第119話全員集合1
「たくちゃんッッ!おはよーございますッ!もう朝ですよッ、おきてくださいッッ!!」
夕べ、ヨシヒロと緑と三人でしこたまカナビスを楽しんでいたが、知らない間に俺たちは眠ってしまっていた様で、布団も敷かないまま雑魚寝していた。俺たちを夢の世界から引き戻したあんずの声は、何だか怒りの感情が混じっているかに思えた。まぁ、そりゃそうだろう。大した説明もしないまま、彼女に長い時間ヒマを与えてしまったからな。
普段なら俺より先に目覚めたとしても、無理に起こしたりしないあんずが声を大にして起こしにきた所を見ると、彼女のフラストレーションはだいぶ溜まっているのだろう。その原因の殆どはイナリにあると、俺は予想した。おそらく彼女は、何度も俺が施術を受けている部屋を覗こうとしたはずだ。その度にイナリに抑止され、砂利を噛む思いをしたに違いない。それでもあんずが怒りを制御できたのは、ハクトがいたからだろう。
俺が刺青の痛みに耐えている間、あんずも怒りと寂しさに耐えていたのだ。たかだか半日の別れではあるが、彼女に寂しい思いをさせない誓いを破ってしまった。俺はその事を、少しだけ後悔した。
「あんず、おはよー。昨日はすまんかったな」
「もうッ、一体みどりさまと何してたんですかッ!アタシをほったらかしにしてまで…ッ」
何をしていたかと問われると回答に困ってしまう。端的に言えば、『刺青を彫ってました』で済む話なのだが、相手はあんずだ。そう答えたとしても、『イレズミって何ですか?』が返ってくるに決まってる。どう説明したもんかと言葉に悩んでいたが、百聞は一見にしかずなので、昨日彫ってもらった筋彫りを彼女に見せる事にした。
「昨日は緑に、コレを彫ってもらっとったんだわ」
シャツを脱ぎ、肌を露わにした俺の背中に刻まれた『鬼』を見て、あんずは疑問符を頭上に浮かべていた。何故それを背中に描くだけで、あんなにも時間がかかるのか、理解できないのだろう。見せて分からないのなら、一度体験させるしかないのだが、別にそこまであんずに刺青を理解してもらおうとも思ってないんだよなぁ。
背中の鬼と童子のあんずが睨めっこをしていると、俺たちの会話を聞いて目が覚めたのか、いつの間にか起きていた緑が、俺に助け舟を出してくれた。
「あんずちゃん、その黒くなってる筋を触ってごらん?」
「えっ!?こ、こうですか…ッ?……あッ!黒いところだけボコッとしてるーッ!!コレ、なんなんですか、みどりさまーッ??」
「それは『刺青』だよ。洗っても擦っても『消えない絵』だ。一針一針彫っていくから時間がかかるんだよ。昨日は拓也を独り占めしちゃってごめんな、あんずちゃん」
緑の説明を聞きながら、あんずは執拗に筋彫りを触っていた。昨日彫り終えたばかりなので、そんなに触られるとヒリヒリ痛い。その痛みを感じた時、俺に戦慄の様なものが走った。『刺青』とはつまる所、色の付いたただの傷だ。ならば、日の境を跨いだら消えていてもおかしくない。だが、昨日緑に彫られた刺青は、ちゃんと残っているどころか、痛みまで後を引いている。
一体これはどういう事なのか、たまらなくなった俺は緑を問いただした。
「おい、緑。この刺青って、日を跨いでも消えんのは何でだ??」
「そりゃあお前、私が彫ってるからにキマッてんじゃんッ」
全然答えになっていない彼女の言葉を要約すると、ミコトが強い意思や思いを込めて物を作ったり何かをした場合、その意思や思いはそのままの形で永遠にあり続けると言う。桃子が作った服が、絶対に型崩れしなかったり、シワにならないのはこの為だ。つまり緑が、『俺に刺青を彫る』という強い意思を持って彫ってくれたから、身体がリセットされても刺青はリセットされなかったのだ。痛みだけは消えてもらって構わなかったんだけどなぁ。
とにかく、あんなに辛い思いをして彫った刺青が、一晩でオジャンにならなかった事に安堵していると、ずっと俺の背中を見つめていたあんずが、緑に向かってこんな事を言い出した。
「みどりさまッ、コレってアタシにもやってもらえますかッ??」
えぇッ!?あんずも刺青に興味持ち始めちゃった。でも彼女にはまだ早いだろう、と一瞬思ったが、よく考えたらイナリもあの小さな身体に、あれだけの刺青が入っている。年齢的な問題はあまり関係ないのだ。そもそもアヤカシに年齢があるのかどうかも怪しいが。
「あ、あんずちゃんは、何か彫りたいものとかあるの…??」
「アタシ、たくちゃんがツナギに付けてた『家紋』を入れてほしいですッッ!!アレ、すっごくキレイだったからッ」
なんとあんずは、ツナギにプリントした俺の家紋を密かに気に入っていた様だ。しかも、家紋を入れる事で、『これは俺の所有物』だと示している意味まで理解していた。その家紋を自身に刻みたいという事は、あんずは『俺の所有物』である事を証明したいのだ。わざわざそんな事しなくても、あんずは俺のものなんだけどなぁ。
「きみたち起きてる?朝食の用意したから食べちゃって」
「わりぃな、美奈。じゃあ、あんずちゃんは食べてる間に、どこに入れたいか考えておいて。朝メシ食ったらすぐ始めるから」
「はいッ!」
美奈から朝食の誘いを受けた俺たちは、揃って食卓に向かった。ヨシヒロはまだ眠そうにしていたが、美奈に手間かけさせると、後で何を言われるか分かったもんじゃない。何とか彼の重たい目蓋をこじ開けて、朝食の席に座らせると、配膳の手伝いをしているハクトが、俺たちの分の朝食を運んできてくれた。
食事と共に、一人一善の箸が用意されていたが、そう言えばあんずに箸の手解きするのすっかり忘れていた。また具材ごと木端微塵にされても困るので、匙か何かを借りようとしたのだが、そんな俺の心配を他所に、あんずは器用に箸で食事を摂っていた。きっと俺が都に行っている間に、ハクトから教わったのだろう。
あんずが箸を使える様になった事を喜ぶよりも先に、俺の脳裏に過ったのは『あーんしてもらいてぇ』だった。しかし、みんながいる前でやってもらうワケにはいかない。恥ずかしいし、冷やかされるに決まってる。
あんずの箸捌きを横目で見つつ、俺は密かに多々良場で彼女に『あーん』してもらう事を目論んだ。
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