第53話四十五口径3
「どうなされましたかッッ!?」
あり得ない程の爆音とミコト二人の騒ぎを聞きつけたムラゲたちが、多々良場から飛び出してきた。
氏家の話では、彼らにはこれまで武器の製造を禁じていたらしい。自分たちが作る物は、あくまでも道具として使用する物であり、他人を傷つける為に使う物ではない。そう考えていたのだ。
刃物やそれに追随する機能を持った道具は、数多く作ってきたのだろうが、『銃』という未知の代物が生み出す圧倒的な破壊力をこの世界の誰が想像できるのか。それを思わぬ形で見せつけてしまった。
「イ…、イマイズミさま…ッ!その手は……ッッ」
ムラゲの爺さんは俺の消失した両手を見て、膝から崩れ落ちた。その時初めて、自分たちが何を作らされていたのか悟ったのではないか。
なぜ暴発したのかは、現時点では原因が分からない。明らかなのは俺が大ピンチという事だけだ。しかし、当の本人である俺を差し置いて、ムラゲたちの方が混乱してるじゃねーか。早くなんとかしないと。
「あッ、あのッ!コレ大丈夫みたいです!!なッ、氏家ッ。そうだよなッ!!」
「大丈夫。今泉くんの心配はいらないよ」
この場はダボハゼに任せるとして、俺はどうすればいいんだ??口では『大丈夫』っつっても何が大丈夫なんだよ。手ぇ吹っ飛んでんだぞ。俺の自慢の両手が。
不安や焦燥は感じるのだが、不思議と痛みは感じなかった。たぶん痛すぎて何だか分からなくなってるんだと思う。相変わらず出血がやべぇけど。
「それよりッ!!俺どーしたらええッ!!?コレ治るんかてぇ!?」
「今泉くん、国枝くんとは知り合いだったよね!?」
そ、そうだ!ヨシヒロは確か医療に精通していたはず!彼なら何とかしてくれるかも知れない!だけど、ヨシヒロん家ってめちゃくちゃ遠いじゃねーか!どうすんだよッ!!
「と、友達だけど!この状態でアイツん所行くのは多分ムリッ!!途中で死んでまうッッ!!」
緑が断言してくれた通り、俺が殺しても死なない『二〇組のこっち側』なら、死ぬ心配はないんだけど、パニックに陥ってるせいでそんな事はすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。っていうか今朝、緑の家から帰ってきたばっかなんだけど?また長距離移動を強いられるのか?
嫌な予感しか感じられない俺とは裏腹に、いまだにクスクスと笑っているあんずに向かって氏家は話かけた。
「あんずちゃん、国枝くんの家は分かる??」
「ハクトちゃんのお家ですか?はいッ、わかります!」
「じゃあ、今泉くんを抱えて行ってくれるかな?急いでッ」
言われた彼女は、俺を米俵の様に肩に担ぎ、その場を飛び出した。踏み足一つだけで遥か前方に直進したあんずの脚力は、人間一人を担いでいるとは思えない程の速度で森を駆け抜けて行った。そういえばあんずさん、童子でしたね。
っていうか、怖いぃぃぃッッッ!!速いいぃぃぃッッ!!谷田部のテストコースで計測したら、歴代の記録を塗り替えるぞ、コレ。こんなスピードで木なんかにぶつけられたら、俺は人の形を保っていられないんじゃないか!?
稲田大二郎も真っ青なモンスターマシンと化したあんずは、瞬く間にヨシヒロ宅との距離を縮めながら、さらに死の恐怖を俺に与えるのだった。
「いやあぁぁぁぁああっぁぁッッ!!死んじゃうぅぅぅ!!死んじゃうううぅぅぅッッッッ!!!」
着いた。
「ハクトちゃーんッ!遊びにきたよーッ!」
遊びに来たんじゃないでしょうが!
