第43話完成間際1
「私は仕上げに入るから、イナリはメシ用意しときな」
「わかった」
どうやら爆薬はもうすぐ出来るらしい。作業の終わりに合わせて食事にするみたいで、指示を受けたイナリは台所へ向かった。
残りの仕事を片付けに行く前に、瓜原は俺たちにも役目を与えた。
「それから、拓也とあんずちゃんは壁の穴直しといて。道具と材料はその辺のテキトーに使いな」
あんずがツァーリボンバを投下したせいで生まれたイナリ型の穴を修繕する様に言い付かった。あんずの不始末は俺の責任でもある。これは然るべき処置だろう。
それに、こういう事は俺のお株だったりもする。親父の家系が大工だったからだ。手品を嗜んだり出来たのも、手先が器用な血筋のお陰だ。
とは言っても、俺は親父から大工仕事を教わった試しはない。俺が物心ついた頃に、生き別れているから。
「道具はある程度揃っとるな。問題は木材か…」
壁材に使う板っきれが見当たらない。あるのは太い角材のみで、こいつに鋸入れて板を作れなくもないが、時間がかかり過ぎる。どうしよっかな?
「あんず、この木を薄く裂いたりできん??」
「こうですか?」
手刀一閃。縦に置いた角材はその場を動く事なく、20mmくらいの幅で一つ裂かれた。切り口は鉋をかけた様に光っている。あんずすげぇ…。彼女に板の量産を任せた俺は、穴の形を整える事にした。
内側からブチ抜かれたために、開いている穴以上に外側の損傷が激しい。こりゃ結構な範囲を切り取らなきゃダメだな。
鋸を入れるラインに墨を打つのに差金があれば正確な長方形が出せるのだが、寸法を測る類の道具はない様だったので、下げ振りを用いてまず縦のラインを出そうとした時に気づいた。
「そもそもこの家歪んどるがや…」
カモフラージュを最優先に考えられている瓜原邸は、不自然な角度をつけて建っていた。突貫のやっつけ仕事なら適当に形を合わせて穴を埋める事が出来るのだが、壊れる前より綺麗にしてやりたいという日本人特有の感性が俺の手を止めさせた。
「縦は決まるけど、レベル出してもあんま意味ねーわなぁ…。ヘンな勾配が干渉するくらいなら真っ直ぐ切ってまうか…?接合面に妙な隙間ができても面白ねーで、新しい板に合わせた方がはえーかも知れんなぁ……」
「たくちゃーん!おわりましたよーッ!」
ブツクサ考え事をしていると、あんずが板の切り出しを完了させていた。
キレイに角材を割ってくれたのはいいんだけど、せっかく切り出した板が散乱しちゃってるじゃねーか。良い仕事をするなら、まずは整理整頓からだぞ。というのをあんずに求めるのは酷だよな。まぁ、いいか。
「あんず、さんきゅー。じゃあそれこっちに持ってきてー」
「はーい!」
あんずが運んできてくれた板と破損個所を照らし合わせ、最適な配置を考える。元々の壁の厚みを考慮すると、相欠き接ぎが良いのではないかと判断した俺は、鋸と鑿を用いて接ぎ目を加工していった。
かなり神経を使う作業のため集中していたせいで、あんずを遊ばせてしまっている事に気づいていなかった俺に痺れを切らしたのか、彼女はおもむろに口を開いた。
「たくちゃん、アタシお手伝いすることないですか…?」
「うーん…、ほぅだなぁ…。あんずは俺とおしゃべりしよまい」
あんずに任せられる仕事は残っていなかったのでこんな提案しか出来なかったのだが、期待に添えなかったであろう俺の言葉に従って、彼女は傍らにちょこんと座りこんだ。
「えへッ。ここなら邪魔になりませんか?」
「あ、はい」
自分で言い出しといて何だが、そんなに可愛い仕草をされるとは思っていなかったから変な声が出た。こんなの反則だわ。手元が狂っちゃうだろ。
思いがけない彼女の行動に気が動転してしまった俺は、頭をフル回転させて何とかカジュアルトークを試みるのだった。
「そいやぁ、あんず。お前さっき名古屋弁使ったろ?」
「なごやべん…?」
あ、名古屋知らないんだ。それもそうか。俺だってここが何処でどんな地名なのか全然分かんないし、日本なのか地球なのかすら知る由もない。
日本語が通じたり、文化が日本に似通ってたりする事に疑問すら感じてなかったけど、そもそも『手水政策』を編み出したのは日本じゃねーか。当たり前だよなぁ。
精密な作業をしつつ片手間に口を動かし、思考は全く別な所にある自分自身を「器用な奴だなー」と思いながら、あんずとの会話を続けた。
「ほれ、イナリにキレた時に俺みたいなしゃべり方になっとったがや」
「あ…、あれ…ですか…?」
あんずが言葉を詰まらせたので、ふいに彼女の方を見てしまった。それがいけなかったのかも知れない。
次に繋げた彼女の言動は、どんな核兵器よりも凄まじい衝撃を俺に食らわせた。
「ちょっとたくちゃんの真似しちゃいました…。…だ、ダメ…、でした……??」
誰かーッ!!オトナの人ーッ!!こーゆー時どうすればいいんですかーッッ!?
紅く染めた頬、上目使い、言葉使い、モジモジさせた手、etc…。あんずの可愛さを数えたら役満だった。48000点支払うので、抱きしめてもいいですか?手が塞がってなかったら実際にやってしまってもおかしくない。
目の前にやる事が立て込んでて本当に良かった。
「上手な名古屋弁だったでびっくらこいたわ。ほんでも急にキレるのはいかんて。次からは気をつけなかんよ」
あんずの言葉に答えつつ、注意する事は注意したのは、俺の精一杯の演技だった。そんなに面の皮が厚くない俺の本心を知ってか知らずか、あんずは
「はいッ」
と短く返事した。
ちょうどその辺りで、この可愛い子ちゃんがブチ開けた穴を埋め切ったので、表面の仕上げに入る前に休憩する事にした。
「あんず、一服入れよっか。つっても紙巻しかあれせんけど…」
「あ!じゃあまた『フーッ』してくださいッ!」
誰かーッ!!オトナの人ーッ!!
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