第125話全員集合7

「たくちゃんッ、おまたせしましたーッ!」


 いつものワンピース姿に戻ったあんずは、フィッティングルームから一直線に俺の元へと駆け寄ってきた。そんなに広い所じゃないんだから、あんまり走るな。お前の脚力からしたら、この店の壁なんて障子並の脆さなんだから。

 予定よりも一日近く短縮して仕立ててもらった着物だが、俺には一つ気がかりな点があった。俺が前もって運んできた貝は、最低限かかる額しか持ってこなかった。桃子の働きぶりを見ると、たった10万の貝で事足りるのか不安になってきた。まぁ、追い金がいるならまた多々良場から持ってくるだけだけど。


「桃子。この着物、10万でええんか?急いで作ってまったのはええけど、追加料金かかんなら払うぞ?」


「ううん。大丈夫だよっ。実は、ひとしくんが生地屋さんと交渉してくれて、思ってたよりリーズナブルで済んだからっ!純利益が8万も出たんだよっ!」


「そ…、そうですか…」


 お前、そういう事は客の前で喋るんじゃねーわ。俺は貝に頓着がないからいいけど、他のヤツ相手だったら『もっと安くしろ』って言われかねないぞ。以前もツナギをロハで譲ろうとしやがったし、コイツ商売の才能ねぇんじゃねーの?良く今まで店を維持できたな。

 それよりも、やっぱひーとんの交渉術はスゴい。都でも、お使いの品は最低限の金額で手に入ったし、コミュニケーションとネゴシエーションの能力は抜きんでてる。その根底にあるのは、腕っぷしの強さからくる自信なんだろうな。どんなヤツ相手でも、気に食わなきゃボコボコにすればいい、と自分の中でマニュアル化してしまえば、人と接する上では大きなアドバンテージを取れる。まぁ、それってただの脅しなんだけど。

 しかし、そこまでひーとんに世話になってんだから、一発くらいヤらせてやってもいいんじゃないか?桃子は見るからにビッチなんだし、大した貞操観念なんか持ち合わせてねーだろ、お前。


「じゃあ、一儲けした桃子さん。さっさと店閉めて、俺らと一緒に神社までご足労願えますかね?」


「わっかりましたっ!ちょっと待っててねっ」


 そう言って、桃子はあんずの着物をたとう紙に包んで一纏めにしてくれた。襦袢や帯、髪飾りなんかも含めると、結構なアイテム数になる。なかなかの荷物なので、こうやって持ち運びやすくしてくれるのは、非常に助かる。

 桃子が纏めてくれた荷物を受け取り、俺とあんずは先に店を出た。軽く店を片付けた桃子も、俺たちに続き外へ出てきて、扉を施錠した。次、この扉が開かれるのはいつになるか分からないが、空き巣に入られない事を祈るしかない。とは言っても、売上の貝は自宅で保管しているみたいなので、この店に忍び込んだ所で盗める物は服くらいだ。それでも損害には変わらないけど。


「おまたせしましたっ!」


「もうええか?ほんなら行くぞー」


 俺とあんず、そして桃子のスリーショットで街を歩いていると、氏家と『鬼大富豪』に興じた夜を思い出す。あの時はまだ、桃子とヨシヒロくらいしか友達がいなかったが、当時と比べると俺の交友関係も広くなったなぁ。現世ではあまり友達がいなかったから、やっぱり俺は被行者に選ばれて良かったのだ。

 そんな事を考えていた俺は、都の闇を忘れかけていた。この世界は、いい事ばかりではないのだ。悪い事ばかりでもないけど。


 ――――――――――………


「おーいッ!ひーとん、ヨシヒロ、緑ーッ、戻ったぞー!」


「ハクトちゃん!ただいまーッッ!」


 神社に戻ると、丁度夕飯の支度をしている所だった。ヨシヒロとハクトに配膳を任せていたひーとんと緑は、イナリと一緒になってシャブを静脈にブチ込んでいた。別にいいけど、メシ食う前にやるなよ。食欲失せても知らんぞ。

 メタンフェタミンの恩恵で交感神経がパッキパキになっているひーとんは、俺が連れてきた桃子を視界に捉えた瞬間、音を置き去りにしそうなスピードで、彼女に向かって土下座した。しかもお手本みたいな綺麗なフォームの土下座だ。トチキチのヤンキーが見せる120%の謝罪は、俺と緑の横隔膜を握り潰す勢いでくすぐった。クッソ笑える。


「ももたんッッッ!!昨日は本当に、すんませんでしたぁッッッ!!!」


「え…え~っと……。私こそごめんね、ひとしくん。昨日の事はなかった事にして、これからも仲良くしてくれるとうれしいなっ。『トモダチ』としてっ!」


 おい、コイツわざとやってんのか。ひーとんはお前に気があるって話したろ。何でわざわざ『トモダチ』ってフレーズを使うんだよ。ほれ見ろ、ひーとんのヤツ、笑顔浮かべながら血涙と鼻水が噴き出してるじゃねーか。どーすんだよ、コレ。

 服を作らせたら天才の桃子は、破滅的に察しが悪かった。やっぱりコイツ、バカなのかも知れない。もうこの二人の恋の行方は見ない事にして、初対面のヨシヒロを紹介しよう。

 俺は配膳に勤しんでいるヨシヒロとハクトを呼んで、ファッションバカにお目通りさせた。


「桃子、こちらは国枝祥弘と、そのお連れのハクトだ。彼らは医学に精通しとるで、都では治療班に回ってもらうんだわ。お前にはそのサポートをお願いしたい。

 ヨシヒロ、こちらは河合桃子。こっちにきて初めてできた俺の友達だ。彼女は被服の専門家で、俺もあんずも緑もひーとんも、コイツが作った服を着とるんだわ。」


「はじめまして、国枝祥弘です。気軽にヨシヒロって呼んでね。こっちはハクト、兎のもののけです」


「はじめましてーっ。河合桃子でーすっ!よしひろくんにはくとちゃんだねっ!私も桃子でいーよっ。」


 これで、俺が集めるべき人材は全て揃った。都にいる高桑と三谷を含めると、全部で十人だ。

 三谷には、あんずの都入りを手伝ってもらう以外には、特にやって欲しい事はない。しかし、都でトップクラスの遊女をしている彼女は、都についてここにいる誰よりも明るいはずだ。それはマチコにも言える事だが、個人的にアイツとは協力関係になりたくない。『情報屋』として利用する分にはいいが、それ以上関わりたくないのだ。

 とにかく、三谷にしかできない事もきっとあるだろうから、彼女を手中に収めておくに越した事はない。


 ヨシヒロと桃子の紹介も済み、みんなで食卓を囲みながら、都を引っ掻き回す算段について、俺は静かに語り始めた。

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