「あッ!あんずちゃんだッ!どうしたの!?急にッ」
「よしひろさまいるーッ??」
「ヨシくんなら中にいるよーッ。たくやさまどーしたのぉ??」
「なんかねー、バンッ!ってなって手がとれちゃったのーッ」
「そーなんだーッ。あ、あんずちゃん。お箸つかえるよーになったー??」
「まだーッ。だってたくちゃん教えてくれないんだもんーッ」
「じゃーわたしが教えてあげるよーッ」
「ほんとーッ!?」
いいからヨシヒロ呼んでこいやぁぁッッッ!!
少女たちのキャピキャピした会話を耳にしながら、肉体の欠損と高速の移動に肝を冷やされっぱなしだった俺は、あんずの肩の上で何とか平常を保とうと必死にもがいていた。
ハクトとあんずの声は中にいたヨシヒロにも聞こえたらしく、ハクトに遅れて彼も玄関先まで来てくれた。ヨシヒロの姿が見えると、急に安堵の思いが込み上げてきて、涙と鼻水を垂らしながら彼に縋った。
「ヨシヒローッ!お、俺の手がなくなってまったあぁッ!!俺、カタワになってまったあぁぁッ!!」
「いずみくん、どーしたのッ!?とにかく落ち着いてッ!」
「いちィィッ!!」
俺の素数カウントは、1から進んでいなかった。(1は素数ではない)
銃を制作している事と、こうなってしまった経緯を掻い摘んで説明すると、ヨシヒロは俺を家の中へと手招いた。自分ではどうする事も出来ない現状に、差し伸べられる救いの手を、藁をも縋る思いで掴むしかなかった。手ぇ無ーけど。
「しかし派手にやっちゃったねー、いずみくん」
何でそんな冷静なの?俺いま正にdead or aliveなんだけど。もしかして焦ってるの俺だけ?ダボも大丈夫って言ってたし、本当にこのカタワ状態を打破できるのかなぁ。
俺のかつて無い危機的状況を前に、全く動じないヨシヒロとハクト(ついでにあんずも)の落ち着いた姿勢が、少しだけ気持ちを穏やかにさせてくれた。
「ヨシくん、たくやさまのバイタルがすごい低下してるよ」
脈を取る為の手首は異空間へ放り出されてしまっていたので、首の動脈から俺の血圧とか心拍数を測ってくれたハクトがヨシヒロに伝えた。
あ、コレ気持ちが穏やかになってるんじゃなくて、もうすぐ死ぬサインなのかな?
「本当だ。いずみくん、気をしっかり持って!心が折れると助からないよッ!」
いや、心なんかとっくに折れてるんですけど。だって両手吹っ飛んでんだもん。薄れ行く意識の中で、俺の目に『誰か』が入り込んだ。
年の頃ならゆうに八十を超えて、頭は抜け落ちて少しだけ白い物が薄っすらと残っている。目が爛々としていて、頬は痩せこけて、薄物のねずの着物の様なものを羽織っているのだが、そこから見えるあばら骨はくっきりと浮き上がっている。裾前からはごぼうみたいな足がスッと伸びていて、やれた草履を履いて、竹の杖に縋っている。
何かどことなく俺に似てなくもない様な気がするが、この気持ち悪いジジイはどっから入ってきたんだ?
「ヨシヒロ…。ヘンなジジイが俺の枕元に立ってる……」
俺の言葉を聞いたとたん、ヨシヒロは今までの冷静が嘘みたく慌てふためき出した。急いでハクトとあんずに指示を出しているみたいだが、その内容までは聞き取れなかった。もうそんな余裕も残っていないのだ。
彼の指示を受けた少女二人は、俺の身体を持ち上げ、グルッと半回転させた。何の意味があるのか分からないが、身体の向きを変えられた俺は、ヨシヒロの奇妙な言動を黙って見ていた。
「アジャラカモクレン、ヤオヨロズ、テケレッツのパッッ!!」
パンッ、パン……ッッ
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