第66話タイマン1

 ッシェイオラアァァッッ!!


 …バチィィンン…ッ!


 ッシェイオラアァァッッ!!


 …バチィィンン…ッ!


 扉を隔てた広間の中から、怒号と炸裂音の様な大きい音が聞こえた。向こうでは何が行われているのか気になった俺は、ドアノブを捻り扉を開けようとしたのだが、押しても引いても扉は動かない。鍵がかかっているのだろうか。

 何発かブチ込んで鍵を壊してもよかったんだが、それこそ弾の無駄使いだと思い、扉を強く叩き自身の来訪を伝えた。


「すいませーんッ!今泉っていいますけどーッ、氏家返してもらいに来ましたーッ!!山野くんって子おるーッ!?」


 ガラガラガラッ…


 どうやら俺の声は中に届いたらしく、音が止んだかと思うと少しの間を置いて扉が開かれた。

 …っつーか、スライド式かよッッ!!じゃあ何でノブ付けてんだ!意味分からんわッ!なめんな!


「君が今泉くん?待ってたよ、入って入って」


 俺を出迎えてくれたのは、かなり体躯の良い少年だった。身長は180cmあるかないかくらいで、肉付きのいい身体をしているのだが、太っているワケではなく発達した筋肉がその全身を覆っているのだった。間違いなくこの子が『山野くん』なのだろうが、本当にタメなのかよ…。

 プロレスラーみたいな体格に加えて、彼が羽織っている純白の特攻服に施された『水芭蕉』の刺繍が、必要以上に威圧感を与えてくる。しかし開口一番の彼の言葉は、俺に敵意を感じさせるものではなかった。

 山野くんに手招きされるまま広間に足を踏み入れた俺が目にしたのは、血まみれで倒れている二人のミコトだった。良く見ると、ソイツらは見覚えのある顔をしていた。氏家と鬼大富豪に興じた時に、一緒に卓を囲んだ武石と和田だった。

 何でコイツらがここにいるのかは分からないが、さっき扉の向こうで聞いた音は、彼らに向けられたものだったのだろう。

 脇には、一応拘束されている氏家の姿もあった。縄で縛られ正座させられている。山野くんは甘いなぁ。俺だったら逆さに吊るしてやるのに。


「よぉ、ダボハゼ。助けに来たったぞー」


「ありがとう、今泉くん。良く来てくれたね」


 ついでもついでなんだけどな。俺は既に宿敵への仇討は済んでいるので、ここから先は行きがけの駄賃の様なものだ。この時点で氏家が死んでいたとしても俺にとっては些末な問題だった。まぁ無事なら無事で構わないんだけど。

 そんな事よりも、武石と和田がボコボコにされている現状が理解できなかったので、この場の説明を氏家と山野くんに尋ねる事にした。


「ほんで、何でこの二人がここにおんの??関係ねーがや」


 そう思っているのは俺の勝手な考えであって、実は彼らも水芭蕉との間で諍いを起こしていたらしい。しかも、それは鬼大富豪をやる前の出来事だと言うのだ。あの卓自体、この二人にとって俺とは違った意味での救済措置の場だったみたいだ。

 詳しい話を山野くんがしてくれた。


「コイツらは遊びのつもりだったみたいだけど、ヒトを何人か殺してる。そのせいで水芭蕉のメンツが増えちまったんだ」


 山野くんが率いている水芭蕉のメンバーは、その殆どがミコトによって親兄弟を奪われた孤児なのだそうだ。この世界は何をやっても許されると、極大解釈して愚行に走る被行者は少なからずいるらしい。そんなつまらない理由で家族を奪われた孤児たちの面倒を一手に引き受けたのが、山野くんなのだと言う。

 なるほどな。ゲトー共がミコトを恨んでいるのも無理のない話ってワケだ。俺はそのトバッチリ食ったという事か。


「大体事情は呑み込めたわ。同情もしようと思やーできんくもないけど、俺に楯突いていい免罪符にはならんかなぁ」


「今泉くんの言いたい事は分かるよ。それについては弁解の仕様がねぇ。本当にすまないと思ってるよ…」


 ゲトー共の暴走を止められなかったのは自分のせいだと、山野くんは語った。その彼の言動に妙な違和感を感じた俺は、拘束されている『フリ』をしている氏家に目を向けた。

 これはあくまで俺の憶測に過ぎないが、多分それは当たっていると思う。最初に水芭蕉の壊滅を氏家に依頼したのは山野くんだ。その実行を俺に依託した理由は知りもしないが、おそらくやん事なき事情でもあったのだろう。とにかく俺は足の先から頭のすってんぺんまで、彼らが仕掛けた罠というか思惑にスッポリ嵌ってしまっていたのだ。どおりで上手く物事が進むワケだ。


「じゃあ、俺がここまで来る間に殺してまったゲトーについては、不問って事でええの?」


「あぁ、それは大丈夫だ。逆に手間かけさせて申し訳なかったね」


 自ら族を潰そうとしている山野くんは、殺された仲間をどう思っているのだろう。大将の彼ですら止められなかったゲトー共の暴走は、ミコトだけに留まらず同族のヒトにまで影響を及ぼしている。遅かれ早かれこうなる事は、誰の目にも明らかだったかも知れない。だけど、今まで面倒見てきた子分たちの命が奪われようとも一片の動揺も感じさせない山野くんは、一体どんな覚悟でこの場に臨んでいるのか。

 氏家が語った『トチ狂ったキチガイ』である山野くんの考えは、俺なんかが想像できる次元を遥かに超えているんだろうなぁ。


「ぅ…、ぅううぅぅ……」


「かはッ…!ぐ…っぐふッッ…」


 全く蚊帳の外だったけど、武石と和田の呻き声を耳にして彼らの存在を思い出した。そいえばコイツら、山野くんから鉄拳制裁を受けている最中だったな。


「で、この二人はどーするの?これで御仕置はおしまい??」


「まさか。コイツらはここで殺すよ。目障りだからさ…」


 俺の問いに静かに答えた山野くんは、ミコトである武石と和田を殺すと言った。コイツらは『こっち側』ではないのだろうか。そんな些細な事を考えていると、既に血まみれになっている二人に近づいた山野くんは、石の様に大きな拳を彼らに向けて振り下ろした。

 先ほど扉越しに聞いた炸裂音を直に感じながら、彼らの頭部が崩れる様を、俺は黙って見ていた。


 ッシェイオラアァァッッ!!


 …バチィィンン………ッ!


 何発も何発も砲丸みたいな拳を浴びた二人は、もうピクリとも動かなくなっていた。

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