし、一石二鳥だな。俺は続けてひーとんにコールした。


「ひーとんッ、聞こえるかーッ??」


 《おぉ、今ちゃん。どーした??》


 俺は、貝の件と集合場所の件をひーとんに伝えた。彼はどちらも承諾してくれたが、貝を手積みしなくてよくなった事には、あまり良い顔をしなかった。どうやら筋力を鍛える為に、力仕事は率先してやりたいみたいだ。それ以上鍛えてどーするつもりなんだろう。と、疑問に思った俺に、その原因があった。タイマンで俺に負けた事が、よほど悔しかった様だ。っつー事は何?身体鍛えて俺にリベンジする気なの?

 やだもー。

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