第113話作戦会議9

「はぐッ…。はぐッ…。おいひぃ…ッ。おいひぃれすぅ…ッ、はぐッ…」


 俺の言葉に諭されたあんずは、泣きながら兎の肉にむしゃぶり付いていた。やっぱり好物なんだな、兎肉は。俺も負けじと肉を頬張っていたが、心の葛藤から解き放されたあんずは、いつも以上のペースで、胃袋に肉を詰め込んでいた。俺の分なくなっちゃうじゃん。

 食事が終わる頃には、あんずの涙は干上がっていて、普段通りの様子を取り戻していた。バクバク食べる彼女に遠慮して、腹六分目くらいしか満たせなかった俺は、デザートも用意しておくんだった、と後悔した。


 完全に陽は落ち、もう寝るくらいしかやる事の残っていない俺たちは、この日二度目のチルアウトを楽しむ事にした。都に行く直前にヨシヒロから貰っていたハシシは、実は手を付けていなかった。出し惜しみしてたワケじゃないんだけど、コレを使うとぐらんぐらんになってしまうので、控えていたのだ。でも、今日はもういい。明日、ひーとんからのコールがくるまで、あんずと二人っきりの時間を満喫してしまえッ!

 ボングを二周して、カナビスの酔いが回ってくると、あんずは俺の肩にもたれかかり、さっきの話の続きを口にし始めた。


「たくちゃん…。たくちゃんは、アタシにたべられたいって思うんですか??」


 何そのかわいらしい様な、恐ろしい様な質問は。『ミコトは食べない』って言ったのはあんず自身だが、それは食べる事が不可能なのか、食べる事を拒んでいるのか、どっちなんだろ。俺は不死のミコトなので、殺しても死なないんだろうけど、もし殺されるならあんずにしてもらいてぇなぁ。


「うーん…。あんずに食べられたいって思うのと同じくらい、あんずを食べちゃいたいとも思っとるよ」


 少しのからかいを交えた俺の返答に、あんずは顔を赤らめていた。それと同時に俺の胸に頭をこすり付け、フニャフニャした声で俺へのレスポンスを返した。


「たくちゃんのばかぁ…。で、でも…、たくちゃんになら…、たべられてもいいかも……」


 かわいい。この子、ホント天使やな。あんずの愛くるしさに、内なる狼を御しきれるか不安であったが、カナビスがもたらすスーパーリラックスのお陰で、彼女の貞操を奪う様な狼藉はせずに済んだ。この一線を越えられないのは、俺の甲斐性のなさなんだろうけど。

 でも、俺も一応は男の子だ。そういう事に興味がないと言ったら嘘になる。ただ、そんな事をしてあんずに嫌われるのが怖いのだ。ハクトの為に兎を食べたくないと言ったあんずは、こんな気持ちだったかも知れない。それを差し引いても、今のこの距離感が心地よいものであるのは間違いない。かわいいあんずを眺めながら、カナビスでブリブリになる事が、俺にとってはこの上ない至高の時間なのだ。


 ――――――――――………


「おはよーッ、今泉くーんッ!もう起きてるー?」


 二人っきりのチルアウトは、いつの間にか俺とあんずを白河夜船の旅へと駆り立てていた。それを邪魔したのは、あの憎きダボハゼだった。アイツの声で起こされるとか、現世なら訴訟問題になりかねんぞ。マジでいっぺん言わしたらなかんなぁ。


「なんだてぇ、氏家ぇ…。こんな朝から何しにきたんだ…」


「俺はいつもこの時間にここに来てるよ。君に払わなきゃいけない負け分はまだまだあるからねッ」


 そういえば、俺とあんずの居城この多々良場には、帰る度に貝の袋が増えていく。俺の知らない内に氏家が運んでくれているからだ。しかし、場所食い虫の貝の袋は、そろそろ多々良場のキャパシティを越えそうな勢いだった。数える気すら起きないこの貝たちは、一体いくらあるんだろう。


「そうそう、都はそうだった?今泉くん」


「キナ臭ぇ所だったなぁ。あそこに居続けたいとは、俺は思えん」


 ダボハゼが都の話題を振ってくれたお陰で、俺は貝について思い出した事があった。所持している貝を残高としてチップに収められる都のシステムだ。氏家は俺に負わされた240万もの負債以上の貝を、どこに隠してるのかと疑問に感じていたが、チップに入っているなら納得できる。だけど、コイツはいつも現ナマで持ってくるので、残高を貝化する術を持っているのだろう。


「今ここにある貝って、俺のチップに入れたりできんの??」


「それは無理かなぁ。残高を貝にするのはできるんだけど、その逆は都に行かないと不可能なんだよ」


「じゃあプリペイドにはできん??」


 俺は都で、高桑とひーとんに借金を作ってしまった。高桑への返済はまた都に行った時でいいとして、今日これから会うひーとんにはできるだけ早く返しておきたかった。まぁ、その額は貝2000と大した事はないので、現ナマで渡してもよかったんだけど、荷物になるのでカード化できるならそっちの方がいい。

 そう思ったが、やはりここではプリペイドに移す事も難しい様だった。仕方なく2000の貝を包んでひーとんに返すか、と考えていると、氏家は別の提案を寄越した。


「俺が既にカード化してる物ならあるよ。貝2000だっけ?丁度その金額のカードがあるから、コレを山野くんに渡してあげたら?」


「おッ!そりゃ助かるわ。じゃあ、お前の負債からちゃんと2000引いとけよ」


 そんな少額なら、増えてても減ってても気にはしないが、色々とデジタル機能を搭載している二一組のこのダボは、一の位までしっかり数えるんだろうな。

 貝についての疑問や手段が解決した所で、噂をしていたひーとんからのコールが入った。


《今ちゃーんッ!今ちゃーんッ!聞こえるーッ??》


「おー、ひーとんッ!おはよー。もう入り江まで着いた?」


 どうやら近くの入り江までトラックで来てくれた様だ。本来なら俺が迎えに行ってやるのが順当なんだが、生憎俺の隣ではあんずが絶賛爆睡中だった。彼女は鼻提灯を拵えながら、俺の身体を抱きかかえて離れなかったので、俺は今動けないのだ。


「ダボハゼ、ひーとんが入り江まで来とるで迎えに行ったってくれん?」


「はぁッ!?なんで俺が……」


「おいおいおい。忘れてまっては困るぞ。言ったはずだがや、『支払いが終わるまでお前の文句は一切受付けん』って…」


 氏家は俺の言葉に従い、ひーとんを迎えに行った。いい小間使いを手に入れたもんだなぁ。負債の完済が近づいたら、また一勝負してやるか。

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