第121話全員集合3

「はい、お終いッ!あんずちゃん、完成したよ。お疲れ様ッ」


「ありがとうございますッ!みどりさまッ」


 俺の予想より少し早めに、あんずへの施術は終わった。彼女は服を着る前に、彫り終えた刺青を見せて欲しいとせがんだ。再び合わせ鏡を使って、あんずのうなじに彫り込まれた『丸に橘』の紋を、彼女に確認させた。


「すごぉーいッッ!キレイに入ってるーッ!みどりさまッ、コレって洗っても擦ってもとれないんですよねッ!?」


「そうだよ。どう?気に入ってくれた??」


「はいッ!これでアタシは、ずぅーっとたくちゃんのものですねッ♡」


 おぉぅ…。なんて可愛らしい反応をするんだ、この子は…ッ。おっぱい丸出しで騒いじゃって、まぁ…。

 このままパンツ一丁ではしゃぐあんずをずっと眺めていたい所だが、今この神社には、ヨシヒロとイナリがいる。彼らにあんずの裸体を見せるワケにはいかない。それは俺とあんずの約束だからだ。俺は他の女の裸は見ないし、あんずは他の男に裸を見せない。そう二人で決めたのだ。

 しかし、その固い約束を歪める程、判断力を低下させる効果を持つスパイスに、俺は一度嵌められかけている。正確には、マチコに嵌められかけたんだけど。一服盛られたコーヒーを少し啜っただけで、俺はあんずの存在を忘れてしまっていた。そんな物騒な物が蔓延っていたら、いくら中毒者を治療した所で、再発するのが目に見えている。運よく高桑も三谷も、スパイスの毒牙には蝕まれていないが、スパイスを根絶しなければ、間接的に彼らに不幸を招いてしまう。そうならない為にも、できるだけ早くカナビスを布教しなければ。


「あんず、まぁそろそろ服着やぁ。風邪ひいても知らんぞ」


 俺がそう声をかけると、あんずは今更ながら自分が裸でいる事に気づいた様だ。どんだけ浮かれているんだか。でも俺も昨日、筋彫りが完成した時は、興奮を抑えられなかった。刺青を入れるという行為には、精神的に作用する『何か』があるのかも知れない。あんなに耐えがたかった針の痛みを既に忘れていた俺は、刺青の魔力に憑りつかれていた。


 あんずが脱いでいたワンピースに袖を通し、当面のやる事がなくなった俺たちは、ヨシヒロたちのいる縁側に向かった。夜に桃子の店に行くまで、特に予定は入っていないので、みんなでチルアウトしようと思ったのだ。


「あ、いずみくんッ。みどりちゃんッ。お疲れ様!もうあんずちゃんの刺青は終わったの?」


「おうッ。ヨシヒロくんも刺青入れたい時は、いつでも声かけてねッ」


 おい、みどりちゃんよ。俺の時はナンダカンダと難癖つけて、すんなり彫ってくれなかったじゃねーか。お前、言ってたよなぁ?『化学の事なら金(貝)でやってやるけど、彫り物に関しては損得じゃやってやらない。私が認めた人間にしか彫らないって決めてんだ』ってよぉ。何だ?ヨシヒロはもうお前の御眼鏡に適ってんのか?俺はお前に認めてもらうのに、ひーとんと殺し合いまでしたんだぞ。

 あんずに続きヨシヒロとの間にも、扱いの格差ができている事に、俺のモヤモヤした感情は留まる所を知らなかった。積もり積もるフラストレーションに、憤りを隠せない俺だったが、ヨシヒロと会話する時に生じる緑の違和感を見逃さなかった。俺と話す時とは違い、ヨシヒロを相手にしてる時、緑の耳は真っ赤になっていたのだ。コイツ、ヨシヒロに気があんな?見た目や言動に似合わず、大人しいのがタイプなのか。こりゃあ、いいネタを手に入れたもんだ。

 ヨシヒロに想いを寄せる緑に気づいた俺の目には、もう一つの恋物語が飛び込んできた。あの無愛想なイナリが、ハクトと一緒になってお花遊びをしていたのだ。イナリも男の子なんだから、お花で冠なんか作ったって面白くも何ともなさそうなのに、吊り上がった目尻を精一杯下げてハクトに笑顔を向けていた。あんずには絶対見せない表情だ。イナリはハクトみたいな子がタイプなのか。

 他人の恋路なんか俺にとってはどーでもいい事だが、筋金入りのジャンキーである緑とイナリは、おしとやかなヨシヒロとハクトに相手にされるかどうか、ちょっとこれは目が離せない展開だな。


「おい、あんず。イナリのヤツ、ハクトに惚れとるみてーだぞ」


「えぇッ!?ほんとですかッ!?あんの畜生め…、ハクトちゃんに手ぇ出したらドタマぶち抜いたるでなぁ……ッッ!!」


 あんずは名古屋弁でブツブツ言いながら、ハクトとイナリの元へ歩み寄っていった。あんずはイナリの事が嫌いだから、そう思うのは必然かも知れないけど、当のハクトはまんざらでもなさそうなんだよなぁ。

 ハクトとイナリの間に割り込んでいったあんずは、何やらイナリに文句を言っている様だったが、それをハクトが宥め、イナリはあんずの言葉を耳にすらしていなかった。何だか面白い三角関係ができあがってんなぁ。この光景、ずっと眺めてられる気がするわ。


「こういうのも賑やかでいいわね」


 緑とヨシヒロは二人で談笑に華を咲かせ、アヤカシどもは三角関係をより拗らせていた。気づくと俺は一人蚊帳の外に追いやられていたが、それを不憫に思ったのか、美奈が話かけてきた。よく考えたら、この神社にくる時はいつも俺とあんずの二人だけだった。他のミコトやアヤカシがいる所に遭遇した事はない。常に一人で境内の掃除をしている彼女は、もしかしたら孤独を感じていたのかも知れないな。

 孤独な時間は俺も長い事過ごしてきたが、この世界でまで孤独のままだったら、どうしていただろう。運よくあんずに出会えはしたが、もしそうじゃなかったら俺も都に吸い込まれていた可能性は高い。そういう道を辿ってしまったミコトは少なくないはずだ。だが、都は長く居る場所ではない。それは、住居がない事が裏付けている。それでも都にしか居場所を見つけられず、養分として永遠に搾取され続けるしか選択肢がないミコトはどうすればいいのか。

 淀みきった都の空気を入れ替える必要があると考えている俺は、仲間との集合場所にこの神社を選んだ。それ自体には特に理由はないが、俺たちが都へ発ったら美奈はまた孤独を感じてしまうのだろうか。そうならない為にも、さっさとスパイスぶっ潰して、この神社で打ち上げでもして盛り上がるか。

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