第102話帰りの寄り道2

「二輪なんてどんだけデカかろうが、自転車と同じだ。転がしてるうちに乗れるようになる」


 250ccくらいのバイクなら運転した事あるが、ナナハンともなると流石に腰が引ける。そんな俺に、おじさんは心強いアドバイスをしてくれた。自転車と同じってのは言いすぎだと思うが…。

 ここにある車体はどれも整備が行き届いてはいるが、実走できる状態ではないと言う。結局の所、『ひーとんのお札』を貼り付けなければエンジンは始動しない。おじさんはひーとんにお札を拵える様指示を出し、それを受けたひーとんは、小さな半紙に朱色の墨でソレっぽいお札を一枚書き上げた。


「今ちゃん、コレをどこでもいいから好きな所に貼りなッ」


 ひーとんからお札を受け取り、俺はタンクに貼り付ける事にした。未だにどういう理屈なのか全く分からないが、こんな物で実際に走れるんだからすごいよな。っていうか、ガソリンがいらないんならタンクも必要ないんじゃ…、と一瞬思ったが、タンクがなかったらビジュアル的におかしいし、まぁいいか。

 どの車体にも、それぞれキーが用意されていて、おじさんからZ2のキーを貰い、キーシリンダーに差し込んだ。ONの位置までキーを回すと、メーターやヘッドライトに明かりが灯り、バッテリーからの通電が確認できた。

 キックでスタートできればカッコイイんだけど、ケッチンが怖いので普通にセルを回した。このバイクに火を入れるのは初めてらしいが、特に何の問題もなくエンジンはスタートした。そのエキゾーストは、四発特有の『コーンッ』とした小気味良い音を、直管のマフラーが響かせていた。マジでカッケーわ。


「ちょっとその辺走ってきてもええ?」


「気ぃつけなよ。コケないようにね」


 お宝を目の前にして上機嫌な俺を、ひーとんも嬉しそうに眺めていた。都を出る時は少しナーバスになっていたので、気を遣わせてしまっていたのかも知れない。しかし、こんな名車を貰えるともなれば、誰だって浮かれてしまうだろう。

 ワクワクを抑えきれない俺は、クラッチを握りシフトペダルを踏み込んだ。慎重にクラッチを繋ぎ、車体がゆっくり動き出すと、250kgの車重を感じさせないほど安定していた。意外と大型の方が運転ラクかも。

 アクセルを回し回転数を上げ、2速3速と繋いでいくと、今まで感じた事のないトルクで加速していく。そのまま離陸してしまいそうな錯覚に陥りそうになりながらも、しっかりと地面を掴んで走っているのが、シヒシヒと伝わってくる。バイクの運転ってこんなに楽しかったんだ!

 ゆるいカーブに差し掛かり、荷重移動で車体を傾けると、ナナメになっていても感じられる安定がカーブの恐怖感を拭い去ってくれる。コレ、ヤバいな。クセになりそう。

 一頻り運転を楽しんでおじさんのガレージに戻ると、ひーとんがトラックのコンテナにスロープを掛け、バイクを積める様に準備をしてくれていた。


「おかえりー。どうだった??」


「どえらいええがね、コレッ!」


 俺がZ2の感想を述べると、おじさんは相変わらず無口だったが、表情を緩ませ少しだけ自慢げに鼻を啜っていた。俺のリアクションをお気に召してくれたみたいだ。

 一旦バイクをおじさんに預け、ひーとんと二人でコンテナに積むと、ロープ一本で器用に固定した。何でひーとんがこんなデカいトラックに乗っているか疑問に思ってたけど、こういう事を想定していたのかも知れないな。

 積み込みが完了した時点で、ここに来た目的は果たしていたのだが、『それじゃ』というワケにはいかなかった。ぶっきらぼうで愛想のないおじさんだが、毎日一人で過ごす孤独は隠しきれない様で、中々俺たちを解放してくれなかった。その内、酒盛りをしようと提案し出す次第で、ひーとんもそれに乗っかってしまった。少しくらいならいいか、と妥協してしまったのが運の尽きで、俺はおじさんの酒癖の悪さを知らなかった。

 下戸の俺を差し置いて、おじさんとひーとんはグビグビ杯を進めていく。あれよあれよと酔いが回っていく二人に心配を寄せる俺の気など知らないで、おじさんはいきなり俺に絡み始めた。


「おめー、田舎は何処だ?」


「な…、名古屋です…」


「名古屋ぁ!?だったらあそこ知ってんだろッ!ほら、あそこ!19号のよぉ、302潜るとこッ!なぁッ、知ってんだろッ!?」


「は、はぁ…」


「あそこでお前、何キロ出したと思う??なぁ、何キロ出したと思う??


 ………、ひゃくはちじゅう…!!」


 めんどくせッッ!!

 何故このおじさんが『GT-Rおじさん』と呼ばれているのか。それはGT-Rをこよなく愛しているからだ。その愛は酒を飲むと爆発するらしく、自分がいかにGT-Rで日本各地の国道をトバしてきたかを、自慢げに語って止まないのである。そして、数分間に渡る一方通行の会話の末、おじさんはたった一行でGT-Rを表現した。


「…、ポンと踏んだらドンッ!!」


 ちょっとひーとん、このオヤジなんとかしてくれよッ!と、救済を求める俺の視線の先では、ヨシヒロの家で見た不思議な踊りを披露する彼の姿があった。


「スッテンテレツケテレツケテンッ!スッテンテレツケテレツケテンッ!」


 もう、やだぁ…。何、この二人…。早くあんずに会いてぇなぁ……。と、あんずの存在を思い出した所で、俺は重大な忘れ物に気づいた。彼女に渡すお土産を買い忘れていたのだ。

 約束こそはしていなかったが、せっかく都まで行ったのに、それにあんずもお留守番をしてくれたのに、手ぶらで帰るとかありえない。しかし、今から都まで引き返すワケにもいかないし、そもそもあんずが喜びそうな品も分からない。間違いないのは『酒』なんだろうけど、街でも酒は手に入るしなぁ…。と、考えていた矢先、目の前の酔っ払いどもが飲んでいる物に意識が集中した。

 街や美奈の神社で貰う酒は、どぶろくの様な白濁の酒だったが、今ひーとんたちが飲んでいる酒は、透き通った清酒だったのだ。コレならお土産になるかも知れないッ!!


「お、おじさんッ!その酒少し分けてもらえないっスかッ!?」


「あぁッ!?さけぇ??…んなもん、ここにはねぇぞぉッ」


 と、言うおじさんの後ろには何本もの一升瓶が並んでいたので、黙って一本拝借する事にした。

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