第75話都へ3

 原チャリが上手く扱えなかったあんずの機嫌は、ラージヒルのジャンプ台よろしく凄い角度で斜めになってしまった。K点を超えてしまう前にどーにかしないと…、と考えていたが、何もいい案が浮かばず焦っていると、気を利かしてくれた美奈が酒を持ってきてくれた。良い仕事するじゃねーか。美奈から貰った酒をグビグビっとかっ食らったあんずは、平常心を少し取り戻した様子だった。

 俺は傾いてしまった彼女の機嫌を細心の注意で窺いながら、落としきれていない汚れを叩いてやった。酒のお陰で思ってたよりも落ち着いているあんずに安堵していると、その光景を見ていた電子レンジがおもむろに声をかけてきた。


「今泉くん、分かった?これが山野くんが奉納したものよ」


 美奈が言っているのは原チャリそのものではなく、『御札で原チャリが動いてしまう』という事だ。

 命に関わる程の怪我を負っても、寝ているだけで治ってしまうトンデモなこの世界は、物理法則だとか常識なんてものは無いに等しく、自分の都合のいい様に捻じ曲げてしまって構わないらしい。というか、それが可能だからこその『ミコト』なのだとか。つまり俺たち被行者は、この世界のルールを作る事を許された存在なのだ。それは正しく『神』と同等の意味を持つ。ひーとんはその事に気づき、実現せしめた。緑が言ってた『ひーとんは被行者の中で一番ミコトらしい』とはこの事だったのか。

 同じ被行者として、同じミコトとして、スケールの違いに尊敬と畏怖の念を感じてしまっていると、そんな俺を称える様な台詞を、氏家が口にし出した。


「実は今泉くんも既に似たような事やっているんだよね。ほら、俺と鬼大富豪やった時の最後のゲーム…」


 ダボハゼが自信満々で意気揚々と吹っかけてきたあのギャンブルは、やる前から確実に勝てると思っていた。何か企んでいようが、どう嵌められようが、どんな状況にも対応できるほどゲームの熟練度の違いがあると自負していたからだ。そう、あの卓上で俺は絶対的な神となっていた。だからこそ、レートを80000倍なんていうあり得ない数字まで引き上げる事ができたのだ。傍から見ている者にとってそれは、神の所業以外の何ものでもないのだろう。

 だからと言って、俺は逆立ちしても御札で原チャリを動かすなんてできないと思うんだけど…。まぁ、人には向き不向きがあるからなぁ。それに俺は『神さま』になりたいだとか別に望んでもないし、面白おかしく過ごせればそれでいいのだ。


「あ、そうそう。二人の服は河合さんに預けてあるからブティックに顔出してきたら??」


 思い出したかの様に氏家はそう続けた。俺のツナギもひーとんの特攻服も、相当汚れていたのでクリーニング代ふんだくられそうだなぁ。でもこの寝間着姿のままいるわけにもいかねーし、桃子には一張羅の注文したっきりだから、ダボの言葉に従いブティックへ行く事にした。

 幸いあんずがぶつけた原チャリも、ダメージは殆どなく普通に動いた。俺はあんずをケツに乗せ、もう一台はひーとんが操り、俺たちは桃子の店へと繰り出した。


 ――――――――――………


「おっすー、桃子。やっとるかー??」


「ももたん、ジャマするよー」


 店の扉を開けると、数日前と同じ様に緑とイナリの姿もあった。コイツら帰らないのかな、と思ったが、普段はひーとんのトラックで行き来してるとか言ってたな。自分の足で歩くつもりはサラサラないってワケか。

 事前に氏家が訪ねていたせいもあって、彼の安否が確認できている桃子は、俺とひーとんがつるんでやって来た事に歓喜していた。…のも束の間、俺と目が合うと、とたんに声色を変え怒号を浴びせてきた。


「たくやくんッッッ!!このツナギ、どーしてこんなボロボロなのッ!?!?大事に着てって言ったじゃんッッ!!」


 女のヒステリーは今日だけで二回目だ。呪われてんのか、俺は。しかし、その間に俺はひーとんの処世術を会得していたのだ。ヒスった女の扱いなんかお茶の子さいさいだぜ。まるで自分がプレーボーイにでもなったかの様な錯覚に陥っていた俺は、それが本当に錯覚だったを思い知らされるだけだった。


「いやぁ、すまんすまん。リペアに貝がかかんならちゃんと払うで、勘弁したってよー」


「はぁっ!?何その態度ッ!バカにしてんの!?大体たくやくんはくぁwせdrftgyふじこ―――」


 あ、あれ??俺何かやっちゃいました…?つーか山野くんッ、これ全然効かねーんだけどッ!?どーなってんだよッ!え…?俺が悪いのッ!?そもそもあのツナギは俺が貝出して買ったんだから、どーしようが俺の勝手じゃんッ!何でそこまで言われなきゃなんねーんだよ。ブチ抜くぞ、このあまァ…。

 憤慨している桃子を見ていたら、段々こっちが腹立ってきた。ワナワナと湧き上がってくる怒りの感情が、タコ糸よりも細い俺の堪忍袋の緒をチョッキンしそうになった時、双方を救うべく立ち上がったのは、何とあの腐れジャンキー緑であった。


「おい、桃子。拓也だってわざとやったワケじゃねーのは分かんだろ?私からも『ひーとんとの喧嘩』になるって説明したじゃん。これくらいで済んだのはむしろ御の字じゃねーか。

 拓也も、謝るならちゃんと誠意くらい見せろ。お前の物っつっても、元は桃子の大事なもんなんだからよ」


 ぐうの音も出ないほどの正論に、俺と桃子は我に返された。確かに俺の言葉は、その場を取り繕おうとするだけの建前にしか過ぎず、謝罪の気持ちなんかこれっぽっちも入っていなかった。桃子の方も、自分では断ち切れなかった思い出や縁から解脱させるために、俺がツナギを欲した事を思い出した様で、俺たちは互いの不届きを謝罪し合った。

 つーか、緑すげぇな。コイツ仲裁の達人じゃねーか。怒りっていうのは、我を忘れるくらいになると薬物で飛んじゃってる状態と大差ない。ヤク練れるくらいの緑は、トリップシッター(シラフの付添人、バッドトリップやパニックを抑えてくれる存在)としてのスキルまで持ち合わせているのだろう。シラフではないと思うけど。

 その優秀なジャンキーは、俺とひーとんが一緒にいる事に色々察したのか、俺たちに向かってこんな事を聞いてきた。


「お前らのその感じ、蟠りなく事は済んだってワケか…。結局どっちが勝ったの??」


 緑の言葉にハッとした俺たちは、互いの顔を見合わせた。もちろん俺は負けたつもりはないし、留めの一発はしっかりブチ込んだはずだ。だけどひーとんの最後っ屁を食らったのも紛れもない事実で、最終的にリングに立っていたのはどちらかという話になると、俺もひーとんも引き下がれない。っていうか、俺の勝ちでいいじゃんッ!ひーとん、アンタ負けたかったんでしょ!?何でこの期に及んで意地張ってんだよッ!

 一歩も譲れないバカとトチキチは、その一部始終をみていたあんずに軍配を預けた。判定を委ねられた彼女は空気を読んだのか、1000万円を賭けたクイズの正解を発表するかの如く溜めに溜め、勝者の名を告げた。


「勝ったのは………――――――――――


 ――――――――――………。たくちゃんですッッ!!」


 よっしゃあああああぁぁぁぁ!!!愛してるぜ、あんずうううううぅぅぅぅぅッッ!!!

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