第77話都へ5

 都という場所は、ミコトの為だけに存在している空間で、ヒトやアヤカシは立ち入れないらしい。特にヒトの出入りは禁止されているというよりも、物理的に不可能で、彼らにはそこに『都がある』事すら感知できないと言う。それに近いのは『ムラゲの村』だ。

 以前、氏家とムラゲの村に行った際に見た村の出入り口にあった鳥居は、普通のヒトには見る事も触る事もできないらしく、その鳥居を潜れるのは限られた者だけだ。おそらく結界の様なものが張られているのだろう。その上位互換的な結界が都全体を囲っていて、招かれざる者の侵入を拒んでいるのだ。

 あんずと離ればなれになるのは気が引けるのだが、こればかりはどうしようもないみたいだ。ひーとんは『ちょっと遠い』と言っていたが、それがどれほどのものなのか氏家に尋ねた。


「ちょっと待って。多分ひーとんのトラックで都まで行くと思うんだけど、どんくらい遠いの??」


「片道一日ってところかな」


 つまり往復するだけでも二日はかかるのか…。都で買い物する事を考えると、最低でも三日と見積もっておくのが妥当だろう。三日もあんずと会えないのは、俺の精神衛生上どうなんだろ?この世界に送られてきた直後にあんずと出会っている俺は、そんな長い時間彼女と離れた試しはない。もしかしたら寂しくて死んじゃうんじゃないの??


「あんずはどう?三日も留守番できる??」


「うーん…。ちょっと寂しいですけど、都ですもんねぇ…」


 あんずも俺と同じ事を思ってくれているみたいだが、彼女は都の存在を知っている様だった。そのあんずが甘んじて留守番を受け入れたのは、都には付いていけないと悟っているからだ。これはもう覚悟するしかない。三日間我慢しよう。

 しかし、あんずを一人多々良場に残すのはあまりにも可哀そうなので、誰かに預けた方がいいんじゃないか。そう思い、彼女が三日間楽しく過ごせる様な場所の希望を聞いてみると、


「じゃあ、ハクトちゃんの所がいいですッ!」


 と言ったので、ヨシヒロん家に連れて行く事にした。彼なら快くあんずを預かってくれるだろう。それに原チャリが手に入ったら持って行く約束もしているし、丁度いいや。行きしなに寄ってもらえる様にひーとんに頼んでみよう。

 あんずの事は一先ずこれでいいとして、本来の目的である都での買い物について分からない事がまだある。畳だとか布団だとかの物価がどれくらいのものなのか俺にはサッパリだった。一緒に行くひーとんには車出してもらうワケだし、金銭的な事はコッチが請け負うべきだと考えていた俺は、彼ともう一度合流する前にここから持ち出す貝がどれだけ必要なのか把握しなければならなかった。

 俺は再び氏家に質問した。


「確か、俺らが世話になった美奈の部屋って8畳だったよな…。畳8枚と布団2式っていくらあれば買える?」


「それだけなら貝10000あればお釣りがくるだろうけど、都では何があるか分からないからね。この袋二つは持っていった方がいいんじゃないかな?」


「あ、そう…」


 結構な量じゃねーか。袋一つも持ち上げられない俺は、貝の運搬をあんずに任せるしかなかった。情けない…。恥を忍んで彼女に懇願すると、お安い御用と快諾してくれた。お礼に都で何かお土産買ってやろう。

 それとは別に、桃子に頼んでおいた一張羅の支払いもあるので、貝の詰まった袋を三つ多々良場から持ち出す事にした。二つはあんずに担いでもらい、もう一つは何とか原チャリに積んで運ぼう。貝だけではなく、もう一つ必要な物はカナビスだ。ひーとんと二人で消費するであろう三日分のカナビスも包み、出かける準備は全て整った。


「じゃあ、ダボ。銃の事は任せたでな。あとムラゲの連中にヨロシク言っといて」


「分かったよ、今泉くん。気を付けて行ってきなよ」


 その足でムラゲの所へ行くというダボハゼと別れ、貝の袋を抱えた俺とあんずは、再度ブティックへ向かった。


 ――――――――――………


 ブティックに着く遥か手前から、店の前に鎮座する一際デカい物が目に入った。ひーとんが乗ってきたトラックに間違いない。俺はてっきり2トンくらいのトラックを予想していたが、実際にはもっともっと大型の物だった。トレーラーとして牽引されているコンテナは、高さおよそ4mくらい、長さはおよそ12mくらい。ざっと計算して40立米を超える積載が可能なほどだ。こんなデカいトラックが何に必要なんだよ…。何でもデカけりゃいいってもんじゃねーぞ。

 こんなに大きな塊を見た事がないあんずは、その壮大な景色に目を輝かせていた。元いた世界でもこのくらい大型のトラックは見てきた俺も、実際に乗った試しなどなかった。トラクタの搭乗席の高さは、馬の背二つ分くらいある。あそこから見る景色はさぞ壮観だろうな。ちょっとワクワクする。

 ひーとんのトラックに度肝を抜かれた俺とあんずが店に入ると、先ほどと変わらないメンツが楽しげに談笑していた。ゲトーたちを弔いに行っっていたひーとんの顔も晴れやかな表情をしていた。気持ちのケジメはきっちり着けてきたのだろう。


「待たせてまってすまんねー。桃子ー、貝持ってきたで会計よろしくー」


 あんずに担いでもらっていた二袋は店の前に一旦置き、原チャリに積んできた一袋をまた彼女に担いでもらい、桃子に差し出した。注文の品は貝8000でいいと言われていたが、ツナギのリペアもあるだろうと、貝10000を支払うつもりでいた。

 袋には貝20000入っている旨を伝え、ザックリ半分持ってってくれと頼むと、桃子は貝の袋を分け始めた。


「今ちゃん、ケッコー貝持ってるんだねー」


 俺の羽振りの良さに気が付いたひーとんは、そんな感想を俺に寄越した。氏家をカモにできた事で、大金を手にしていた俺だったが、そうじゃないみんなの懐事情はどうなんだろう、と疑問に思った。爆薬の制作を依頼した緑に提示された額も、普通なら簡単には支払えない額だったみたいだし、俺はイマイチこの世界の金銭感覚が分からないのだ。


「氏家に言われて少し大目に持ってきたんだけど、貝4、50000あれば足りる??」


「はぁッ!?そんなに持ってきたの!?」


 俺が持参した金額に、ひーとんはよほど驚いている様子だった。そんな彼に、会計作業を終わらせた桃子が、俺が金持ちである理由を話していた。ちょっと良い物を食べたり、少し贅沢できるくらいの生活に必要な額とは次元が違うレベルで所有している俺の資産は、トチキチのひーとんをも凌駕するものだった。

 だからと言って、貝を大量消費する機会なんてそんなにない俺は、その資産を持て余しているだけなのだ。だって海に行けばタダで手に入る貝をどれだけ持っていたって、そんなにすごい事じゃないでしょ。そう思っているのは、俺がまだ『都』を知らないからなのであった。

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