第52話四十五口径2
「メタルジャケットは無理だったから、弾頭はホローポイントを採用したよ」
氏家が作ってくれたカートリッジは本物同様、真鍮のケースで出来ていた。真鍮は銅と亜鉛の合金であるが、大量に採れる鉄とは違い、銅の採掘にはかなりの労力がいるようだ。なるべく薬莢は捨てないでくれと念を押された。めんどくせぇなぁ…。
それはともかく、ホローポイントを選ぶあたり、コイツも性格悪いよな。ブリットの先端が凹んでいるこの弾頭は、人体などに当たるとキノコ状に変形して内部破壊を引き起こす。貫通力や弾速は落ちるものの、与えるダメージは非常に大きい。マンストッピングに長けた弾頭だ。
1980年にNWOが人口削減を宣言して以来、様々な方法によって大勢の人が犠牲になったが、それでも民間人による殺人は認められておらず、銃社会が日本に忍び寄る事はなかった。
憲法9条のお陰で日本は戦争に巻き込まれはしなかったが、そのせいで『手水政策』なんて独自の削減方法が生み出された。そんなまどろっこしい事せずに、ドンパチやらせりゃ早いじゃねーかと思ったが、日本という国はそういう訳にはいかないらしい。
「とりあえず3発くらいマガジンに入れて試し撃ちしてみたら?」
「お、おぅ…」
空のマガジンと3発のカートリッジを受け取り、不慣れな手つきでマガジンに弾を込めた。このバネも結構強いんだな。映画やアニメだとスチャスチャ簡単に入れてるけど、そんな簡単にいかねーぞ、コレ。ローダーなんて気の利いた物はもちろん無く、なんとか手動で片を付けてやった。クッソ手ぇ痛いけど。
グリップの中にマガジンを収め、ゆっくりとスライドを引く。エジェクションポートからチャンバーに弾が装填されるのを確認してスライドから手を放すと、カチャッという小気味良い音が俺の気分を高揚させた。
いよいよ実弾の射撃訓練だ。否が応にも身体が震える。
「な、なんか狙った方がええんかな…?」
「それはもう少し慣れてからじゃないかな?今は衝撃に耐える事を優先に考えればいいと思うよ」
ダボハゼの癖にいっちょ前のアドバイスしやがるじゃねーか。慣れたらお前狙うからな。とにかく銃を撃つために必要な知識を、頭の中で総動員させた。
先ずは銃を握っている右手に注意した。撃つ瞬間までは、トリガーに指を掛けてはいけない。人差し指を伸ばし、フレームの上で落ち着かせた。マズルジャンプを最小限に抑える為に、親指と中指はグリップの高い位置で密着させる。肘は伸ばし切らずに若干曲げ、銃の中心線上に腕のラインを合わせる。これで良し、…のはず。
お次は左手だ。右手の親指を少しだけ上に動かし、左手が入るスペースを作る。掌底をグリップに密着させ、右手を包み込む。これでいいんだよな…?
軸足の左足を前に出し、右足の踵は少し浮かす。腰は両足の中央にくる様に据え、やや前傾姿勢で重心は前へ。首は傾けず、目線の高さまで銃を持ち上げる…。緊張してるせいか、この態勢キツイわぁ…。
「たくちゃん、さっきから何してるんですかッ?」
脳のメモリをフル稼働させて一寸の余裕もない俺の目の前に、あんずがヒョコッと現れた。
「たっ、たた、たーけぇッ!!急に出てくるなてぇッッ!!撃ってまうとこだったがやッ!!」
「あんずちゃん、あんずちゃん。危ないから今泉くんの後ろにいなきゃダメだよ」
俺と氏家の言葉の意味が全く分かっていない彼女は、不満気な顔をして俺の後ろまで下がった。そもそもあんずは、俺たちが躍起になって作っている銃の事を何一つ理解していなかったのだ。よく今まで黙って付いてきたな。
前方に誰もいない事を確認して、もう一度射撃のスタンスを作り直す。とは言っても、この知識はあくまで文面上で得たものだ。自身の経験によるものではないので、恐らくは何か至らない点がある事は分かっている。何にしても撃ってみなければ始まらない。覚悟を決めてトリガーに指を掛けた。
「フ―…ッ。フー…ッ。フー…ッ…」
数回深呼吸をして、息を止める。ガチガチに固まっている身体の力を少しだけ抜き、二の腕から先に意識を集中させた。
「よ…、よしッ!撃つぞッ!!」
誰に対しての宣告なんだ、いいから早よ撃てや。ビビりすぎだろ。
逸る気持ちと戸惑う心が交錯する中、ゆっくりと静かに右手人差し指を引いたその時、それは起こった。
…ッバァァッンン……
記念すべき最初の一発は、ものの見事に暴発した。
マズルから飛び出すはずのブリットは射出せず、行場をなくしたエネルギーの全てが、チャンバーから後方へと膨れ上がった。膨大な爆発力は、銃本体の原型を留める事を許さないどころか、グリップしていた俺の両手ごと木端微塵に吹き飛ばした。
俺は自分に降りかかった出来事を、疑うしか出来なかった。
「えぇッッ!!??いや、ちょっ…ッ!えええぇぇッ!?こ、これ…。えええぇぇッッ!!?」
消え失せた手首の先からは、何やら赤い物が噴き出している。もしかしたらコレって血かな?だとしたら随分と豪勢に噴くじゃねーか。文字通り出血大サービスってか?やかましいわ。
「ねッ…、ねぇ!!コレ…ッ、コレどうしよう!?ねぇッッ、ダボさんんんッ!!」
「と、とにかく落ち着いてッ!取り乱しちゃダメだよッ、今泉くん!!(ダボさんって何だよ)」
情けない事に、氏家に助けを求めてしまった。でも背に腹は代えなれない。緊急アラートは黄色を通り越して真っ赤っ赤なんだよ。このままじゃ死んじゃうかも知れないッ!(既に死んでます)
「いやぁぁぁッッ!何か頭がクラクラしてきた気がするぅぅぅッ!!気のせいかなぁッ!?ねぇッ、気のせいかなぁぁッッ!!?」
「大丈夫だからッ!!まず落ち着こうッ!そ、そうだ!今泉くんッ、素数を数えるんだッ!」
「いちィィッッ!!」
「それは素数じゃないッ!!」
ハチャメチャが押し寄せてきている俺と、その余波を真面に食らったダボハゼが、大パニックという狂想曲をデュエットで奏でている中、同じくその場にいたあんずは、両手で口を押えながらクスクスと笑いをはみ出させていた。
「うふふ…ッ!たくちゃん、おっかしーッ」
何で笑っていられるのッッ!!??
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