第41話政策と制作10

 体力のゲージが満タンまで回復すると同時に、あり得ないくらい目覚めのいい朝を迎えた。昨日あれほど酷使したとは思えないほど、両足の疲労もポンッと取れていた。隣ではあんずがまだ寝息をたたている。

 俺のが先に起きるなんて、なかなかないんだけどなぁ、と頭の端で考えながらムクリと身体を起こす俺を、横目で確認しただけの瓜原はまだ作業をしている。

 いつもの日課である目覚めの一服に火を着けようとすると、寝起きにはキツいタイプのがなり声を刺青ジャンキーが上げた。


「テメェッ!!何考えてんだバカッ!!私らごと吹き飛ばしてェのかッッ!!!」


 彼女の利かせたドスもさる事ながら、自分の置かれている状況と自分がとった行動の愚かさに、背筋が凍結した。

 俺が瓜原に作ってもらってる物は何だ?爆薬じゃねーか。こんな所でチャレンジャー号の再現なんて、冗談じゃないし笑えない。

 どんな詫びを入れれば良いか分からず果てしない処理落ちに陥っている俺に対し、イナリが最善手を提示してくれた。


「火をつかうなら表でやれ。北側の戸をでたところなら問題ない」


 気まずさと申し訳なさのあまり、この場から逃げ出したかった俺には渡りに船となった。言われるまま戸の外へ出ると、今開け閉めした戸を見失わない様に視界に入れながら、後ずさりをして母屋から少し離れた。

 ある程度間を開けた方がより安全なのかな?という考えの元だったが、意味があるのかは分からない。五、六歩下がった所で腰を降ろし、漸く紙巻のカナビスに火を着けた。


「何もあんなどなる事ねーがや…」


 反省よりも先に、自分を擁護する事を優先した。明らかに此方に非がある時、俺を庇ってやれるのは俺だけだからだ。手前を棚上げしておけば、他人からいくら責められようが平気でいられる。

 そうして俺は自分自身を守ってきたのだ。これは善い悪いの問題ではなく、根っこみたいな性分だから変え様がない。変えるつもりもない。

 紙巻を一本吸い終わる頃には、また何か言われたら開き直ろうという姿勢までもできていた。


「いやぁ、さっきはすまんかったね。ボーっとしとったもんでよぉ」


 どんな小言が来てもいいようにヘラヘラしながら部屋に戻ると、瓜原の方も何事もなかったかの様に、


「おうッ」


 なんて返してきやがった。流石は東京の一等地に本社を置く大企業のご令嬢だ。気風が違うよ。一度爆発した怒りが後を引かないんだもん。『江戸っ子は皐月の鯉の吹き流し』とは上手い事言ったもんだね。

 でも、女の子つかまえて"江戸っ子"と呼んでいいのかな?と、割とどうでもいい疑問を浮かべていると、瓜原が質問を投げかけてきた。


「お前さぁ、何吸ってんの?『ソレ』」


『ソレ』ってこのカナビスの事かな?各種のドラッグを精製出来るこの子でも知らない物があるんだなぁ。そう言えば、カナビスをくれたヨシヒロは、『世界はこれを隠した』とか語ってたな。

 後ろめたい事がある訳でもないし、カナビスについて色々と瓜原に教えてやった。っつってもヨシヒロの受け売りだけど。


「『カナビス』…。ほんとにあったんだ…。ただの噂話だと思ってたよ」


「何なら吸ってみる?」


「今はいい」


 未知のカナビスに興味を示しつつ、彼女は手を付けている作業に集中していた。俺たちが床に就く前からずっと保っている集中力は、絶対メタンフェタミンの恩恵だ。俺もシャブ食って三日三晩マージャンした事があるから分かる。

