第65話水芭蕉4

 あんずの口から突然飛び出したクレイジーサイコ発言に、多少の縮み上がりを見せた俺の金玉よりももっと萎縮していたのは、目の前のジャリだった。やっと自分が被食者である事と、あんずが童子である事を察知したんだろう。そのせいかは分からないが、溢れ出す涙以上に股間が濡れ始めた。コイツ小便漏らしやがったな。あんずにはそんなにビビるのに、俺にはビビらないんだもんなぁ…。

 こんなジャリを相手にしていてもしょーがないので、俺は洞窟の奥へと進む事にした。


「じゃ、あんず。俺先に行っとるで、食べ終わったら入ってこやー」


「分かりましたッ、たくちゃん」


 ジャリは未だに入り口で通せんぼしていたが、既に身動きを取れる様な余裕はなさそうだった。邪魔以外の何ものでもないコイツの首根っこを掴んで、あんずの前に放り出してやると、俺はアジト内に足を踏み入れた。暫くすると後方からジャリの断末魔が聞こえたが、気にせず歩を進めた。

 別にあんずが食べ終えるまで待ってても良かったんだけど、流石に捕食シーンを見せられるのは勘弁して欲しかった。この前チラっと見た『食事中』の光景に、俺はトラウマを抱えそうになっていたのだ。あまりにも生々しくて…。

 だけど今思い返すと、あんずのヤツ食べるの早かったなー。ヒトの頭丸々を食切るのに、2分もかかってなかったもんなー。あのペースだったら30分でヒト一人平らげるぞ、多分。しかも骨すら残ってなかったから、全身余す所なく胃袋に収めてる事になる。あんずの小さい身体にそれだけ入れるのは物理的に不可能なんだけど、そんなん気にしてたらこの世界じゃやっていけねーのだ。

 ん?ちょっと待てよ…。こないだあんずが食ってたのも、さっきのジャリも男だよなぁ…。残さず食ってるって事は、もしかしておちんちんまで食べちゃってるワケ??…え?じゃ、じゃあ今まで何人ものおちんちんを口に入れてきたワケ??そうとも知らず、俺はあんずとチューしてたワケ…??


「………。」


 今まで感じた事のない様な嫌悪感と共に、何か得体の知れない背徳感までもが俺を襲ってきた。だってあんずはおちんちんをイヤラシイ物ではなく、単に食材の一部としか認識していないだろうから、本当はエッチな物なんだよ、と教えたらどんな顔をするか。考えただけで俺が想像妊娠しそうだ。そんなバカな事を考えていたせいで、正面から近づいてくるゲトーの存在に気づくのがかなり遅れた。

 人数は三人。エモノは持っていない、丸腰だ。……っと、何でこんな穴ぐらの中で状況が分かるか。この洞窟内は等間隔で電球の様な物が備えられていた。電球と言い切れないのは、ソレがただのガラス玉にしか見えないのと、電気がこの世界に存在するか分からなかったからだ。とにかくそのお陰で視覚は役目を果たす事が出来ている。


「山野クンなら奥の広間だ。お前の事は『客』だと聞いているが、オイラたちはミコトってだけで気にくわねぇんだ…ッ。さっさとここから失せろッッ!」


 俺は電球モドキに気を取られていたが、このゲトーの台詞が耳に届いたとたん注意をそっちに持っていかれた。コレ、完全に舐められてるよね。

 あまり弾の無駄使いはしたくないんだけど、じゃあいつ使うんだよと聞かれれば今なのかも知れない。消費を最小限に抑えれば問題ないか。俺はヤツらに銃口を向けた。

 俺が取った行動の意味が分かっていないゲトー共は、その場で静止した。これから起こる事が予想出来ないからだろう。それはしっかりと確実に狙いを定めるのに充分な時間を、俺に与えてくれた。

 誰でもよかったのだが、何の気なしに向かって左のヤツを最初のターゲットにした。照準は完全に眉間を捉えている。向こうからしたら、マズルが真円に見えているはずだ。俺はトリガーに掛けた人差し指に力を込めた。


 …ッバァァッンン…


 洞窟内だけあって反響した銃声のボリュームがとんでもない事になっていた。下手したら鼓膜破れんぞ。しかしその爆音はただの副産物にしか過ぎず、本当のエネルギーのベクトルを一点に受けたソイツの頭蓋の中では、ホローポイントが花開き内部破壊の限りを尽くしていた。南無三。

 コイツは運が良いな。さっきのヤツらはみんな死ぬまでに苦痛を味わっているから、苦しまずに死ねただけでも御の字じゃないか。感謝して欲しいくらいだ。

 目の前で仲間の頭が爆ぜた事に理解が追いついていない様子を見せるゲトー共だったが、その反応はさっき見せてもらったのでもう飽きた。必死に今何が起こったのか答えを出そうとしているみたいだが、それは無駄な努力だ。考えるより体験した方が早いぞ。

 大口を開けながら、死んだ仲間から目を離す事が出来ないでいたすぐ隣のゲトーに、俺は再び照準を合わせた。今度は正面を向いてくれていないので、一番致命傷を与えられそうなこめかみを狙ったのだが、これが良くない結果を生む羽目になってしまった。


 銃で自殺を図る際、確実に命を絶ちたかったら口に銃口を咥えて喉に向かって撃つ方法が好ましいとされている。脳幹を一撃でブチ抜けるからだ。それを知らず、こめかみを撃つ方法を選ぶ人は少なくない。もちろん高確率で死に至るのだが、稀に生存してしまう場合がある。脳の柔らかさが弾道の妨げとなり、貫通力を失った弾頭が致命傷を与える事なく内部で留まったり、目や鼻など頭蓋骨の薄い箇所から抜けてしまう事があるらしい。


 俺が放った弾丸は、幸いにもソイツの命を奪う事は出来たが、こめかみから入った弾が脳内で軌道を変え、鼻の辺りから飛び出した。小口径のラウンドノーズならまだしも、45口径のホローポイントに内側からブチ破られた顔面は、至極のグロ画像と化した。

 あまりのおぞましさに目を背けそうになったが、『自分がやった事だろ!』と喝を入れる内なる俺は、自己の責任を放棄する事を許さなかった。そりゃそうだろ。見たくなかったら銃なんて最初から撃つなって話だもんな。殺すんなら最後までソイツと向き合わないと。

 可哀そうなのは、残った一人だ。腰が砕けちゃってる上に過呼吸になってる。サクッと仏さんにしてやってもいいんだけど、あえてここで見逃すってのもアリだよなぁ。この先の人生でコイツが抱えなきゃいけない闇の大きさを考えると、背骨が痺れるくらいゾクゾクしちゃう。

 俺はセフティを掛け銃をポケットにしまい込むと、奥へと向かって進んで行った。俺の進行方向にいるゲトーに近づき目が合うと、ヤツはとたんに発狂し出した。


「ヒィィイイヤアァァアアァアアッッッ!!!うわあぁぁぁぁああッッ!!アアッアアッアアアアァァア!!」


「うるせーわ、静かにしろてぇ…」


 …ッバァァッンン…


 せっかくしまった銃をもう一度取り出し、ソイツの右足の甲を打ち抜いてやった。少し落ち着いて欲しかったから。怖がってくれるのは嬉しいんだけど、やかましいのは好きじゃないんだよね。

 …とは言うものの、痛みによる悲鳴が増しただけで、ちっとも静かにならなかった。もう放っといて先を急ごう。


 そして、山野くんが待つ広間まで辿り着いたのだった。

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