第123話全員集合5
神社の縁側で思い思いの時間を過ごしていた俺たちだったが、ベソをかいたひーとんの登場で、いつしか彼を慰める場になっていた。元はと言えば、ひーとんが桃子に手を出そうとした事が原因なんだけど。むしろ被害者は桃子の方なんじゃない?
そのひーとんを拒絶した桃子の店に、俺はこれからあんずを連れて行かなければならない。あんずの着物を受け取る為だ。
昨日はブティックから直接神社に来てしまっていたので、Z2は多々良場に置いてきたままだった。せっかく足を手に入れたというのに、徒歩での移動を余儀なくされている事に多少気分を悪くしながら、俺とあんずは桃子の待つブティックに向かって神社をあとにした。
「ほんじゃー、そろそろ俺らは桃子ん所行ってくるわ」
その道すがら、あんずはひーとんの言動が理解できなかったらしく、その事について俺に質問をしてきた。
「たくちゃん、ひとしさまはなんであんなに落ち込んでたんですか?」
「んー?そりゃ、ひーとんが桃子の布団に入ろうとしたでだがや」
「なんでももこさまは、それで怒るんですか?ひとしさまはなにをしようとしたんですか?」
彼女の問いに、答えようと思えば答えられた。しかし、あんずに性交渉をどう説明すればいいのか。っていうか、誰かに性についてとやかく言えるほど、俺に性経験はない。全くない。
悩んだ末に、慎重に言葉を選びそれを組み立てて、性についてはオブラートのに包みながら、あんずにも分かる様に事の真相伝えた。
「例えばさぁ、あんず。お前が寝とる時にいきなり氏家が同じ布団に入ってきたらどー思う?しかもその後、身体をベタベタ触られるんだぞ?耐えられるか?」
「うわぁ…。それはイヤですねぇ。でも、ダボハゼさんじゃなくてたくちゃんだったら、イヤじゃないですッ」
「だろ?つまり桃子にとってのひーとんは、あんずにとっての俺みたいな存在じゃねーって事だわな」
それを聞くと、あんずは納得した表情を見せてくれた。例え話に氏家を引き合いに出したのは極論すぎたかも知れないが、好きでもない相手にそんな事されたら、誰だって怒るんだという事を理解した様だ。それを説明していた俺は、淡々と言葉を発していたが、あんずの『たくちゃんだったら、イヤじゃないです』発言に、御しきれない喜びを密かに感じていた。そんな事言うなら、本当に夜な夜な身体弄ったんぞ。俺だって思春期の男の子なんだ。なめんな。
あんずの柔肌を撫で回す自分の姿を想像して悦に浸っている間に、桃子の店に辿り着いていた。考え事をしていると、時間とか距離があっと言う間に過ぎていくのだ。
「おっすー、桃子。あんずの着物取りにきたぞーッ」
「あッ!たくやくんとあんずちゃん、いらっしゃーいっ。待ってたよーっ」
出迎えてくれた桃子との間に隔たるカウンターの上には、既にあんずの着物が綺麗に畳まれ、鎮座していた。昨日見せてくれたデザイン画と同じ柄を忠実に再現した生地で仕立てられた着物は、畳まれている状態にも関わらず、その煌びやかさを充分に放っていた。その着物を見た途端、あんずが思わず声を漏らした。
「わぁぁ…。キレイ……」
「ほんとーっ!?あんずちゃんにそう言ってもらえると嬉しいなっ!試しにいっかい着てみよっか」
あんずのリアクションを素直に喜んだ桃子は、そのあんずを連れてフィッティングルームに消えていった。今更だけど、着物の着付けまでできる桃子を、純粋にすごいと思った。俺なんて浴衣の帯も結べないのに…。
洋服よりも着るのに時間がかかる着物を、桃子があんずに着付けている間、やる事が特にない俺は、カウンターの内側で保管されていたツナギを発見した。ひーとんとのタイマンでズタボロにして以来、リペアを頼んでいたが、もうこんなに修復されているとは。っつーか、引き千切った左の袖とか、どーやって直したんだよ。
ツナギを広げ、補修箇所をまじまじと見つめていると、着付けを終えた桃子が、着物を身に纏ったあんずを携えてフィッティングルームから姿を表した。
「たくやくん、おまたせーっ!じゃッじゃーんッ!遊女あんずちゃんでーすっ!」
「おぉ…ッ、おおーッッ!!可愛い!!でらええがやぁッ!ってゆーか、エッッッッッッッッッッロ!!」
襟をはだけさせた遊女特有の着崩しで露わになった鎖骨や胸元、それに今日入れたばかりのうなじの紋。袖を掴んでいる小さな手、裾の分かれ目からチラリと見える生足。どれを取ってもちんちんに悪い。童貞の俺を殺しにきてる。桃子は『あんずちゃんのキュートさにセクシーを混ぜると、どうしても上手くまとまらない』とか言ってたが、ばっちりエロ可愛くキマッてんじゃんッ!
初めての和装に戸惑いを隠せないあんずは、初めてワンピースを着た時と同じ様に、袖を掴んでいる両手をギュッと握り絞め、それを身体の前でモジモジさせていた。相変わらずその仕草だけでも相当な破壊力だったが、さらに追い打ちをかける様に上目遣いを駆使し、こう言い放った。
「か、かわいーですか…?たくちゃん…」
かわいーとかかわいくないとか、そういう次元の話じゃない。ここまでくると、その可愛さは暴力だ。だって俺を殺しにきてんだもん。
やっぱり下手な言葉は必要なかった。頭上に両手で大きなマルを作ると、それを賛辞と受け取ったあんずは、晴れやかな顔を俺に向けた。この天使を具現化せしめた天才桃子も小さな拍手をあんずに送った。
その桃子は思い出したかの様に、口調を強くして急に話題を切り替えた。内容は、昨夜ひーとんとの間に起こった出来事だった。
「あーッ!ってゆーか聞いてよ、たくやくんっ!ひとしくんったら、昨日私を襲おうとしたんだよっ!マジありえないっ!私そんな軽い女じゃないしーっ!」
確かにひーとんが桃子に拒否された事については笑えるほど面白かったが、桃子側の意見を聞くと、考えを改めざるを得ない。コイツは勝手に被害者面しているが、『軽い女じゃない』のだとしたら、そもそも男を泊める事自体が間違っている。
男同士の贔屓目からではなく、一人の友達として、俺はひーとんを援護する体制に入った。
「んな事言うくらいなら、最初っからひーとんを泊めんけりゃよかっただけの話だがや。自分から家に呼んどいて、いざ襲われそうになったら『マジありえない』とか、テメーは何様だ?
男女の友情が成立するとか思っとんなら、ええ加減目ぇ覚ませよ。男はいつだってワンチャン狙っとるんだぞ」
つっても俺、童貞なんですけどね。
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