第74話都へ2

「おはよう、美奈。二人の様子はどうかな?」


 俺とひーとんが都行きを決定したその頃、美奈の神社にもう一人訪問者がやってきた。憎きダボハゼである。このクソガキゃ、何の説明もなしに水芭蕉を壊滅させるべく俺を出汁に使いやがって。ひーとんは自分の信念を貫いただけなので百歩譲って良いとして、黒幕みたいに裏でコソコソ糸引いてたコイツだけはただでは済ませられない。俺は愛銃がないか辺りを見回したが、近くにはない様だった。それでも腹の虫が治まらない俺は、氏家の面が目に入ったとたん、ヤツの胸ぐらを掴みそのまま組み伏せて何発か拳を浴びせてやった。

 おそらくヤツの方もそうなる事は覚悟していたみたいで、殴られている間特に抵抗する素振りを見せなかった。


「もうそんくらいにしといてやれよ、今ちゃん」


「チッ…。ひーとんに免じてこれで許したるけどよぉ…、また何か差金しようもんなら次は歯ぁ全部砕いたるでなぁ…」


 ひーとんに諭されて手を止めた俺の拘束から解放された氏家は、顔に手を当てながらヘラヘラ笑っていた。コイツのこういう態度が一番気に食わない。二一組ってのはこんなヤツばっかなんだろうか。

 俺のヘイトを一身に集めて止まないダボハゼは、壮絶なタイマンの果てに力尽きた俺たちをここへ運んだ張本人だったらしく、その俺たちが目覚めるまで色々と動いてくれていた様だ。俺たちの為に。


「キミたち都へ行くんだろ?その前に準備しなきゃならない事もあるだろうと思って、山野くんの所から足持ってきたよ」


 氏家が指差す先には、原チャリが二台並んでいた。ゲトー共が乗り回していた物だ。この原始的な世界には不釣り合いな代物は、一体誰によって作られた物なのか。その辺りの事を、元々の所有者であるひーとんに尋ねてみた。

 彼曰く、バイクを始めとするエンジン付きの乗り物を作ったのはひーとんではなく別の被行者らしい。その人こそ、俺が桃子の店で買ったツナギの持ち主、『コウヘイ』くんだと言う。コウヘイくんは、自動車の整備を生業にしている家に生まれ、自身も整備士として働いていた経歴っを持っていた。手水政策を受け、この世界に来てからも、『自分にはこれしかない』と言いながら車やバイクを作る事に熱心になっていたそうだ。

 しかし、いくら整備のプロでもゼロから自動車を作るのは不可能に近い所業だったらしく、それを実現できたのは、ミコトでもアヤカシでもこの世界に住むヒトでもない、もう一つの存在があったお陰だと言う。


「『GT-Rおじさん』っていうおっさんの所で朝から晩まで機械いじくってたなぁ、アイツ」


 V6ツインターボみたいなそのおじさんは、被行者と同じく俺たちが元いた世界から連れてこられた『開拓者』という存在らしい。その道のエキスパートたちが集められ、手水政策が本格始動する前から始動後約10年間にかけて送り込まれたのだとか。

 ミコトである俺たちがある程度好き勝手できるのは、開拓者が地盤を固めていてくれたからだ。確かに16歳の子供が活動するにはこの世界は何もなさすぎる。だけど意外と何でもあるこの世界に不自由を感じた事は少ない。もし開拓者がいなければ、縄文時代のまま何もできず闇雲に過ぎていく時間をただ眺めていただけかも知れない。そうならない様にちゃんと手は打ってあったという事か。抜け目ねぇな、日本って国は。


「たくちゃんッ!コレ、ゲトーたちが乗ってたヤツですよねッ!?どーやって動かすんですかッ??」


 氏家が持ってきた原チャリに興味を抱かせたあんずの問いに答えようとした時、強烈な戦慄が俺を襲った。そうだよ、これ燃料どーしてんの??いくら設計通りにエンジン組んだって、ガソリンがなきゃ動かないじゃん。え?もしかして俺が知らないだけで普通にガソリンとかあるのかな?この世界には。それか、ガソリンに代わる何かで代用してるとか??

