第67話タイマン2

 山野くんが私刑を処している間、手持無沙汰だった俺は、何となく氏家の隣を陣取りながらカナビスを吹かしていた。紙巻を二本ほど吸い終わる頃に、動かなくなった武石と和田から拳を離した山野くんは、こちらに振り返り俺の吐き出す煙に興味を示した。


「えっ!?それタバコ??ねぇ、今泉くんッ!!」


「あ、あぁ。タバコみたいなもんだけど…、よかったら吸う??」


 おそらく彼も元々喫煙者だったのだろう。俺は運良くカナビスに出会えたが、それ以外でタバコ、もしくは代用品の様な物はお目にかかった試しはない。俺に与えられていたのも最初の一箱だけだったし、ヨシヒロがカナビスを作っていなければ、どれだけの禁煙生活を強いられていたのか。考えるだけで卒倒しそうだ。

 血で汚れた拳を特攻服の裾で拭いながら近づく山野くんに、カナビスの紙巻を一本渡してやった俺は、ついでに火を貸してあげた。パッパと口先で火種を大きくしている彼に、一応は説明しておくべきかと、お互いに口に咥えているソレについて話をした。


「これ、ただのタバコじゃないんだわ。吸っとるうちに酔っ払ってくるで注意しやぁよ」


「そうなの?まぁ、何でもいいや。ありがとうね」


 緑の友達でもある山野くんには要らぬお世話だったかも知れない。見るからに気合の入ったヤンキーの彼はこのくらいじゃ物怖じしないだろう。直感だけど、この子もジャンキー臭がプンプンする。兎にも角にもこのカナビスは彼のお気に召した様だ。

 念のため氏家にもお誘いをしようかと思ったが、どうせ断るだろうから余計な事はせず、幾つか気になる疑問を二人にぶつけた。


「で、武石と和田はどうなったの?ちっとも動かんみたいだけど、死んだの?」


「多分死んだよ。『こっち側』だったらいくらぶん殴っても気絶するはずないからね」


 山野くんの口ぶりからするに、この子は何人もミコトを手にかけてるっぽいな。彼の言う通り、俺も実際に両手が消失する怪我を負ったが、気を失う事はなかった。それより、本当にこの世界で死ぬ被行者っているんだなぁ。緑や山野くんが言う『こっち側』と『あっち側』は一体何が違うのだろう。そして、死んでしまった彼らはどうなってしまうのだろう。

 そんな事を考えている俺の思考を読んだのか、縄に縛られマヌケな姿を晒している氏家が口を開いた。


「君たちが言ってる『こっちとあっち』には明確な違いがあるんだよ。今泉くん、君は手水政策を受けた時、遺体はどうするって決めた?」


「確か、いらねーって答えたぞ」


「そうだよね。俺も、もちろんここにいる山野くんも同じ選択をしたよ。だけど、この二人は『遺体を残す』方を選んだんだよ。今でも彼らの遺体は現世で保管されているはずだよ。物質として身体が存在している以上、『精神』が解放される事はないんだ。

 ちなみに、君たちが『二一組』って呼んでる俺らは全員遺体を残してないからね」


 確かにヨシヒロも、俺たちの身体はあってない様な物だと言っていた。物質としての身体を持たない『こっち側』の被行者は、例え何が起ころうとも糠に釘押し状態なのだそうだ。便利な身体になったもんだ。それに引き替え、遺体を残してしまった『あっち側』の被行者は、物理的に死ぬかも知れない爆弾を抱えているのだそうだ。気の毒ではあるが、これが掟なのだからどうしようもない。でもそれならそうと、政策を受ける前に教えてくれねーと困るよなぁ。俺は身寄りがいないから残さなかっただけで、家庭によっちゃあ親御さんが『絶対残してくれ』って言う場合もあるだろう。ってかそっちの方が多いんじゃない?

 大体、いきなり手水政策の被行者に選ばれて『死んでもらいます』って、そんな横暴がよくまかり通るもんだな。


「山野くん家は、揉めたりしんかった?」


「最初は文句言ってたけど、役所の人に説得されてみてーだったな。補助金が出るとかどーとかで…」


 え?何それ?俺にはそんな話一切されてねーんだけど…。

 どうやら、子供が被行者に選ばれた家庭には補助金として結構な額が支給される様だ。通りでこの政策にチャチャ入れるヤツが少ないワケだ。金と引き換えに我が子の命を差し出してしまっている手前、後からイチャモンも言えないんだろうな。そのせいもあって、手水政策の概要が都市伝説並みの噂話程度にしか広まらないのか。何か納得したわ。

 しかしそんな事は、この世界に来てしまった俺たちには関係のない話だ。政策を受けた事を後悔した所でどうなるワケでもないし、個人的には現世なんかよりこっちの方がよっぽど面白いからな。

 また一つ明らかになった手水政策の秘密を頭の隅に追いやりつつ、カナビスの吸い殻をブーツの底で踏み潰した俺は、こんな場所まで呼び出された理由を尋ねる事にした。


「ほんで?遥々ここまでやって来たはええけど、俺はどーしたらええの??」


「そうだ、そうだっ」


 漸く本題に戻ってきた事を察知した山野くんは、思い出したかの様にカナビスの最後の一口を目一杯肺に詰め込みながら立ち上がって、こう言った。


「今泉くん。わりぃけど、俺とタイマン張ってくんね?」


 嘘でしょ?こんなプロレスラーみたいな子とサシで喧嘩しろって?無理だろ。階級で言ったらジュニアヘビー級とモスキート級くらいの差があるんだけど…。いや、でも俺チャカ持ってるしいけなくはない…かな?いや待てよ…、さっきまでは銃なんか知らないゲトー共相手だったから無双できてただけじゃないか。いや、でも山野くんが、俺が銃持ってる事知らないとしたら不意打ちの一発は入れられるんじゃ…?いやいや、もしその一発を外したら勝機は限りなくゼロに近づくんじゃ……。

 いきなり叩きつけられた果たし状に面食らってしまった俺は、情けない事に氏家の方を子犬の様な目で見てしまっていた。その視線に気づいたダボハゼは、何故かウィンクを俺に寄越した。どーゆー意味だ。

 全く役に立たないクソザコサイボーグを今すぐ撃ち殺したい所だったが、ここで自慢のM1911をお披露目するワケにもいかず、何とか都合の良い方へ話を持っていけないかと試行錯誤を試みた。


「ちょ、ちょ待って。おいッ、ダボハゼ!お前、山野くんに何を教えた!?俺の事ッッ!」


「今泉くんなら山野くんをぶっ飛ばせるって伝えただけだよ?」


 何でそんな無責任な事言っちゃうのッ!?俺どっちかっつーと喧嘩弱い方なんだけどッ!?ハジキ持ってるくらいで埋まる様な体格差じゃねーぞ、コレ。ってゆーか、さっき素手で人間の頭部潰してんの見ちゃったんだよッ!?そんなのとどーやってタイマン張るんだよッッ!!

 どうやら拳銃の事は教えてないらしいが、そんなもんゴングが鳴ったら隠してる余裕ないんだから時間の問題じゃないかッ!それに、俺はまだ射撃の初心者だっつーのッ!勝てる要素どころか、互角に渡り合える要素すらねーじゃねぇかッ!ポツダム宣言してぇ…。

 無条件降伏の準備だけはできている俺に追い打ちをかけるかの様に、山野くんは気合の入り方の違いを見せつけた。


「ウチのゲトー共が全員死んだところで、頭の俺が無傷じゃシメシつかねーじゃん…。なぁ、今泉くん…。キッチリ『俺ごと潰して』くれよなぁ…。頼むよ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る