第114話作戦会議10

「山野くん、連れてきたよ…」


「おっはよーッ!今ちゃん、あんずちゃん!」


 俺の言い付け通り、ダボハゼは入り江までひーとんを迎えに行ってくれた。しかし、俺に良い様にコキ使われたのは、少し納得がいっていないみたいだった。コイツの屁の役にも立たないみみっちぃプライドなんか知ったこっちゃないが、謀反を起こさない程度に留めておかないと、いつか後ろから刺される危険もある。もしそうなったら、1911で蜂の巣にしてやるだけだけど。

 ひーとんが多々良場に来るのは初めての様で、製鉄に使う大窯を興味深々で眺めていた。丁度その頃、俺の横で寝息を立てていたあんずも起床して、目に入った氏家とひーとんに挨拶をしていた。


「むにゃ…、あれ…?ひとしさまと…、ダボハゼさん…??おふぁよーございましゅ……」


「おはよー、あんずちゃんッ!ってか、あんずちゃんは氏家の事『ダボハゼ』って呼ぶんだねッ。おもしれーじゃん!」


 実は、あんずが名前に『さま』を付けずあだ名で呼ぶミコトは、俺を除けば氏家だけだった。特に他意はないんだろうけど、こんなダボと同じ土俵に乗せられてるみたいで嫌だなぁ。かと言って、氏家があんずに『まさきさま』なんて呼ばせた日にゃ、やっぱり1911で蜂の巣にしてやるけどな。


 ひーとんとのタイマンからこっち、あまり多々良場でゆっくりできていなかったが、その間に氏家が運んでくれていた貝の袋は、その数が三十に達しようとしていた。ざっと見積もって、60万だ。緑やムラゲへの謝礼とか、桃子の店や都での買い物で幾らか使ってしまったが、それでも氏家に負わせた負債の残りは160万近くある。その全てを現ナマで持ってこられると多々良場がパンクしちゃうので、置き場所や受け取り方も考えなくちゃなぁ。


「今ちゃん、金持ちだとは聞いてたけど、こんなに貝持ってんだぁ…。俺の知り合いん中でもイチバンじゃねーかな」


 大窯より目立つ貝の塊に、ひーとんは驚愕していた。そんな彼をここまで呼んだのは、10万程の貝を桃子の店まで運ぶ為だ。っと、その前にひーとんに渡さなきゃならない物があった。


「ひーとん、コレ。都で借りた貝。現ナマよりカードの方が嵩張らんと思ってこっちにしたんだけど、ええ?」


「おッ、わざわざすまんね。どうせすぐまた都に行くんだから、カードの方が助かるよ」


 利息とか全く付けてなかったけど、2000の貝が入ったカードを、ひーとんは快く受け取ってくれた。借りた貝以外にも、Z2をくれたお礼もしたい所だったが、それは貝じゃなくて別の形が好ましいと思い、後回しにする事にした。

 とにかく、これからやらなきゃいけないのは、貝の袋を五つトラックに積んで、桃子の店まで行く事だ。ひーとんにそれを説明して、あんずに手伝ってもらいながら貝を運ぶとしよう。


「ももたんの店までッ!?よっしゃぁッ!!任せろぉッ!!」


 桃子の名前を出すと、ひーとんのやる気スイッチがonになった。やっぱり桃子にホの字の様だ。本命の女がいる癖に、良く都で別の女買えるよなぁ…。それとこれは関係ないって事なのだろうか。俺は逆立ちしてもそんな真似はできない。っていうか、やったらあんずに殺される。

 そんな俺大好きなあんずは、以前と同じ様に貝の袋を二つ担いでいたが、やる気を出したひーとんも負けず劣らず、袋を二つ担いだ。童子と張り合えるって、どんだけパワーあんだよ、このトチキチは…。

 あんずとひーとんが四つの袋を運んでくれたので、残りの一つは何とか俺が運んでやろうと思い立った。だけど、俺一人では到底ムリなので、暇を持て余しているダボハゼに片棒を担がせた。


「おい、氏家。俺らでもう一つ運ぶぞッ」


「はいはい…。分かったよ」


 ヒィヒィ言いながら残りの一袋をトラックのコンテナに運び入れ、必要な貝を全て積み込むと、ひーとんは早速ブティックへ行こうと言い出した。桃子に会えるのが楽しみで仕方ない様だ。キラキラと光る瞳は、恋する10代の少年そのものだった。その恋が実るといいなぁ、と思いを馳せながら、一瞬だけでも桃子に『かっこいい』と思われた事は内緒にしておく事にした。嫉妬の怒りを向けられたら困るし、ひーとんと喧嘩するのは二度とご免だからだ。

 あんずを連れてひーとんとブティックへ向かう俺たちと、ここで別れると氏家は言った。今日の所はもうコイツに用はないし、好きにすればいいと告げると、ダボハゼは姿を消した。氏家が普段、どこで何していようと興味などないが、街とは別の方向へと歩いて行った彼の足取りに、何となくの疑問を抱いた。


 ――――――――――………


「おっすー、桃子。やっとるかー?」


「ももたんッ!おじゃまするよーッ」


 ブティックの扉を開けると、いつもと変わらない桃子がいたが、彼女の周りには描き損じた紙が散乱していた。どうやらあんずの着物の柄が、イマイチ決まらない様だ。

 桃子は、目の下にあざ黒いクマを作りながら、泣きそうな顔で俺たちを出迎えた。おそらく徹夜してデザインを考えていたのだろう。何もそんな悩む事ないのに。ボツにされたデザイン画を何枚か眺めたが、どこが気に食わないのか、俺には全く分からなかった。別にコレでもいいじゃん。


「あんずちゃんのキュートさにセクシーを混ぜると、どうしても上手くまとまらないのーっ!都に行って、遊女の子たちの衣装見学したいくらいだよぉっ!」


 こりゃどう見ても思考の堂々巡りに陥ってんなぁ。桃子が気にしている程、誰もそんな完璧は望んでいないんだが…。とにかくこうなってしまった場合は、第三者からの意見が迷路脱出のカギとなる。俺は散らばっているデザイン画を拾い集め、あんずに提示した。桃子が決められないのであれば、着る本人に決めさせればいいのだ。

 20枚以上あるデザイン画をパラパラと眺めていたあんずは、その中からお気に入りを一つ見つけた様で、嬉しそうな顔で感想を述べながら、俺たちにそれを見せてきた。


「たくちゃんッ、見てくださいコレッ!かわいーッ」


 あんずが選んだのは、桜とも梅とも取れる様な散りばめられた花と、それを覆う様な扇子がいくつも並んだ柄だった。藍色の地に映える淡いピンクの花たちは、あんずの可愛らしさを投影している物に思えた。


「グスッ、それは杏子の花だよ。杏子はバラ科サクラ属だから、花は桜に似てるの。あと、杏子の花言葉には、『乙女のはにかみ、臆病な愛』ってゆー意味があるから、その花を扇子で隠して恥じらいを表現してみたの…」


 めっちゃ緻密に計算されてんじゃんッッ!花の知識といい、表現方法といい、やっぱ桃子はバカではない。っていうか、むしろ天才の類だぞ。何故コレをボツにしたのか分からないくらい、あんずにピッタリのデザインに感じた。


「アタシ、コレ着てみたいですーッ!!」


 あんずが気に入ってくれたのはいいんだけど、おっぱいが見えそうな衣装って事は黙っとくか…。

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