第99話都でお買いもの3

 軽く強奪の様な形で、ひーとんから無理矢理貝2000を借りた。彼の残高は、思ったより余裕があったらしく、ひーとんも女の子を買う事にしたらしい。早速、お茶屋さんの店員に貝を払い、指定された近くの宿屋まで足を運んだ。

 誓って言うが、俺は本気でチョメチョメする気はなく、あくまでも三谷と話がしたいだけだ。何で遊女なんかやっているのかと、昔言えなかったお礼をする為に彼女を買ったのだ。やましい気持ちなどこれっぱかりもない。っていうか、俺はあんず以外とそういう関係になりたくはない。かと言って、あんずとチョメチョメしたいってワケでもないけど…。


 案内された部屋は、旅館の一室の様な作りで、備え付けの風呂と六畳の寝室になっているシンプルな部屋だった。ここで暫く待つように言われたが、知り合いとはいえ、初めて女の子を買ってしまった俺は、ソワソワドキドキして居ても立ってもいられなかった。メチャクチャ緊張する…。

 そうこうしている内に、部屋の戸が叩かれる音がした。いよいよ彼女がやってきたのだ。俺が裏返り気味のか細い声で、『ど、どうぞ…』と告げると、襖の向こうにさっき見た妖艶な姿の彼女を確認した。


「お呼びいただき、光栄でありんす。どうぞ、よしなにしてくりゃれ」


 部屋に入ってきた彼女は、俺の方をチラリとも見ず、三つ指を着きながら遊女らしい挨拶をした。花魁言葉っていうの?初めて聞いたわ。

 事務的な定例文を一通り述べた彼女は、降ろしていた頭を上げたとたん、驚きの表情を浮かべた。一発で俺の事に気づいた様だ。


「よ、よう…。やっとかめだがや…」


「え?え??も、もしかしてたくちゃんッ!?えッ、何で?何で?何で??」


 本当、何年ぶりだろう。雰囲気や風体は変わろうと、三谷は三谷だった。

 俺は、彼女が手水政策を受けた事など知りもしなかったが、それはお互い様で、彼女にしてみてもこんな所で再会するなんて青天の霹靂だろう。久しぶりの対面を果たした俺たちは、それ以降言葉が続かなかった。恥ずかしいやら、懐かしいやらで、頭の中を整理するのに精一杯だった。

 その沈黙を破ったのは三谷の方で、既に落着きを取り戻している彼女は、優しく声をかけてくれた。


「まさかお客さんで、たくちゃんが来るなんて思ってもみなかったよ。……そうかぁ、たくちゃんもこっちに来てたんだね…。私、知らなかった…」


 どうでもいいけど、『たくちゃん』って呼ぶのやめてくんねーかな。お前がそう呼ぶ度に、クラスメートからからかわれたイヤな思い出があんだよ。まぁ、あんずにはそう呼ばせてるけど…。

 ここで再会したという事は、つまりお互い手水政策の被行者に選ばれてしまったという事だ。俺は別に悲観などしてもいなかったが、彼女にしてみれば、俺には現世で幸せになって欲しかったらしい。家族を全て失った俺を、可哀想に思っていたのだろう。余計なお世話だっつーの。

 しかし、彼女はここにガキの使いで来たワケではなく、遊女として『仕事』に来たのだ。それを思い出したのか、顔を赤らめながら風呂に入ると言い出した彼女を、慌てて止めた。


「ちがうちがうちがうッ!風呂なんか入らんでええてッ!お前と事に及ぶつもりなんてあれせんわッ!た、ただ俺は話がしたかっただけだでよ」


「そ、そうなの…?っていうか、たくちゃん名古屋弁丸出しだよッ。はずかしーッ」


「うるせーわッ!お前だって、昔はキッツい名古屋弁だったクセに」


 恐らく一生取れる事のない俺の訛りを、三谷は面白がった。彼女はとうに訛りを捨ててしまっている様だ。その代り、普段は遊女として花魁言葉を話すらしい。そんな風に変わってしまった彼女が、やっぱり俺は気がかりだった。

 一体、どんな理由があって、こんな暮らしをしているのか。現状に満足しているのか。もし、こんな仕事を辞めたいと思っているなら、それを救う手立てはないのか。

 矢継ぎ早に質問した俺の問いに、彼女は憂鬱そうな顔で答えるのだった。


「もち、好きでこんな事してるワケじゃないよ…。でも…、私が稼がないと、あの子たちを助けてあげられないから…ッ。だから…ッ…!」


 三谷は、目頭に涙を溜めながら言葉をつまらせた。俺だって、彼女が好き好んで身体を売る女じゃない事は良く分かっているつもりだ。だから、彼女が遊女なんかしているのは、それなりの理由があるのだと踏んでいた。それを聞き出す為に、無理矢理ひーとんから貝を借りてまでコイツを買ったのだ。

 その理由とは、案の定というべきか、またしても『スパイス』に収束していく事になる。


「ちょっと前から、ヘンなクスリが売られるようになって、それに嵌る子がすごい増えだしたの…。私も試した事はあるんだけど、体質的に合わなかったんだ。でも…、仲のよかった子が何人も中毒になっちゃって…、心配してたんだけど、特に症状が酷かった子が……、ある日いきなり死んじゃったの…ッ…!

 みんなに止めるように言ったんだけど、中毒になっちゃった子は、日に何回も吸引しないといけないらしくて…。その内、仕事にも出られなくなっちゃって…。

 それまで私も、喫茶店とか居酒屋でお手伝いしてたんだけど、それだけじゃみんなのスパイス代賄えなくて……、それで…ッッ……!」


 終いには大粒の涙をポロポロ溢しながら、彼女は事の顛末を教えてくれた。

 スパイスの毒牙に蝕まれ、自分で働けなくなった友達に代わって、日銭を稼ぐ様になった三谷は、『楽に稼げる仕事』として遊郭を紹介されたらしい。その手引きをしたのは、あの『もくもく亭』だと言う。友達の一人が死ぬ様を間近で見てしまった彼女は、これ以上犠牲者を出してはいけないという思いから、自分を売る様になったのだ。

 中毒者は、取りあえずスパイスを与えておけば死んでしまう心配はないのだが、中毒そのものから脱する事は、今のところ不可能らしい。しかし、その点については、一筋の光明が俺には見えている。高桑のカノジョ、みゆきちゃんは、カナビスを吸わせたとたん症状が和らいだ。スパイス中毒に、カナビスは有効なのだ。


「お前の友達、助けてやれるかも知れん。大きい声じゃ言えんけど、俺らはスパイスの根絶を企んどる。ついでに三谷…、お前も助けたるわ。

 遊郭なんかより、喫茶店の方がお前に似合っとるでな…」

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