第51話四十五口径1

 幾度かのキスの後、あんずは眠ってしまった。アシッドやら抱擁やら初めての事ばかりで、気が張っていたのだろう。俺の膝で寝息を立てている。

 俺はというと彼女とは逆で、自分の歴史に新たなページが刻まれた事に興奮し、眠ってなんかいられなかった。しちゃったよ、女の子とチュー。

 かすかに残った口づけの味を噛み締めながら、ぼんやりと沖を眺めていた。紙巻のカナビスに火を着けて一服していると、お天道様が顔を出し始めた。この後大金が入った財布でも拾うんじゃねーか?、なんて古典落語の『芝浜』の情景を思い浮かべつつ、あの噺の夫婦みたいに、俺とあんずもなれるかな?、なーんて痛い事まで考えてしまった。浮かれちゃってんなぁ。

 そんな俺を、頭から叩きつける様に現実に引き戻す声が、後ろからした。


「おかえり、今泉くん。瓜原さんは元気してた?」


「ダボハゼ、マザファカー」


 どういうトリックを使うのか分からないが、コイツは他人の現状を把握する事が出来る。もしかして、俺とあんずがしてた事も覗かれちゃってたりすんのかな。だとしたら、もう殺すしかないね。

 そうならない未来を願う俺の気も知らないで、氏家は話を進めた。


「パウダーとプライマーは作ってもらえたんだよね?」


「おう、これだこれ」


 緑から受け取った爆薬をダボに渡すと、中身を確認した彼は納得の表情を見せた。微笑みと真顔の間みたいな顔に、少しむかっ腹を立てながら、こんな面を朝から拝まされている現状に、やり切れなさを感じた。

 兎にも角にも、これで拳銃作りの材料は全て揃った。あとはカートリッジを組み立てればいいだけらしく、その作業も手間はほとんど掛からないと言う。

 日の出と共に活動し始めるムラゲたちも、もう起きているだろうとの事で、早速多々良場へ向かうべく、あんずを起こした。


「あんずー、多々良場にいくぞー。起きろ―ッ」


「んん…。ふぁ……ぁあい、たくちゃん。あ、ダボハゼさん…。おはよーございます」


「お、おはよう、あんずちゃん…。(やっぱダボハゼって呼ぶんだ…)」


 多々良場に着くとムラゲのヒトたちが、無事に凱旋を果たした俺を歓迎してくれた。…のはいいが、随分と人数が減ったなぁ。俺が発つ前は十人はいたのに、今は四人になっている。多分、もう人手がいる作業は残ってないんだろうな。


「俺が留守の間、何か変わった事はなかったですか?怪我とか事故は起きませんでしたか?」


 いくらプロフェッショナルとはいえ、焼けた鉄を相手にする仕事をさせているので、先ずはムラゲたちの安否に気を配った。最初は女のヒトもいたから、危ない目に合わせてないか心配だよ。

 長の爺さんが、何事も無かったと教えてくれたので、ホッと胸を撫で下ろした。


「イマイズミさま。こちらがご所望の『M1911』にございます」


 爺さんは何故か不思議そうな顔を覗かせながら、挨拶もほどほどに取り急ぎ本題に入った。数日前に見せてくれた試作品と、さほど外見は変わらない『本命』を渡してくれた。

 初めて手にした実銃は、モデルガンとは比べ物にならない程の重量感があった。そりゃそうだ、鉄の塊なんだもんな。撃った時の衝撃ってどんくらいのものなんだろう。

 憧れのM1911との初対面に感激していると、ムラゲのおじさんがこの銃の説明をしてくれた。


「イマイズミさま。フィールドストリッピングの仕方をお教えいたします。まずはこのヘラで銃口のバレルブッシングを左に回します。この状態でリコイルスプリングとプラグが抜けます。この時はバネの跳ね返りに注意してください。次にスライドを引きます。セフティが掛かっていると引けませんので、解除をお願いします。スライドストップの山が手前の窪みに来るまで引いていただけましたら、ピンが抜けます。さすれば、スライドとフレームが分離いたします。バレルはスライドの前から抜ける様になっています。

 ウジイエさまのお話では、使用の度にバレルに煤が付着するとの事なので、清掃は小まめに行ってください。逆の手順で組み上がりますが、直す時の方が慣れがいるやも知れません」


 どうでもいいけど、このヒトたちが横文字使うのめちゃくちゃシュールだわ。ダボが教えたのかな?

 教わった手順で、何度かストリッピングと組み立てを繰り返した。結構力がいるんだな、手ぇ痛くなってきた。

 しかしまぁ、よくこれだけ精密な物を作ったもんだよなぁ。見た所、ヤスリとか糸鋸とかハンマーとか原始的な道具しかないのに。手作業でやったのかよ、コレ。

 桃子の店で見た木製のミシンも、素晴らしい出来だったし、やっぱヒトってヤベェな。

 おじさんは次に、模擬カートリッジが入ったマガジンを渡してきた。


「このカートリッジには、雷管と炸薬は入っていませんのでご安心ください。マガジンを装着し、スライドを引いていただければ、チャンバーに弾が装填されます。その状態でセフティを掛けたまま携帯していただければ、初弾のコッキングは不要ですが、誤発の危険もありますのでご注意ください。

 この弾は発射されませんが、トリガーの具合をお確かめください」


 せっかくトリガーを引くので、何か的になるものはないかと辺りを見回すと、本チャンのカートリッジを組み立てている氏家が目に入った。リアサイトとフロントサイトを結んだ延長線上に、ダボの脳天を合わせ、トリガーに掛かっている人差し指に力を込めた。

 カチッという音と共に撃鉄が落ちたが、もちろん弾は出ない。それでも人に向けて引き金を引いた事に、抑えられない興奮を覚えた。


「本来ならば、爆発の作用でブローバックするのですが、この弾ではなりませんので、もう一度スライドをお引きください。エジェクションポートから前弾の薬莢が排出され、次弾が装填されます。万が一ジャムが起きた際は、その様にリコックしてください」


 一通りの説明が終わる頃、氏家が作業の終了を告げてきた。


「今泉くーんッ!とりあえず20発ほどカートリッジ作ったよー」


 このマヌケな笑顔を、シューティングレンジの的にしてやりたくなる様な出来事が、この後起こるのだった。

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