第100話都でお買いもの4

「…ほんとにそんな事できるの??」


 俺の自信満々の発言を、三谷は疑った。まぁ、俺一人じゃそんな大それた事はできないが、こっちには高桑とひーとんが付いている。賭場方面は俺と高桑で攻め込むし、スパイスの供給源はひーとんが暴れてくれりゃ何とかなるだろう。ドラッグ関連となれば、緑も一枚噛ませられそうだし、治療が必要ならヨシヒロも力を貸してくれるはずだ。

 最初は、あの成瀬兄弟に引導だけ渡せればいいと思っていたが、幼馴染の三谷を救済しなければならないとなると、200%勝てる布陣を整えなければいけない。だが、それは俺にとって難しい事でもなかった。俺は人徳に、めっぽう恵まれているのだ。

 しかし、最強の布陣をより強固なものにする為には、どうしてもあんずの存在が不可欠だった。マチコからは、アヤカシを都に入れる事は不可能ではないと聞かされていたが、その方法に至ってはまだ解決策が何も浮かんでいなかった。


「でも、たくちゃんが来たのが今日でよかったよ。明日だったら私、『藪入り』で都にいなかったもん」


 『藪入り』とは、奉公に出た子供が、盆と正月に里帰りする事を言うが、三谷の様に遊郭に囲われている遊女にも、休息として都を離れるのを許される場合があるみたいだ。一体、彼女らはどこに帰ると言うのだろう。


「ん?お前は都から出られるんか?」


「うん。私は別に借金があるワケじゃないから」


 そう語る彼女の言葉に、俺は少しだけ安堵の感情が湧いた。そうか、三谷は友達のスパイスを買う為に働いているのであって、成瀬兄弟みたいな馬糞野郎に嵌められたワケじゃないのか。

 だったらその友達とやらを見限ってしまえば、こんな生活から抜け出せられるのに、そうしないのがコイツの良い所というか、悪い所というか…。自分を犠牲にする事に、一切の躊躇いもない彼女の様なお人好しが食い物にされるこの都に、俺は大きな憤りを感じてしまった。それでも健気に頑張っている三谷には、これ以上辛い思いをして欲しくはない。

 やはりここは俺が一肌脱いで都を掻き回してやるか、と心の帯をきつく締め直した時、ある事に気づいた。


「それよりお前、相変わらずちっちぇーな」


 さっきの引き回しを見た時は、他の子と大差なかったので分からなかったが、昔からコイツは背が低かった。整列の時の『前ならえ』で、腰に手を当ててる姿しか見た事なかったし。しかし、だからこそ、やなぎ家に囲われているのだと言う。

 どうも都では、背の低い女の子に一定の需要があるらしく、重宝されているのだとか。しかも、低ければ低いほど人気が上がるみたいで、一番小さい子だと、140cmあるかないかなんだとか。マジかよ…。そんなん、あんずと変わらねーじゃんか。


「あれ?ちょっと待てよ。藪入りで出たり入ったりする時って、何か手続きとかいんの??」


「出る時は特に何もないかな。借金ある子は防人に止められるけど、そうじゃなかったら自由に出られるし、入る時も迎えが一人いれば問題ないよ」


 これ使えんじゃんッ!あんずに遊女の格好させて、三谷にお迎え頼めば、あんずを都に入れられんじゃないかッ!?俺は都初めてだったから、入場の手続きを済ませたけど、ひーとんは門の番屋をスルーしてたし。貝の現ナマさえなければ、門を素通りできるかもしれない。っていうかできるだろ、コレッ!

 俺はたった今思いついた作戦を、三谷に述べ連ねた。それに差し当たり、あんずというお供が俺にいる事も説明した。しかし、彼女はアヤカシを知らなかった。おそらく、政策を受けてから、いくらも経たない内に都入りしたから、そういう存在と出会う事がなかったのだろう。

 話しの流れから、俺は昨夜マチコにした様に、長々とあんずについての自慢をしてしまった。


「ほんでよぉ、あんずがさぁ―――………。あんずが俺によぉ―――………、だったんだてぇッ!ほんで………―――」


 聞かれてもいない事をベラベラと話す俺の言葉を、三谷は影のある表情で聞いていたが、俺は全く気付いていなかった。辛酸を舐める思いで日々を送る彼女に対し、俺の自由奔放な過ごし方は酷に映ったのかも知れない。

 それだけじゃなく、何故彼女が俺の事を『たくちゃん』と呼ぶのか、何故不幸が立て続いた俺を憂いたのか、彼女の深層にある心理を、分かろうともしていなかった。だって俺は未熟な人間なんだ。仕方ないじゃないか。


「……、たくちゃん。その…、あんずって子とはどういう関係なの…?付き合ってるの…??」


「つ…、付き合うぅッ!?た、たーけぇ!そんなんじゃ…ッ、……そんなんじゃ…」


 いや、どーなんだろ?実際チューまで済ませちゃってるしなぁ…。でも、具体的な想いを伝えたわけでもないし、そもそもあんずには『恋人』っていう概念なんかねーだろうし…。別に、今の関係がずっと続くんであれば、特にこれ以上の発展を期待しているワケでもない。俺がどーしたいとか、あんずとどーなりたいとか、あんまなくて、一緒にいられればそれでいいんだよなぁ。


「でも、たくちゃんはあんずちゃんの事好きなんだよね…?だったらそんな曖昧な関係でいいの…?

 ……、そんなの男らしくないよ…」


 グサッときた。流石幼馴染だ。俺の心に突き刺さるツボをよく御存じなこって。だからと言って、俺はどうすりゃいいんだよ。あんずに『付き合ってください』とでも言うのか?そんな事伝えたって、ポカンとされるのがオチだぞ。

 大体、いくら幼馴染だっつてもそこまで世話焼かれなきゃいけねー筋合いなんかねぇぞッ!


「うるせーわッ!!黙って聞いとりゃでけぇ面で偉そうな事言いやがってッ!おめぇに俺の何が分かるんだてぇッ!!」


 出た、俺の悪い癖。都合が悪くなったら大声で捲し立てて、ガキの頃と何も変わってねーなぁ。小学生の時分から何一つも進歩していない俺を、三谷は潤んだ瞳でジッと見つめていた。その視線に全てを見透かされている様な気がして、俺は目を逸らしてしまった。

 そう、俺は『失う』のと同じくらい、『変わる』事が怖かった。変化の果てに、何かを失ってしまうのであれば、変わらない方がいい。だから、俺の記憶からかけ離れた姿や喋り方に変わり果てた三谷が、恐ろしかったのだ。だったら尚更、彼女を元ある姿に戻してやらねばならない。

 それが新しくできた、俺の『やりたい事』だ。

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