第107話作戦会議3

 漸くご機嫌を取り戻したあんずと、疑いの晴れた俺は、小一時間ほどチルアウトを楽しんだ。このままダラダラ過ごしたい所だが、今頃ひーとんたちも神社で待機を初めているはずだ。俺たちだけがのんびりしている余裕はない。さっさと緑と合流して、彼女たちも街まで連れてこなければ。

 カナビスの酔いで、全身に心地よい痺れを感じつつ、俺とあんずは多々良場をあとにした。三度、単車にタンデムで乗り込み、緑ん家を目指してスロットルを開けた。


「方向って、こっちで合っとるよなぁーッ!?」


「はいッ、みどりさまとあの畜生の匂い、近づいてますーッ!」


 やっぱりあんずはイナリが嫌いなのか、彼の事を『畜生』と呼んでいた。それを言うなら、ハクトも畜生になってしまうのだが、きっと憎しみと罵りを込めてイナリをそう呼ぶのだろう。アヤカシは何かしらの動物が元になっていると聞いたが、じゃあ、あんずは一体何の動物から生まれたのか。童子って鬼なんだから、牛と寅の合いの子だったりすんのかな?

 そんな事を考えながら、時間にして4~50分ほど走り、緑ん家の付近まで来た。ここからはよぉく目を凝らして探さなければ、あのスーパーカモフラハウスを見つけられない。

 ギアをローに入れ、最徐行でトロトロ走りながら辺りを隈なく探したが、案の定捜索は困難を極めた。せめて何かの目印くらい付けておいて欲しいものだが、『あの村』の連中から身を隠すには、僅かな隙も見せられないのかも知れない。っていうか、いい加減諦めてミソギをやってやればいいじゃんか。

 暫く辺りをウロウロしていたが、一向に見つけられる気配すらないので、だんだんイラついてきた俺は、強硬手段に出た。


「あんず、またあのうるさいヤツやるけど、少し我慢したってな」


「へ?」


 あんずの了承も碌に得ないまま、クラッチを切ったり少し繋いだりしながら、4000~8000くらいの回転数で四パツのエンジンを轟かせた。


 ウォンウォウォウォンッウォウォウォンッッウォンウォンウォウォウォンッ


「だあああぁぁぁーーッッ!!うるせぇぇッッ!!」


 よっしゃッ!炙り出し成功ッ!

 直管の爆音コールに耐えきれず、緑が家から飛び出してきた。彼女が勢いよく開けた玄関の扉は、意外にも目と鼻の先にあった。こんなに近くにいるのに見つからないのは、凄いと称えるべきなのか、面倒くせぇと叱咤するべきなのか…。

 とにかく無事に辿り着けた事に安堵していると、緑が俺とあんずの存在に気づいた様で、先ほどの憤慨が嘘みたいに落ち着いた声で口を開いた。


「何だ、拓也とあんずちゃんじゃん。もう都から帰ってたの??…っていうか、ソレひーとんからもらった単車ッ!?」


 彼女は俺たちが跨っているZ2に興味を示していた。バイクに目を輝かせたり、刺青に憧れを抱いたり、コイツは女の子としてどうなんだろう?と、緑の乙女っ気の無さに一抹の疑問を禁じえなかったが、そんな事はどーでもいいので、今日きた理由を端的に述べた。


「よッ、緑。ちょっと話があるもんで寄ったんだけど、今だいじょうぶ??」


「かまわねぇよ。入りな」


 そう言って家の中へ手招きしてくれた彼女の目は、怪しくギラついていた。コイツ直前までシャブやってたな。緑には額に滲んだ汗と、メタン系特有の甘い様な匂いが漂っていた。本来、ポンプで静脈に直接ブチ込むなら匂いはしないはずだが、どうやら彼女はパキッた状態でシャブの練成をしていたみたいだ。本当、腐れジャンキーだなコイツ。

 部屋の中では、イナリまでもが注射器を左手にブッ刺したままフリーズしていた。シャブなら動きが止まる事はないと思うんだが、彼は一体何をキメているのだろう。


「イナリはヘロのテイストしてんだよ。あの様子だと、木星くらいまでブッ飛んでんじゃね?上々のデキだッ!」


 ピテカントロプスになりそうなイナリを後目に、緑はヘロインの出来栄えを自画自賛していた。っていうか、ケシの花なんてどっから見つけてくんだよ。この辺に生えてんのか?…、そういえばヨシヒロも『カナビスはこっちで自生してた』って言ってたし、この世界は何なんだ、ジャンキーの為にあんのか?

 などと思いながら、彼女たちを尋ねにきたワケを話した。


「都に行ったらよぉ、『スパイス』とかいう訳の分からんドラッグが蔓延しとった。俺とひーとんはソレの根絶を企んどる。そこに緑も一枚噛んで欲しいんだわ」


「スパイス?あぁ、知ってる知ってる。あのゲボみてぇなネタな。そんなに流行ってんの??」


 何と、緑はスパイスを知っていた。ひーとん程ではないが、長らくこの世界に身を置いている彼女には、独自の情報網がある様だ。しかし、その情報はスパイスの誕生までで途絶えているらしく、都におけるスパイスの現状までは把握し切れていなかった。俺は緑に、都で見てきた事、聞いた事、感じた事を出来るだけ鮮明に伝えた。その中で、スパイスを生み出した連中がコウヘイくんの命を奪ったヤツらと関わりがある事を告げると、彼女は血相を変えて怒りを露わにした。


「あ…、あのクソどもがぁ…ッ!!……、殺してやる殺してやる殺しテヤルコロシテやる殺シテヤル………ッッ!!」


 あ、ヤベェ…。変なスイッチ押しちゃった。これは教えない方が良かったか?でも、ひーとんも知ってる事実だし、遅かれ早かれ彼女の耳に届くのは時間の問題だったかも知れない。とにかく、ヤツらに対する緑の殺意はヒシヒシと伝わった。

 彼女が憤怒している理由は、コウヘイくんを死なせた事ではなく、桃子に絶望を与えた事だと言う。今でこそ明るく元気に過ごしている桃子だが、コウヘイくんを失った直後の桃子は、目も当てられない程悲しみに打ちひしがれていたそうだ。その時、親友として何の力にもなれなかったと、緑は今も悔やんでいる。その元凶がこんな所で顔を出した。緑にしてみれば、後悔と反省と自己嫌悪の精算をするのにモッテコイの機会が転がってきたのだ。コイツを拾わない手はないだろう。

 彼女の脳内は、メタンフェタミンが刺激する中枢神経から放たれるアドレナリンに支配されていた。目を血走らせ、口の両端に泡を作りながら般若の様な形相を浮かべた緑は、俺が差し出した手を引き千切る勢いで掴んだ。


「拓ヤァ……、私もそのハナシ、乗っかるワァ……ッッ!」


 ポン中怖ぇぇ……。

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