第124話全員集合6

 ひーとんを援護する俺の言葉は、桃子の反感を買うのには充分だったらしく、目頭に涙を溜めながら強い口調で反論してきた。確かにこのトラブルの種を蒔いたのはひーとんだったかも知れない。でも、その種を蒔く土壌を作ったのは桃子だ。非は双方にあると考えた俺は、桃子の意見を手放しで聞き入れるワケにはいかなかったのだ。


「でっ…でも…、私はひとしくんがそんな子だったなんて思ってなかったし、信じてたのに裏切られたのは私なんだよ…っっ!!」


「家に上げといて指一本触れさせんお前の行動も、ひーとんからしたら裏切りみてーなもんだがや。っつーか、ひーとんはそんな子だぞ?アイツの脳は下半身にあるんだでよ」


「昨日は帰りが遅くなっちゃったから、大変だろうと思って泊めてあげたのっ!私は親切でそうしてあげたのに、その恩をアダで返すひとしくんが悪いにきまってんじゃんっっ!!」


 だからどっちが悪いとか、そういうんじゃねーだろうが。誰が悪いかって言ったら二人とも悪いわ。

 自分に非はないと主張する桃子と、ひーとんを援護する俺の意見は、暫くの間平行線を保っていた。一向に着地点を見いだせない俺たちの論争は、次第にヒートアップしていき、着慣れない着物を着させられているあんずを放ったらかしにしてしまっていた。

 そのあんずは、俺と桃子との間でアタフタしていたが、会話に参加できないストレスがMAXに達したか、あるいは俺たちの終わらない口論に痺れを切らしたのか、急に声を大にして俺と桃子の注目を自分に集めた。


「ふたりともッ!!!ケンカはやめてくださいッッ!!!!」


 あんずのガチなシャウトで、辺りは水を打った様にシーンと静まり返った。一気に冷静さを取り戻した俺と桃子は、この言い争いが何の生産性もない事に気づかされ、それまで何について口論していたのか忘れてしまいそうな程だった。

 我に返った俺は、何故ひーとんを援護しようと思ったかという理由を思い出そうとした。それは、彼の落ち込み様を目の当たりにしてしまったからだ。いつもは楽天家のひーとんが、あんなにダークサイドに沈むワケは、桃子に惚れているからに他ならない。その彼の気持ちを、こんな事で台無しにしてしまうのは、友達として夢見が悪い。だから俺はひーとん側に回り、彼の恋心を桃子に気づかせたかったのだ。

 しかし結果としては、それは失敗に終わった。歪曲な伝え方をした所で、俺のボキャブラリーでは適切な言葉をチョイスできないし、できた所で桃子にちゃんと伝わるかどうかは怪しい。だけどこのままでは、ひーとんが桃子に嫌われただけで終わってしまう。彼の恋を成就させるのは彼次第だが、俺が出せる助け舟があるのも事実なので、フォローするだけしておこう。


「さっきひーとんが神社にきた時、アイツ泣いとったぞ。お前に拒否られたのがショックだったんだろ。どーでもええ相手だったらそうゆー風にはならん。それだけお前に気があるって事だわ。

 確かにひーとんは、順番を間違えたかも知れん。だけど、そうさせてしまったのには、お前にも原因があるんだぞ?

 だもんでよぉ、この事を水に流せとは言わんけど、ひーとんが謝ってきたら許したってくれんか…?」


「う…うん…。私も言いすぎちゃった…。ごめんね、たくやくん。あんずちゃんもごめん、恥ずかしいところ見せちゃって…。

 ひとしくんが謝ってくれたら、私もひとしくんに謝って、この事はチャラにしてもらうねっ」


 最終的には、桃子は俺の意見を聞き入れてくれた。二人の仲がこれからどうなっていくのかは分からないが、今より悪くならない事を祈るばかりだ。そう思いながら、友達の為に、ひーとんの為に動けた事が、少しだけ誇りや喜びに感じられた。

 っていうか、ここまで気を揉んでやったんだ。これでZ2のお礼は済んだ事にしてもらおう。そのくらいの働きをしたと、俺は自信を持って言える。


「あっ、あんずちゃん、着物着たまんまだったねっ!そろそろ脱いじゃおっか。ってゆーか、放ったらかしにしちゃってごめんねっ!」


 遊女姿のままにさせられていたあんずを思い出した桃子は、再びあんずを連れてフィッティングルームに消えていった。着せる時ほどではないだろうが、脱ぐ時も多少の時間がかかると踏んだ俺は、この隙にひーとんにコールする事にした。おそらくは、まだ神社でベソかいてるだろうから、少しでも心労を軽減させてやりたかったのだ。


「ひーとんッ!聞こえるかーッ!?ひーとんッ!!」


《グスッ…。おっすー、今ちゃん。…グスッ》


「おぉ。やっぱりまだ泣いとったか。まぁでも安心しやぁ、ひーとん。この後桃子連れて神社に戻るでよ、ほしたらいの一番で謝りゃあ。そーすりゃあ許してくれるってよ。桃子が」


《ほんとッ!?今ちゃん、ソレほんとッ!?》


「本当だて。だで今の内に謝罪の言葉考えときゃあよ。じゃ、また後でなッ」ピッ


 この通話一つで、ひーとんは宝くじにでも当たったかの様な歓喜の声をあげていた。これで彼の心の荷が少しでも降りたのなら、俺にとっては御の字だ。このくらいのフォローだったらいくらでもしてやるが、恋の進展は当の本人たち次第なので、ここから先は見守る事しか俺にはできない。上手くやれよ、ひーとん。

 ひーとんと桃子もいいが、ヨシヒロと緑の仲も気になるなぁ。それに、イナリとハクトのアヤカシ同士の恋にも目が離せない。こりゃ情熱が止まらないよ。

 っていうか、人様の事より自分はどうなんだ?あんずとの仲を発展させるつもりなど今の所ないに等しいのだが、そんな中途半端な関係で満足なのか、と三谷に問われた時、胸に刺さるものがあった。つまり、深層心理では、あんずと今以上の関係になる事を望んでいるのだ。だからと言って、何をどうすればいいかなんて俺には分からない。

 失う事と変わる事に、大きなトラウマを抱えている俺は、自分自身で付けている枷が邪魔して自由に身動きが取れない。だからこそ、好きな相手を犯そうとしたひーとんの勇気や思い切りの良さが羨ましかったし、それに失敗した挙句拒絶されたひーとんがおかしくて仕様がなかったのだ。


 俺とあんずはこの先どうなっていくのだろう。などと、見えない未来についてなぞ考えてたら、童子のあんずに笑われちゃうのかな。

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