第118話作戦会議14

「いずみくん、みどりちゃん。お疲れさまッ。ハクトたちはもう寝ちゃったよ。よかったら、コレに付き合ってくれない??」


 美奈が用意してくれた晩メシを食べ終わると、ヨシヒロはボングを抱えて俺たちのいる部屋に入ってきた。それまではアヤカシ共とチルアウトしていた彼だったが、そんな彼を置いてアヤカシ共は床に就いてしまった様だ。まだまだカナビスを吸い足りないヨシヒロは、漸くアシッドが抜けたらしく、いつもの調子に戻っていた。

 お昼前から刺青の施術に入っていた俺と緑は、何度か休憩を挟みながらも、カナビスを吸っていなかった。緑のヤツは途中でシャブ食ってたけど。カナビスの陶酔は、身体や思考の感覚が研ぎ澄まされるという側面を持っていたので、刺青入れてる最中に吸ったら、余計痛く感じるんじゃないかと思い、使用を控えていたのだ。しかし、もうその心配をする必要がなくなったので、こっからは存分にカナビスを楽しむ事ができる。

 俺以上に疲れている緑を気遣って、食べ終えた食器は、俺がまとめてお勝手まで持っていった。その戻りしなにあんずたちが寝ている部屋を覗き見ると、彼女らは川の字になって眠っていた。間にハクトが入っているとはいえ、犬猿の仲のあんずとイナリが揃って寝ている姿に、微笑ましく思う気持ちは抑えられなかった。カメラがあったら写真撮ってやりたいくらいだ。


「アイツら、よう寝とるわ。ヨシヒロ、ありがとな。あんずたちの面倒見てくれて」


「ううん。あんずちゃんもイナリくんも、聞き分けがよかったから、僕は殆ど何もしてないよッ」


 それはハクトがいたからなんじゃないかな。もしあんずとイナリの二人だけだったら、この社の壁に穴の一つや二つ開いててもおかしくない。まぁ、他人ん家で悶着起こす様なら、俺と緑が黙っちゃいないけどな。美奈のヒステリーを考えると、壁に穴が開いてからじゃ遅いのだ。


「ところでヨシヒロくん。カナビスの情報って、どこで仕入れたの??私の実家は製薬会社だけど、そんな植物あるなんて、眉唾の都市伝説くらいにしか思ってなかったよ」


 シャブを始めとするハードドラッグに、幼い頃から携わっている緑は、このカナビスという植物の存在自体を疑問に感じている様だ。俺たちが元いた世界では、例外を除き各種のドラッグが解禁されていたが、その『例外』が何なのか知る由もなかったし、気にも留めていなかった。ヨシヒロが以前言っていた通り、『世界はカナビスを隠した』のだ。だが逆を言えば、カナビスを『例外』にしたって事は、カナビスの存在を裏付けている事になる。つまり、『世界はカナビスを知っていた』というワケだ。それを、固い箝口令を敷いてまで隠す必要が何処にあったのか、俺には想像すらつかない。


「ウチにあった凄く古い本に、カナビスについて書かれていたページがあったんだよ。カナビスは生命力が強い植物で、極地を除く陸上に広く分布するって説明があったから、世界中の文献を調べればすぐ何かしらの情報が出てくると思ったんだぁ。でも現世じゃ、ウチにあった本以外でカナビスの存在を示す物は何もなかった」


 ヨシヒロが本の中からカナビスを見つけたのは、まだ彼が小学校低学年の頃だったらしい。しかし、図書館の書物やインターネットの隅々を探しても、一向に姿を見せないカナビスの情報に、すぐ興味を削がれてしまったと言う。その時は、カナビスが世界で唯一認められていないドラッグだという事には気づかなかった。

 そんな彼がカナビスの事を思い出したのは、手水政策を受け、この世界に来てからだった。この前ヨシヒロが話してくれたハクトとの出会いの場面で、ハクトは全身に大火傷を負っていた。彼女を治療するにあたりヨシヒロが用意できた物は、肌の炎症を抑えるだけの物だった。しかし傷を癒す為には、ハクト自身の体力が回復する事が不可欠だった。ヨシヒロは、木の実や果実をできるだけ細かくし、水を加えてハクトに食べさせようとしたが、彼女は水すら飲める状態ではなかった。

 ヨシヒロは医者の家系に生まれ小さい頃から医学を学んでいたが、人口削減が公に行われている時代に必要とされる知識や技術は、人を殺す為のものが殆どだった。治療に必要な情報を著しく欠いていた彼は、見る見る弱っていくハクトを前に、何もできずにいた。そんなヨシヒロに天啓を与えたのは、あの氏家だったと言う。


「氏家くんは『ある植物』が生えている場所を教えてくれたんだ。だけど彼は、それがカナビスだとは言わなかった」


 『見れば分かる』とだけ言い残して消えた氏家の言葉に従い、ヨシヒロはその場所に向かった。そこで彼が見た物は、小さい頃に書物の中から発見した『カナビス』という植物だった。初めてカナビスを目にした途端、彼の脳裏を駆け巡ったのは、あの古い書物に書かれたカナビスの情報だった。


『花穂や葉から採れるTHC(テトラヒドロカンナビノール)は、痛みを緩和させ、不眠や食欲不振に効果を発揮する。種子や茎から採れるCBD(カンナビジオール)は、中枢神経の活性化を抑え、細胞をあるべき状態に戻す効果がある。』


 一度取り入れた知識を忘れないという特技を持っていたヨシヒロは、この植物がハクトの治療に有効だと即座に理解し、両手で持ちきれるだけの株を根っこから引き抜いた。彼はドラッグの知識には疎かったが、樹脂に多く含まれるTHCは、熱によって揮発する性質を持つ事を把握していたので、花や葉を燃やし、その煙を吸引させる手段を取った。

 自力では浅い呼吸しかできなかったハクトに、ヨシヒロは人工呼吸の要領で、カナビスの煙を強制的に吸わせる事に成功した。彼が取った行動は功を奏し、ハクトは死の淵から生還する事ができたのだ。


「ハクトが助かったのは嬉しかったけど、それ以上に『カナビス』に興味が沸いたんだ。ハクトが普通の生活に戻れる様になった頃には、独自の研究を始めていたね。その間に一度だけ氏家くんと再会したんだけど、その時に彼から『カナビスは世界が禁止した唯一のドラッグ』だって聞かされたんだよ。

 僕の研究には、いつしかその理由の追及も加わっていたんだ」


 そう語るヨシヒロが丹精込めて育てたカナビスは、今や俺たちに不可欠な物になっていた。そして、これからはそのカナビスが、都でスパイスに苦しんでいる者の救いとなるかも知れないのだ。

 スパイスの根絶という、新たにできた『俺のやりたい事』を実現させる為に必要なピースが、全て俺の手中にある事実が、計り知れない運命の力をまざまざと物語っていた。

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