都編
第73話都へ1
美奈の神社で目を覚ました俺とひーとんは、互いの闘志を称え合いながら生まれたばかりの友情を育んでいた。室内に入り込む陽の光は低い位置から来ている。まだ午前中の浅い時間なのだろう。いつもだったらまだ夢の中かも知れない。
いつのまに、そして誰によって着替えさせられたのか、俺たちは白い浴衣の様な寝間着に身を包んでいた。そのせいで常に携帯しているカナビスが見当たらなかった。これじゃあ日課である朝一の一服ができないじゃないか。近くに置いてないかキョロキョロしていると、男二人の声を聞きつけたのか、あんずが勢いよく襖を開けた。
「たくちゃーんッ!起きましたかーッ!?」
目覚ましには丁度いい大きな声を引っ提げて、彼女は俺の胸元へダイブした。あんずの反応からするに、俺たちが起きるまで相当な暇を与えてしまっていた様だ。ひーとんとのタイマンを、言い付けの通りに見守ってくれた彼女にお礼と詫びをしなくてはならない。
「あんずー、ちゃんと手ぇ出さずに俺の喧嘩見とってくれてありがとなー。あと、待たせてまってすまん」
俺の言葉を黙って聞いていたあんずは何も言わなかったが、満面の笑みを溢しながら俺の胸にしがみついている。その光景を物珍しそうに眺めているひーとんの視線に気づき、俺はふと思い出した。そういえば、まだ彼にあんずの事を紹介していなかった。
とは言っても、俺なんかより遥かに長い時間をこの世界で過ごしている彼は、ある程度察しているだろう。俺は、あんずが童子である事、俺のお供である事を軽く説明し、あんずに挨拶させた。
「童子のあんずです。たくちゃん共々、よろしくお願いします」
「あんずちゃんねー、俺は山野仁志だよ。よろしくー」
まさか俺をコケにした暴走族の頭とこんなやり取りをする仲になるとは。手水政策も中々悪くないじゃないか。そう思ったのは、あんずに出会って以来だった。
あんずの存在を露呈した所で気づいたのは、ひーとんがアヤカシを連れていないという事だ。緑の話だと、アヤカシ連れは十中八九『こっち側』らしいのだが、全員が全員アヤカシ連れというワケではないのか。
そんな事を考えていると、さっきのあんずよりも数倍勢いよく襖が開かれた。震源地はこの神社の主である美奈だった。
「やっと起きたわねッ!この馬鹿どもォォ!!」
朝っぱらから大声出しやがって、一体何だと言うのだ。あんずの幼気な可愛い声とは違い、ヒステリー拗らせた女の声は聞くに堪えない。っていうか、前から思ってたけどコイツ口悪ぃな。今度、桃子のミシン借りて縫ってやろう。チェーンステッチで。
何の前触れもなく怒りを露わにする電子レンジに、俺とひーとんは小首を傾げながらも説明をを頼んだ。一応は軒を借りている身なので、出来るだけ物腰柔らかに。
美奈は一つ溜息を吐いてから、鋭い眼光で俺たちを睨み付け、説明を始めた。
「あんたたち、丸一日もぶっ倒れてたのよ。何したか知らないけど、ボロッボロの状態で…。その間、血反吐吐くわ糞尿垂れ流すわ…ッ!ねぇ、本当はここ畳が敷いてあったの。でも何で今は板の間になってるか分かる??あんたたちが駄目にしたのよッッ!!どーしてくれんの、これェッッ!!」
ひーとんとのタイマンに決着が着いた時には、身体がリセットされる『日の境』を既に超えてしまっていた様で、その次のタイミングを迎えるまで、つまりはさっきまで美奈の世話になっていたらしい。この寝間着はそういう事か…。それにしても、糞尿垂れ流しって…。しかも二人分となると量も相当…。美奈がブチ切れしてるのも無理ないか。
どう取り繕えばいいのか分からずにいた俺を他所に、ひーとんは彼女の怒りを物ともせず軽い感じで受け流していた。
「いやぁ、悪い悪い。畳は俺たちで弁償すっから、勘弁してくれよー。あと、下の世話さんきゅーな」
彼の言葉にプイッと顔を背けた美奈だったが、それ以上雷が落ちなかった所を見ると、ひーとんの謝罪を受け入れた様子だった。なるほど、こういう風に答えればいいのか。俺はいちいち考え過ぎなのかもな。ヤンキーの処世術は参考になる。
俺が脳内メモに今のやり取りを新規入力していると、背けた顔をもう一度こちらに向けた美奈が思い出した様に口を開いた。
「弁償するって言っても、この街には畳なんか売ってないわよ。それに駄目にされたのは布団もなのッ!」
あ、また怒りゲージが溜まり始めた。女のヒステリー怖いわぁ。
しかし、街に売っていないなら何処で買えるのか皆目見当も付かない俺は、きっとひーとんが結論を出してくれるだろうと他力本願モードに移行した。下手に口出して話が抉れてもアレだし。自分自身を手持無沙汰の状態にした俺に気づいたのか、あんずが何処からともなくカナビスを持ってきてくれた。最高に気の利いた彼女の好意を、頭ナデナデで褒め称えた俺は、何やら考え込んでいるひーとんに一本分けてやった。
軽く拝み手をしてカナビスを受け取ったひーとんは、モクモクと煙を吹かしながらポンッと一つ膝を叩き、一連の問題を解決する結論を口にし始めた。
「しゃーねぇ、ちょっと遠いけど『都』まで出るか。ここんとこ顔出してなかったし、丁度いいや。今ちゃんも付き合ってくれんだろ?」
「ん??俺はええけど、『都』って…??」
俺たちが普段生活している街は、他の集落よりはかなり大規模な物らしい。確かに、ムラゲや緑ん家の近所の村に比べれば、大分賑やかだとは思う。しかし、それはあくまでもこの世界に住むヒトとの共有スペースにしか過ぎず、その殆どがヒトの為に存在している。ところが俺がまだ知り得ないこの世界には、ミコトのミコトによるミコトの為の空間があるという。それが『都』なのだそうだ。
薄々おかしいとは思ってたんだよ。この前見せてもらった名簿に記されてるミコトの数と、街のヒトとの人口比率がどうやったって合わない。ミコトだけが集まる場所があるとするなら、その矛盾は解消する。ひょっとしたら、この世界って俺が思ってる以上に広大なのかも知れないな。
畳と布団を弁償すべく、俺とひーとんは都に向かう事と相成った。
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