第98話都でお買いもの2

「会計は俺に任しゃあ。ひーとんはトラック出してくれたで」


「え?いいのッ?今ちゃん、サンキューッ!」


 元よりそのつもりだったが、思った以上にひーとんが喜んでくれたので、ちょっとこそばゆくなってしまった。いかつい身体をしながら子供っぽさを残す彼は、なんとも可愛気がある。手水政策を受けていなかったら今頃は34歳の、言ってしまえばオジサンなはずなのに。

 店の奥で会計を済ませている間に、別の店員が店先に置いてある大八車に荷物を積み込んでいた。そのまま門の外に置いてきたトラックまで運んでくれるそうだ。しかし、トラックの存在に驚かないって事は、そういう物があっても不思議じゃないくらい当たり前な事なんだろうか。そう言えば、ひーとんが原付よりも良い『足』を俺にくれるって言ってたな。今更ながら、それが楽しみになってきた。


「今ちゃん、カナビスある??」


「昨日言ったがね。手持ちのは友達のカノジョに全部あげてまったって。トラックに戻りゃ置いてきた分があるけど、どーする?戻る??」


 俺も丁度吸いたいと思っていた所だったので、ここでトラックまで引き返して、都から脱出してもよかったのだが、せっかくの都なので、もうちょっと色々見て回る事にした。カナビスは逃げたりしないので、帰りにしこたま吸えばいい。

 家財屋を出て、メインの大通りまで歩くと、さっきまでよりも人出が増えていた。昼間は昼間でかなり賑わっているみたいだ。しかも、何軒かの居酒屋が既に営業していて、酔っ払いもちらほら見える。ひーとんも酒を飲みたがったが、全力で抑止した。酔い潰れでもされたら、トラックは誰が運転するんだ。俺はもう御免だぞ。

 少しふて腐れ気味のひーとんを連れて、お茶を出してくれる店に入った。今はこれで我慢してくれ。ヨシヒロん家まで戻ったら好きなだけ飲んでいいから。

 その店はオープンテラスの様な作りになっていて、通りに面した席でお茶が楽しめる嗜好になっていた。俺たちは、抹茶と茶菓子のセットを頼み、表の席を陣取った。暫くすると、注文の品を抱えた店員が、ニヤニヤした面を引っ提げて近づいてきた。何だコイツ、気持ち悪ぃな。


「お客さ~ん。いい時間に来ましたねぇ。それとも狙って来たのかな?もうすぐ『引き回し』が始まりますよ。気になる娘がいたらお声掛けください。ウチからなら優先して案内できますので」


 は?何言ってんだ、コイツ。

 彼の言っている事がまるで分っていない童貞ちんぽこ丸出しの俺に、ひーとんがすかさず解説を入れてくれた。

 『引き回し』というのは、花魁道中の様なもので、女の子を何人も囲っている遊郭がその女の子たちをお披露目する為に、都を練り歩くのだそうだ。この店は、テラス席から女の子を見定めて、気に入った娘を仲介してくれる窓口になっていると言う。『お茶屋さん』ってそういう……。慰み者にされる上に、晒し者にまでさせられる女の子はどういう心境なんだろう。

 これから引き回しをするのは、『やなぎ家』という都でも屈指の遊郭で、遊女の数もお抱えの顧客もダンチなんだとか。女の子買わなくても、一見の価値はあると言うので、あまり興味はないがそれとなく表に注意しながらお茶を啜っていると、いよいよその引き回しとやらが始まった。

 それは、『遊女』というイメージを余す所なく再現した女の子が、長い列を成して大通りを闊歩する奇妙な光景だった。どの女の子も、胸が見えてしまいそうなほど、襟をはだけさせた煌びやかな着物に身を包み、白粉や紅で華やかに化粧をしていた。しかも、みんなめっちゃかわいいやんけッ!払うもん払えばこの子たちとくんずほぐれつできるのッ!?いかん、コレ下半身に良くない。エロすぎてゲボ出そう。

 あまりの衝撃に、俺の思考は完全に停止した。鼻血をブッパする様な失態だけは免れつつも、次々と目の前を通り過ぎる女の子たちから目が離せないでいた。呆然とただ眺める事しかできなかった俺だが、ある一人の女の子が目に入ったとたん、急激な速度で脳が回転を始めた。この都では、いや…、手水政策の被行者同士では、こういう事が起こり得るのか、昨日会った高桑に続きまたしても現世での知り合いがそこにいた。


「ちょ、ちょっと!店員さんッ!あ、あ、あの真っ赤な着物に紫の帯巻いてる子って…、あの…、その…ッ」


「ああ、『しおりちゃん』ですか。お目が高いですね。『やなぎ家』の中でも五本の指に入る売れっ子ですよ。彼女とお遊びになりますか?」


 やっぱり間違いない。あの子は『三谷紫織』、俺の小学校時代の幼馴染だ。中学へは上がらず職校に入った俺は、小学校卒業を機に彼女と疎遠になっていた。しかし彼女は、兄貴の葬式にも、お袋の葬式にも顔を出してくれて、俺以上に涙を流してくれた、少し特別な存在だった。別段仲が良かったというワケではなく、近所同士程度の付き合いしかなかったが、風の噂で天涯孤独になった俺を気にかけているという話を耳にしていた。

 卒業と同時に住んでいた家を引き払い、職校の寮に移った俺は、彼女に碌な挨拶もせずにそれっきりだったが、まさかこんな所にいるなんて思いもしなかった。っていうか、何で遊郭なんかに身を落としてんだよッ!やん事ない事情でもあんのか?借金か?いや、それよりも何よりも、すげえ良い女に育ってるッ!!


「お客さん、ご新規様ですよね?初めてご遊戯される方には、『お試し』という事で部屋付き二時間10000ポッキリでご案内できますよ」


 まだ遊ぶとは言っていなかったが、どうしても彼女の事が気になってしまい、九割方ご厄介になるつもりでいた。しかし、さっき家財屋で貝5000を支払っていた俺のチップには、8000ほどしか残っていなかった。


「ひーとんッ!すまんッ!2000だけ貸してくれんッ!?」


「えー、今ちゃん女買うの?じゃあ俺も買おっかなぁ。昨日マチコん所でボトル入れたから、俺の残高は……」


「いいから早よ貸せやああぁぁぁぁッッッ!!!!」

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