第106話作戦会議2
「イマイズミさま、もう一つウジイエさまより承り作っておいた物があります。こちらをどうぞ」
そう言って頭のおじさんは、革で出来たホルスターをくれた。ベルトに着ければ腰に装備できるし、備え付けのハーネスを取り付ければ胸に収められる代物だ。確かに、持ち歩く時にポケットに突っ込むのはどうかと思っていた所だ。変に気が利くダボハゼは、先回りして懸念を解決せしめた。本来ならありがたい事だが、アイツがやると、お節介にしか感じないんだよなぁ。まぁ、もらっとくけど。
銃の改造をするにあたって、いくら貝を払えばいいか聞いてみると、ムラゲたちは『いりません』と答えた。これ以上、俺からは貝を受け取れないらしい。そもそも貝を必要としない生活を送っているムラゲたちには、貝の存在が厄の種になってしまう恐れがあると言うのだ。分からなくもないが、俺は貝でしか対価を払えないから、こういう状況でどうしたらいいか困ってしまう。
もし、ムラゲたちに何かあった時は、俺にできる事があれば何だってしてやろう。そう心に決めながら、銃とホルスターを受け取った俺は、その足で緑の家に向かう事にした。
ムラゲの村から直接緑ん家に行ければ効率的なのだが、道が分からないので、一度多々良場に帰って荷物を置いてから行こうかな、と考えた。あんずの『話』ってのも気になるし…。
再びタンデムで単車に乗った俺たちだったが、相変わらずあんずはふて腐れたままだった。一体、何が気に入らないんだろう…。せっかくGT-Rおじさんの所からかっぱらって来たお酒も、ひーとんのトラックに入れっぱなしのままだった。アレがあれば少しは機嫌を直せたかも知れないのに。
張り詰めた空気を保ったまま、とうとう多々良場に到着してしまった。停車すると同時に無言でバイクを降りたあんずに続き、俺もスタンドを起こし下車した。三日ぶりの我が家に落ち着く余裕もなく、緊張が限界に達した俺は、耐えきれず彼女に怒りの原因を聞き出した。
「な、なぁ…、あんず…。何をそんなに怒っとるの…??」
「たくちゃん…。都で何してきたんですか?たくちゃんの身体から、すくなくとも二人のおんなの匂いがします…」
ええええッッッ!?なんつー誤解をしてんだ、この子はぁッッ!!多分、マチコと三谷の匂いなんだろうけど、俺は何も後ろめたい事はしてねーぞッ!!明らかにあんずの勘違いなんだけど、取り繕う様な言い方したら的外れな疑いをかけられそうだし…。どう弁解したもんか…。
彼女には下手な嘘は通じないと理解している俺は、ありのまま起こった事を懇切丁寧に説明した。マチコに襲われそうになった事、三谷という幼馴染に出会った事、ついでにスパイスの根絶を企んでいる事も言い聞かせた。これでもまだいらぬ容疑をかけると言うなら、俺も声を大にして反論するぞ。と、息巻く俺の心配は、杞憂なものに終わった。
「じゃあ、たくちゃんはなにもやましい事はしてないんですね??」
「あったりめーだ、たーけぇ。前にも言ったがや、『俺はあんずさえおりゃええ』って…」
その言葉をもって、俺の疑いがキレイに晴れると共に、あんずは顔を赤らめていた。確かにこの台詞は少しクサかったかも知れない。その事に今更ながら気づいてしまった俺は、彼女と同様赤面は免れなかった。やだもー、どうしよう…。クッソ恥ずかしい。
互いに真っ赤な顔を携えて、暫く続いた沈黙を破る様に、あんずは静かに口を開いた。
「で、でも…、たくちゃんが都にいってる間、アタシすっごくさみしかったんですからねッ!ハクトちゃんの事もあったし…、だからたくちゃんが帰ってきた時はうれしくてうれしくて…ッ。それなのにたくちゃんからおんなの匂いがしたから、アタシ……ッ、アタシ……ッッ」
あんずに寂しい思いをさせてしまったのは、やっぱり俺の落ち度かもなぁ。薄っすらと涙を滲ませる彼女の瞳に、後悔の念を禁じえなかった。それと同時に、彼女の中で俺という存在が大きなものである事が分かり、嬉しくもあった。
これからは、二度とあんずにそんな思いをさせまいと固く誓いながら、彼女を安心させたかった俺は、
「あんず、こっち向け…」
と言って、あんずにキスをした。彼女も俺を逃がすまいと、服をギュッと掴んで口づけを受け入れてくれた。込み上げてくる愛おしさに従い、俺は思いの丈を彼女の唇にぶつけた。
長い長いキスの後、互いの顔を見合わせた俺たちは、さらに赤面に拍車がかかった。その照れくささを隠す様に、冗談交じりの問いかけをあんずに投げかけた。
「なぁ、もし俺が別の女とこういう事したら、どーする??」
「はいッ。ぶっ殺しますッ!」
ど、どっちを…?そういえばこの所、あんずの可愛さにあてられて忘れてたけど、あんずさん童子でしたね…。寂しい思い以上にさせてはいけない事は、彼女を怒らせる事だと改めて思い知らされた。まぁ、あんずさえいればいいというのは、嘘偽りない俺の本音だし、しなくてもいい心配に気を取られる必要もないか。
漸く落着きと平常心を取り戻した俺たちは、緑の家に向かう前にカナビスをキメる事にした。考えてみれば、あんずと二人っきりでチルアウトするのは、水芭蕉のアジトに突撃する直前以来だった。あれからこっち、目まぐるしく過ぎていく日々を数日送ってきたし、これからまた忙しない出来事が起こる事が確定している。今度はいつ、この多々良場であんずと二人っきりの時間が過ごせるのだろうか。
そんな事を考えながらあんずとボングを回し合っていると、彼女も同じ様な事を考えていたみたいで、俺の肩に身体を寄せて小さく呟いた。
「アタシはまいにち、たくちゃんとこうしていたいです…」
あああああああああああああッッッッ!!もオオォォォかわいすぎるううぅぅぅッッ!!あんずの愛らしさに比べたら、マチコも三谷もハナクソ以下やぞッ!!ちょっと何とかしろよ、お前たち。
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