 その後も暫く続いた彼女たちの作業を眺めていると、キリがついた様でイナリにダメ押しの指示を出した瓜原が大きなノビをしながら腰かけを目指した。

 ダラッともたれ込む様に座った彼女は、俺の方をチラリとも見ず、しかしさらなる質問を俺に寄越した。


「ところでよー、ハジキなんか作って何するつもりなの?」


 拳銃制作の片棒担がせているんだから、突き当りまで説明すんのが道理だよなぁ。


「手水政策受けた直後に原チャリ乗った二人組に襲われてまってよぉ、運よくあんずに助けてまったんだけど、コイツが『借りたもんは返さなきゃダメ』って言うんだわ。

 ほんで、その二人組が『水芭蕉』って暴走族のメンバーだって事で、そいつらに借りを返すのが当面の俺の『やりたい事』なんだわ。氏家は族ごと潰せって言っとるけど、俺はそこまで考えとらん」


 俺がプロローグを語っている最中、瓜原に任された雑務を終えたイナリが戻ってきた。その彼に向って、またも人を小馬鹿にする様に不敵な笑みを溢しながら瓜原は話かけた。


「聞いたか、イナリ?コイツ、ひーとんのチームに喧嘩売るんだってよ!!」


「ひとしに?お前がか?やめとけ、ころされるのが関の山だ」


 ………ッッ……!!!


 瓜原たちの言葉に対して、俺が抱いた感想はそう多くない。「『山野くん』の事知ってんだー」とか「『ひーとん』ってあだ名なんだー」とか、そんくらいのもんだ。

 しかし、馬鹿にされた当の俺とは全く違う反応を見せる者がいた。あんずだ。

 今の今まで鼻提灯を拵えていたはずのあんずが、イナリの首根っこを正面で掴みながら物凄い形相を浮かべている。光すら置き去りにする素早さだ。

 俺と瓜原は、まだ何が起きたか分かっていない。


「まぁいっぺんたくちゃんにそんなセリフ吐いてみやァ…。目の玉掻き出してその舐めた口に捻じ込んだるでなァ…!!」


 あんずが名古屋弁しゃべってる!!そんなんギャグ以外の何物でもないんだけど、これは笑っていられる状況じゃない。あんずさん、ブチ切れじゃないですか。

 先日、俺と氏家に見せた怒りは彼女にとって大分低次元の怒りだった様だ。スゴまれたイナリも取り乱しこそはしないが、額に脂汗みたいな物を滲ませている。

 っていうか、急に動いたもんだから寝間着がはだけてちっちゃなパイパイがコンニチハしてるじゃねーかッ!!まだ朝(オハヨウゴザイマス)だぞッ!!


「あんず!!見えちゃっとる、見えちゃっとるッ!!」


 みなまで言わずとも、あんずは自分の醜態に気づいた様で、酸性に反応したリトマス試験紙の如く顔色を変えた彼女の頭上では、大きなキノコ雲が噴出した。


「キャアアアァァッッ!!!見ないでえええぇぇぇッッ!!」


 意思よりも早く行動に移った彼女の身体は、絶叫と共に振り上げた右腕をイナリの顔面めがけて勢いよく振り下ろした。メガトン級の拳を左頬一身で受け止めたイナリは、家の壁をブチ破りながらも、なお等速直線運動を維持したまま山の斜面に突き刺さった。

 彼の『死』を直感した俺とは裏腹に、パッと起き上がりツカツカと歩き出したイナリは、自分で開けた壁の穴からぬぅッと入り込んでは、バチバチとあんずにメンチを切っていた。痛くないのかな?


 色々衝撃的すぎて、処理落ちどころかブルースクリーン状態になっている俺に打って変わり、瓜原がこの場を取り敢えず収めた。


「イナリ、あんずちゃん。まず落着け、ここは私に預けろ。…拓也、話がある。ちょっとツラ貸しな…」


「あ、あぁ…」


 裏社会にも顔が利くこのご令嬢は、こんな厄介事にも物怖じしない。そんな頼りになる彼女が、俺に一体何の用があるんだろう。っていうか、あんずとイナリ放っておいて大丈夫なの?

 瓜原に先導されながら家の外へ出ると、彼女は振り向き様に俺に問いかけた。


「お前、『こっち側』だろ…?」


 どっちだよ。

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