第105話作戦会議1

「ほんじゃー、俺らは用事済ませてから緑ん所寄ってくでよ、そっちの方は頼んだよ」


「おぅッ、ヨッシー連れて神社で待機してっから、手ぇ空いたら顔出してくれ」


 ひーとんとヨシヒロは、互いを『ひーくん』『ヨッシー』と呼び合う仲になっていた。彼らはどちらも人当りのいい性格をしているので、親睦を深めるのはあっと言う間だった。俺は、そういう振る舞いをするのが苦手なので、彼らの様なコミュニケーション能力が羨ましかったりもする。


 トラックのコンテナからZ2を降ろした俺は、あんずを傍らに呼び、今からコイツで移動する事を告げた。初めて目にする単車を見て、あんずも興味が沸いたのか、Z2に対する感想や疑問をキラキラな表情で口にしていた。そういえば、トラックや原チャリにも似た様な反応してたし、こういうのが好きなのかな。


「たくちゃんッ!コレ何ですかッ!?動くんですかッ!?なんか虫みたいでかわいーですねッ!」


 あんずにはコレが虫に見えるのか…。それに、かわいーって…。お前の方がかわいーわ、チクショー。下手したら俺より興奮している彼女のリアクションは、俺の琴線に触れるというとりも、ブン殴る様な勢いだった。

 そんな彼女に悶絶しながら、俺はエンジンをスタートさせた。キャブ車なのに、最初っから安定しているアイドリングを不思議に思いつつ、シートに跨った俺は、あんずを手招きしてケツに乗るように指示を出した。タンデムステップに足を掛け、ヒョイッと後ろに乗っかったあんずは、教えてもいないのに俺の身体を抱きかかえた。背中に密着する彼女の胸の感触に、全神経を集中させながら、俺とあんずはムラゲの村に向かって走り出したのだった。


「あんずーッ、こわくねーかぁッ!?」


「だいじょうぶですーッ!全然へーきですーッ!」


 手元のメーターには、時速100kmが表示されていたが、その三倍以上のスピードで走れるあんずにとっては、このくらいの速度では恐怖すら感じないんだろうな。それでもバイクから振り下ろされない様に、俺の背中をギュッと抱く彼女に、愛おしさのタコメーターの針はレッドゾーンを遥かに超えていた。

 カーブで車体が傾く度に、キャッキャと喜ぶあんずを見て、これからはこのZ2で何処へだって行ける事が、ドーパミンの分泌を過剰なものにしていた。ひーとんとおじさんには、改めてお礼しないとなぁ。

 興奮冷めやらない俺とあんずは、街を経由してムラゲの村まで行く事にした。街にいるヒトやミコトに、Z2を見せびらかしたかったのだ。子供っぽいかもしれないけれど、俺はまだ子供だし、別にいいっしょッ。

 街に差し掛かった俺は、ギアをセカンドに入れ、存在を誇示する様にコールを切った。


 ウォンウォウォウォンッウォウォウォンッッウォンウォンウォウォウォンッ


 はぁ~ッ。流石四パツだわ。このキレの良さよ。高回転で響くコーンッとしたエキゾースト、直管の集合が演出する爆音…。無敵の力を手に入れた様な錯覚が、俺の全身を包み込んでいく。薬物に勝るとも劣らない高揚感を、余す所なく味わっていると、ケツに乗っているあんずが不満を漏らした。


「たくちゃん…、うるさいんでソレやめてもらっていいですか?ふつーに走ってください」


「あ、はい。すんません…」


 あんずの辛辣な言葉で我に帰された俺は、街の連中の視線にも気づかされた。みんな白い目で俺を見てる。アレ…?おかしーな、もっと脚光を浴びるもんだと思ってたのに、何でそんなゴキブリを見る様な…。

 どうやら俺が切ったコールのサウンドは、誰からも賛同を得られないみたいだ。それに追い打ちをかける様に、あんずが俺に語りかけた。


「それから、あとでお話しがあります…」


「え…?言いたい事があるなら、今言ってまっても構わんけど…」


「いえ、今はいいです。どう問いつめるか考えているので…」


 どうしよう…。めっちゃ不機嫌になってる。俺何かした?さっきまであんなに上機嫌だったのに、何があった??

 全く身に覚えのない怒りをぶつけられて、俺の頭は混沌と混乱と情熱がアベコベに支配した。あんずが何に対して怒ってるかも分からないし、弁解の機会も与えてくれなさそうだし、それでもあんずは俺の背中をギュッてしてくれてるし…。っていうか、『問いつめる』って何だよッ!!拷問でもするつもりじゃないだろうなッ!!

 一体何がどうなっているのか、皆目見当も付かない俺は、ご機嫌斜めなあんずを乗せたまま、無言でムラゲの村まで単車を走らせた。


「これはこれはッ!お久しゅうございます、イマイズミさま。ウジイエさまから預かっておりましたM1911の改造は既に出来上がっております」


 村に着くと、いの一番で長のじいさんが駆けつけてくれた。都へ行く前に氏家に任せておいた銃のカスタムは、滞りなく進めてくれていた様だ。

 じいさんは俺たちを母屋に招いて、お茶をご馳走してくれるつもりだったらしいが、あんずはお茶が飲めないし、そんなに油を売ってもいられないので、丁重にお断りした。じいさんを含めムラゲの連中は、もてなしを断った事を残念がっていたが、すぐに切り替えて、預けておいた俺の愛銃を取り出してくれた。


「照準の合わせ辛さと、トリガーの引きしろがご不満だったという事で、スライドとトリガーを別の物に交換いたしました。ウジイエさまのご指示通りに改善いたしましたので、具合をお確かめください」


 じいさんに代わり頭のおじさんが、カスタムした銃について説明をしてくれた。見辛かった照準はスライドごと取り換えられていて、照星と照門にはベレッタの92A1やSIGのP226の様なサービスピストルに見られるホワイトドットがあしらわれていた。スライドの形は、アメリカの海兵隊が使用しているMEUのモデルを採用したらしい。

 トリガーも長い物に換えられていて、引きしろの短さを打ち消す物になっていた。軽く右手で握り込むと、俺の人差し指にピッタリ合うサイズだった。コイツはしっくりくる。

 試し撃ちを行うべく、おじさんから3発のカートリッジが入ったマガジンを受け取り、適当な的に照準を合わせると、アイアンサイトに刻まれたホワイトドットが三つ横一列に並んだ。コレめちゃくちゃ見やすいわ。続けてトリガーに指をかけると、丁度人差し指の第一関節に引っかかる良い塩梅だった。


 …ッバァァッンン……ッバァァッンン……ッバァァッンン…ッ!


「うん!イイ感じですッ!ありがとうございました。コレなら実践でも苦にならないと思いますッ」


 カスタムされたM1911に、俺のテンションは有頂天に達した。バイクもピストルも、非の打ち所がない俺のお気に入りとなり、ウキウキワクワクが止まらない俺は、あんずの怒りをすっかり忘れてしまっていた。

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