第112話作戦会議8

 早速桃子は、織物に施す柄のデザインのラフを描き始めた。『あんずのイメージにピッタリ』の物を作ると豪語していたが、いったいどんなデザインになるんだろう。俺だったらどうするかな。やっぱ杏子の花とかをモチーフにするのかな。っていうか、杏子の花ってどんなんだ?

 彼女の作業の邪魔はしたくないんだが、桃子にはもう一つ話しておかなければならない事がある。片手間でいいから聞いてほしいと前置きをして、『スパイス』についてを軽く説明した。


「さっきも言ったけど、都で俺の友達のツレがヘンなドラッグに苦しんどってよぉ、ひーとんとか緑連れてその子たちを助けに行こうって話になっとるんだけど、できたら桃子にも手伝ってほしいんだわ」


「私にできることあるの??」


「治療したらなかん子が結構おるみたいだで、治療班のサポートに回ってくれると助かるんだけど…」


 その言葉を聞くと、桃子は快く引き受けてくれた。ヨシヒロとハクトに付いて助力してもらうくらいなら、コウヘイくんの仇には触れさせずに済むだろう。黒幕についてはひーとんと緑がカチコミかけるから、そっちは彼らに任せればいい。

 何にしても、あんずの衣装が出来上がらなければ話は進まないので、それが終わってからもう一度詳しく説明する事にした。


「都に行くメンバーは神社で待機しとるでよ、あんずの着物ができたら桃子もそっちに合流してまえる?」


「分かったよ、たくやくん。じゃあ、チャチャッと仕上げちゃうねっ。明日の夕方には反物の値段でると思うから、明日またきてくれる??」


 最低でも貝10万って言ってたから、多々良場にある貝の袋を五つ持ち出せばいいよな。手で運ぶのは無理そうだから、ひーとんにトラック出してもらうか。

 明日貝を持ってもう一度ブティックに訪れる事を約束して、俺とあんずは店をあとにした。そろそろひーとんの施術も終わっている頃だと踏み、初めての通話を試みた。


「頭ん中で呼びかければええんだよなぁ…。えぇーっと、ひーとん…ひーとん…ひーとん……ッ」


 多分、その必要はないと思うんだけど、呼びかけている間、俺はジッと目を閉じてひーとんが応答してくれるのを待った。そして、念じ始めてから数秒たった辺りで、彼の声が俺の頭に届いた。


《もしもし!?今ちゃんッ!?もしもしッ、聞こえるッ!?》


「おぉーッ!聞こえる、聞こえるッ!すげぇな、ホントに通話できるがやぁッ!!」


 感覚としては、電話とほぼ変わらない感度の良さに、度肝を抜かれていた。普通にこの場で会話しているんじゃないかと思う程、クリアに声が通る。っていうか、コレ話す時って声出さないかんのかなぁ。傍から見たら、俺が独り言喋ってるみたいじゃん。と、疑問に思ったが、俺に届くひーとんの声から察するに、彼は実際に声を発している様な気がしたので、俺も声を出して通話する事にした。

 テレパシー能力というものが、予想以上に面白く、俺たちは何の取り留めもない会話を繰り広げ、中々本題に入る事ができなかった。ムダ話をする俺たちを疎ましく思ったのか、いきなり緑の声がカットインした。


《おいッ、拓也!!さっさと要件を言えよッ!グダグダ中身のねー話しやがって。女子か、テメーはッ》


 え?何で怒られたの、俺?っつーか、複数人と同時に通話できるのかよッ!ヤベェなッ!怒られた事より、そっちの方が衝撃で、反論する気も起きなく言われたまま漸く本題に入った。


