第101話帰りの寄り道1

 俺が三谷に怒鳴り声を上げ、居たたまれない空気になってしまった所で、残りの時間は僅かとなっていた。二時間ってこんなに短かったっけ?彼女の諸事情は聞き出す事ができたが、それよりも俺は、気にかけてもらっていた事の礼を言いたかった。しかし、一度怒りを露わにしていた俺は、それを口にはできなかった。やっぱり情けねぇな、俺。

 軽く帰りの身支度を済ませた三谷は、先に部屋を出ていくと言った。どうやら客と遊女は、一緒に宿屋から出てはいけないみたいだ。彼女と別れる前に、さっきの詫びだけでもしようとすると、それを遮るように彼女の方から声をかけられた。


「…次は、いつ都にこれるの…?」


「あ…、まだ分からん。俺ん家こっから遠いもんでよぉ。けど…、絶対ぇ助けにくるで、それまで元気でおりゃあよ」


 俺が言葉を返すと、彼女は最後に笑顔を見せてくれた。その後はまた遊女に戻り、戸の前で三つ指を着き、別れの挨拶をして部屋を出ていった。結局、あの時のお礼は言えず終いで、一人部屋に残された俺は、喪失感の様なものを味わっていた。

 突如として猛烈にカナビスが吸いたくなった俺は、腐っていてもしょうがないと思い、ひーとんのトラックに戻る事にした。

 今いた宿屋をあとにし、一人で都を歩いていると、フリーの立ちんぼが客を取ろうと必死で呼び込みをしていた。その滑稽とも言える様な光景と、遊女姿の三谷が重なってしまい、これ以上都に居たくないと思った。歩くスピードを上げ、そそくさと玄関口である門の番屋を通り過ぎたが、防人は俺に見向きもしなかった。借金がなければ当然の事なんだろうけど、その無関心さが少しだけ俺を安心させた。


 トラックに戻ると、コンテナの周りに大八車の轍ができていた。家財屋さんが荷物を運んでくれたんだろう。一応確認の為、コンテナの扉を開けると、さっき購入した商品が耳を揃えて置かれていた。同い年のミコトなのに、しっかり働いてて偉いなぁ、と感心しつつトラクタに搭乗した俺は、ダッシュボードからボングとカナビスを取り出した。ボングには昨日の水が入っていたが、取り換えるのも面倒なのでそのまま使う事にした。

 暫くの間、放心状態でカナビスを嗜んでいると、門の方からツヤツヤの顔でこっちに向かってくるひーとんが目に入った。俺とは違い、しっぽり楽しんできたご様子だ。ちくしょーめ…ッ。


「今ちゃん、おまたせッ!どーだった?幼馴染とヤれた??」


「ヤるワケねーがや。何で遊郭なんかにおるのか聞きに行っただけだわ」


 俺の伏し目がちな表情や声のトーンから、ひーとんは何かを読み取った様で、どうかしたのかと問いかけてきた。面白半分ではなく、本気で心配してくれている質問に、彼の優しさが感じられた。その優しさに甘える様に、俺は三谷の身の上を話した。そこにもやはりスパイスが絡んでくる事に、ひーとんも憤りを隠せずにいた。少しの間続いた沈黙は、互いにスパイスを根絶させる決意を表明するものとなった。


「まぁ、やらなきゃなんねー事は色々あっけどさ、とりあえずは美奈ん家に布団と畳運んじゃおうぜ。その前にGT-Rおじさんの所に行かなきゃなッ」


 そう言えばそういう約束だったな。件のおじさんは、都から少し離れた場所にガレージを構えているらしく、進路を南西へ向けトラックは走り出した。

 ひーとんと合流した事で、心の平常が戻ってきた俺は、さっきまで吸っていたカナビスが一気に回ってくるのを感じた。そんな俺に追いつこうと、ひーとんもボングをボコボコ言わせていたが、紙巻ならまだしも、よく運転中にそんな器用な事できるな。

 小一時間は走っただろうか、進行方向に沿って流れる川の幅が広くなってきていた。多分、海が近いんだろうな。地形も平坦になり、ヒトの気配というか集落もちらほら見られる様になった。そこで気づいたのは、道がやけにキレイだった事だ。ゴミが落ちていないとかじゃなくて、凹凸や障害物が全くないのだ。誰かに整備されたのかな。


「この辺はもうおじさんの縄張りだかんな。自動車が走りやすい様に均されてんだよ」


 って事は、もうすぐおじさんのガレージに着くってワケか。平地から再び山間に入り少し進むと、大きな鳥居を潜る様に道が続いていた。何か既視感を感じると思ったら、ムラゲの村もこんな風になっていた事を思い出した。おそらくこれは結界だろう。ヒトが出入りできない仕組みなんだろうな、きっと。

 鳥居を抜け、もう少し進むと、針葉樹の森の中にある開けた場所に、大きな掘立小屋みたいな建物が見えた。そこには油まみれで作業をしている男性の姿があった。あの人が『GT-Rおじさん』で間違いないだろう。


「おじさーん!ひさしぶりッ!!」


「何だ、ひとしじゃねーか。何しにきやがった」


「この子、新しくできた俺の友達なんだけどさぁ、世話になったからそのお返しに一台譲ってあげようと思って」


 ひーとんはおじさんに俺を、俺におじさんを紹介してくれた。おじさんはあまり愛想が良くなかったが、昔気質な人はこんなもんだろう、と気にはしなかった。何も言わず、手の仕草だけで『こっちにこい』と、おじさんはガレージに俺を招き入れてくれた。中には何台もの車やバイクが置かれていて、その全てが丹念にメンテナンスされていた。これ全部おじさんが作ったの??ヤベーな。


「どれでも好きなの持ってけ」


「え…、いいんですか…??」


「ひとしがくれてやれってんだから、しょーがねぇじゃねぇか。いいからさっさと選べ」


 ひーとんに弱味でも握られているんだろうか。

 おじさんの言葉は荒々しかったが、怒ってるというワケじゃなく、単にぶっきらぼうなだけだと察し、嫌な気は全然しなかった。言われるままガレージの中を物色し始めた俺の目に、一台のバイクが飛び込んできた。

 空冷の並列四気筒、このフレーム、このタンクにこのテール…、カワサキ…??


「すんません、これって排気量いくつですか?」


「ナナハンだ」


 Z2じゃねーかッッ!!マジかぁッ!え?いいの?コレもらっちゃっていいの!?超カッケーんだけどッ!しかも、ショートの集合付いてる!超シブイッッ!!コレに決めたッ!!


「今ちゃん、大型乗れるの??」


 あ、俺限定解除どころか、中免すら持ってなかった。

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