 俺はあんずの質問をオウム返しする様に、ひーとんに問いかけた。


「ひーとん…、コレどーやって動いとるの??」


「ん??シート開けてみ??」


 そう言われ、キーをopenの位置まで回して押し込んだ俺に、さらなる驚愕が襲いかかってきた。シートを開けると、そこには一枚の御札の様な物が置かれているだけだったのだ。これが原動力だとでも言いたいのだろうか。ふざけんじゃねーぞ、なめんな。

 その御札を拾い上げマジマジと眺めた俺だったが、特に何の変哲もないただの紙切れでしかないソレを抱えたまま、質問を重ねる事しか俺にはできなかった。


「コレが…、何…??」


「だからコレで動いてんだよ。電子レンジが御守りで動くなら、御札でエンジンが動いてもおかしくないっしょ!」


 おい、それって美奈の冗談だろ…?まさかこの子、アレを真に受けちゃってんじゃねーだろうな。しかし、実際にこの原チャリが動いている所を目の当たりにしている事実が、彼の言葉が眉唾ではない事を裏付けてしまっている。もう色々とツッコミたいのは山々だが頭が爆発しそうなので、『そぉなんだ…』とだけ言って、全てを受け入れる事にした。随分慣れたつもりでいたが、この世界には俺の理解が追いつかない事なんて山ほどあるだろうし、考えたって意味のない事も山ほどあるのだろう。

 俺はシートの中に御札を仕舞い込み、遅ればせながらあんずの質問に答えるのだった。


「あんず、こっちこやぁー。ほんでそこ座って」


 彼女は俺の指示に従い、シートの上にちょこんと座った。小さい身体のあんずには少し大きい原チャリは、ギリギリ地面に着いている彼女の足に支えられいた。俺はほんのちょっと車体を傾けスタンドを起こしてやると、次の指示を彼女に出した。


「ブレーキレバー握ったまま右手ん所にある黄ぃないボタン押してみやぁー」


「え?え?…こうですか??」


 原チャリどころか自転車にも乗った試しのないであろうあんずは、俺の言葉を四苦八苦しながら聞いていた。言われた通りに彼女がセルボタンを押すと、御札というワケの分からない物を動力とするエンジンが点火された。そのエキゾーストはまさに4ストロークエンジンその物だったが、何故か排気ガスの臭いまで再現されていた。余計ワケ分からんわッ!!シリンダーの中で一体何が燃えてんだよッ!!

 新たに生まれたツッコミ所を頭の中で掻き消しつつ、三度の指示をあんずに出した。


「ほしたら右手のハンドルを手前に捻ってみ?走り出すで…」


 俺の伝え方に不備があった事は認めざるを得ないが、何の迷いもなくアクセルを限界まで開けたあんずは、フルスロットルを維持したまま原チャリの上で自由を奪われてしまっていた。暴走列車の如く一直線に神社の鳥居に向かって行った彼女は、『ガシャッ』と『ドンッ』が一緒になった音を響かせて、鳥居に突き刺さった。

 俺たちミコト勢はあんずの安否を案じ、一丸となって彼女の元へ駆け寄った。


「たッ、たーけぇッッ!!止まる時はブレーキかけないかんがやぁッッ!!」(そんな説明はしてない)


 横倒れになった原チャリから少し離れた所まで投げ出されていた彼女は、ポンポンッと服に付いた砂や汚れを叩き落としながら、メチャクチャ不機嫌そうな雰囲気を全身から漂わせ、こう叫んだ。


「全っっっ然おもしろくないッッ!!アタシが走った方が速いしッッ!!」


 それを言っちゃぁ……。

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