「桃子ん所の用事は済んだで、俺とあんずは自分ん家に帰るわ。ひーとん、わりぃんだけどさぁ、明日大量の貝運びたいで、トラック出してまえんかなぁ?」


《おっけー。今ちゃん家って、北の入り江の近くだったっけ?そこまできたらまたコールするわッ!》


「よろしくー」ピッ


 初めてのテレパシーによる通話を体験し、底知れぬ喜びというか、興奮を抑える事ができなかった。コレ、結構すげぇ能力を手に入れたんじゃない?こんな事できるの、数多くいるミコトの中でも俺たちだけだろ。100%緑の手柄なんだけど、何故か俺は、自分が何かを成し遂げた様な達成感を感じていた。まぁ、俺だって刺青の痛みに耐えたんだし、少しは鼻を高くしてもいいよね。

 立て込んでいた当面の用事を済ませた俺は、多々良場に帰る前に、今日の夕飯の買い出しをしようと、ジビエのお店に立ち寄った。緑ん家に行く前に貝をいくらか持ってきて正解だったな。


「あんずー。俺は肉買っとくで、お前はいつものおじさん所で酒でももらってきたら?」


「それもそうですねッ。じゃあ、ちょっといってきますッ」


 あんずに距離を取らせたのには、ちょっとしたワケがあって、何の肉を買うかを見せない様にする為だった。彼女はまだ、ハクトの件について気持ちの整理を付けていなかったので、及ばずながら俺が一肌脱ごうと思ったのだ。

 兎の肉を包んでもらい、会計が済んだ丁度その頃、酒の入った壺を抱えて駆け寄ってくるあんずの姿があった。この日最後のタンデムで多々良場に帰還した俺たちは、陽が落ちる前に夕餉の席に着いた。


「……。たくちゃん…、コレ…なんですか…?」


「何って、見りゃ分かるだろ。兎の肉だがや」


 即答した俺の態度が気に入らなかったのか、あんずはキッとした視線を俺に向けた。まぁそうなるだろうな、と予想していた俺は、彼女の反抗的な振る舞いに取り乱す事はなかった。そんな俺の余裕は、彼女の不機嫌に拍車をかけたみたいで、両手で床をドンッと叩いたあんずは、犬歯をむき出しにして俺に刃向った。


「なんで兎なんか買ってきたんですかッッ!!アタシ、もう兎はたべませんッ!これ以上兎をたべたら、ハクトちゃんに顔向けできない……ッッ!」


 うん、そう言うのも計算済み。きっとあんずの中では、ハクトに対する申し訳なさと、今まで何も知らずに兎を食べてきた事実がゴッチャになって、情緒不安定になっているのだろう。だが、彼女は大きな勘違いをしている。ハクトに顔向けするなら、『食べられる事で存在意義を示す』と言ったハクトの言葉を汲んでやらなければならない。食べないというのは、糧になる事を受け入れ命を差し出してくれた者に対する無礼になるのだと、この幼い鬼に教えてやらなくては。


「あんず、お前がハクトや他の兎に後ろめたさを感じるのは、間違いだぞ。そんな風に思ってたら、いつかお前は食べるもんがなくなってまうだろ?これから一生草木や果実だけで過ごすんなら、それでええかも知れん。でもお前は童子だろうが。どうしたってヒトや動物を食べていかなかんのだ。

 食べる為に奪った命は、食べる事でしか供養できん。あんずだってそんくらい分かるだろ?」


 伏せたあんずの目からは、ヨシヒロん家で見た時と同じ涙が零れていた。彼女の葛藤は手に取る様に分かる。俺の言葉に賛同できる部分があるからこそ、兎への後ろめたさに矛盾を感じてしまうのだろう。誠実な彼女にとって、グレーな回答は容易に容認できるものではないはずだ。でも、世の中には割り切れない事なんて山の様にある。そんなのをいちいち真に受けていたら、身がもたねーぞ。


「もし俺が兎だったらよぉ、あんずみたいなかわいい子に美味しく食べてまえるなら、喜んで死んだるけどなッ」


 そんな下心の混じった様な台詞を俺が吐くと、あんずはハッと顔を上げて、零れる涙はそのままに、俺に抱き着いてきた。俺の言葉が素直に嬉しかったみたいだ。そう悟らせるように、彼女は目一杯のキスを、俺にしてくれた。

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