第76話都へ4

 あんずが軍配を俺に上げたのは何も贔屓目からくるものではなく、単にあのカチコミを『水芭蕉vs俺とあんず』と考えていたからで、あの場で最後に立っていた彼女を率いていた『俺側』の勝利という理屈らしい。まぁ何にせよ、俺の勝ちで終われてよかった。

 無事、水芭蕉を壊滅できた事が明るみになってくると、もう一つ進まなきゃならない話がある。緑に刺青を彫ってもらう約束だ。ジャンキーは忘れっぽいというどうしようもない性質を持っているので、約束を反故にされる前に念を押しておかなければ。


「緑、ひーとんの族潰せたんだで刺青の事頼むぞ」


「わぁってるよッ!ヒマな時にでも私ん所きな。あと、ひーとんも。まだ終わってねーんだから」


 タイマンの時は分からなかった、っていうかあんまり見えていなかったが、ひーとんの背中の阿修羅はまだ完成していなかった。トラックであっち行ったりこっち来たり、ゲトー共の世話したりと、彼は中々忙しい身だったそうだ。水芭蕉の一件が落着した事で、少しは肩の荷が楽になったひーとんも、背中の彫り物を完成させるべく緑の家を訪ねる約束を交わした。


 話しが一段落した所で、俺とひーとんがこの店までやってきた本来の目的を、店主の桃子に説明した。俺がワヤにしてしまったツナギは、俺に文句を言う為か何も手を付けられていなかったが、その前に注文していた俺の一張羅の複製は既に出来上がっていた。

 何処から手に入れてくるのか分からないが、ボーダーのシャツは全く同じ様な生地と柄になっていて、ベルボトムのジーンズも細部に至るまで完璧に再現されていた。明らかに違う所と言えば、まだ誰も袖を通していないサラピンだって事くらいだ。あんずのワンピースや美奈の巫女装束同様、『メイドby桃子』となれば丈夫さも折り紙付である。結構な額の買い物になりそうだな。


「ほんで、桃子。これいくら??」


「貝10000…、って言いたところだけど、ちゃんとまさきくん助けに行ってくれたから貝8000でいいよっ」


 別に氏家助けに行ったつもりはないんだけどなぁ。まぁ、それでマケてくれるって言うならそういう事にしといてくれればいいや。どの道、今は貝の持ち合わせがないから多々良場まで取りに行かなきゃならん。丁度原チャリもあるし、一旦あんず連れて我が家に戻るか。そんな事を考えていると、ひーとんが何やら桃子に話かけていた。


「ももたん、氏家から俺のトップク預かってねぇ??」


「あ、それなら…」


 タイマンの開始直後に脱ぎ捨てていたひーとんの特攻服の上着は、俺のツナギや彼のズボンに比べればほぼ無傷の状態だった。桃子からソレを受け取った彼は、白地に紫の糸で大きく刺繍された『水芭蕉』の文字をジッと眺めていた。自らも壊滅を望んでいたとは言え、いざ無くなってしまうと感慨深いものがあるのかも知れない。それほど、彼にとっては大事な居場所だったんだろう。

 もう必要なくなってしまった特攻服を抱え、ひーとんは『ちょっと出てくる』と俺たちに告げた。死んでしまったゲトーの子らを弔いに行くのだそうだ。俺にとっては敵でしかなかったゲトーも、彼にとっては大切な仲間だったのだ。この結末は果たして正しかったのか、俺にもひーとんにも分からない。ただ、俺たちはこの世界で『ミコト』であり続けなければならない。その為に奪ってしまった命の重さに、今更気づかされていた。


「ひとしくん、その服なくなっちゃうと着るものないよね?ひとしくんの分も服作ってあるから、また後で取りにきてくれる??」


 意外と勘のいい桃子は、ひーとんのタンス事情を良く把握していた。多少は緑の入れ知恵もあったんだろうけど、着る物がないというのは彼女にとってこれ以上ない絶望で、友達をそんな目に合わせられないという優しさから来た行動だった。桃子は自分で言うほど馬鹿ではないのだ。

 すぐ戻ると言い残したひーとんと、またここで行流する約束をした俺も、あんずを連れて多々良場に帰った。


 ――――――――――………


「何でテメーがここにおるんだ…」


「やッ、今泉くん。今朝がたぶり」


 俺とあんずの愛の巣に着くと、ダボハゼが俺たちを待ち受けていた。どうやら貝を運んでくれていた様だ。だからと言ってコイツに好き勝手に出入りされるのは、何だかイヤだなぁ。今度から鍵かけとくか。

 どうやって運んでくるのか見当も付かないが、俺の力では動かす事もできなかった貝の袋が多々良場の中で山積みになっていた。今あるだけで貝30万らしい。一つ2万入りの貝の袋で15袋…。それでも氏家に負わせた負債の1/8程度だ。全額はこの建物の中には絶対入りきらねーぞ。銀行とかないのかな?

 氏家は、貝だけでなく俺の愛銃もここへ運んでくれていた。朝から見当たらないとは思っていたが、ちゃんと管理していてくれて助かった。俺が倒れてる間に盗まれでもしたらエライ事だからな。しかも、水芭蕉のアジトで放かりっぱなしにしていたマガジンと薬莢も集めてくれていた。そいえば『なるべく捨てないように』って言われてたんだった。そこまでケアしてくれるとは…。よくよく考えると俺って氏家に頭上がらないんじゃないか。と、多少は思ったが、相手がダボハゼだから別にいいか。


「実際どうだった?銃持って喧嘩した感想は」


「うーん…。改善の余地ありって感じかなぁ…」


 射撃に関してはズブの素人だからってものあるだろうし、あの時は興奮していたから照準を合わせるのに苦労していた。元々M1911はアイアンサイトが見辛い銃だとは知っていたが、まさかあれほど見えないものとは思わなかった。俺にセンスがないだけかも知れないけど。それにトリガーの引きしろが短すぎて発砲のタイミングが自分の感覚とズレていた事も気になった。

 サイトとトリガー、この二つが俺の感じた改善したい点だった事を伝えると、氏家はムラゲに手を加えさせようと提案した。


「そうしてーけど、俺これから都に行かなかんし…」


「だからその間に俺の方からムラゲに頼んでおくよ」


 そこまで世話されると逆に申し訳ない気がするからやめて欲しいんだけど、どうせ都には銃なんか持っていかない方がいいと言うので、渋々氏家に預ける事にした。美奈から義務付けられた買い物にどれだけの時間がかかるか知りもしないが、誰の目も届かない所にあるよりかはマシに思えたからだ。

 俺が伝えた改善点をどう解消するかは、既に氏家の頭の中にあるらしく、数日あれば完璧なカスタムを実現できると豪語したダボハゼは、これから初めて都へ向かう俺に衝撃の事実を突き付けるのだった。


「あ、今泉くん。都に行ってる間あんずちゃんどうするの??都には連れていけないよ?」

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