第40話政策と制作9

 不可抗力でそそり立つイチモツをあんずに見せつけてしまった俺は、イナリが用意してくれた寝間着を羽織りながら「俺もあんずの『女の子』見た事あるし、お相子か…」などと、筋の通らない理屈で必死に気持ちのケリを付けようとしていた。まだ整理は出来ていない。

 茹でた蛸の様な紅色を差した俺の顔面はどう言い訳すればいいんだろう。のぼせる程の時間、湯に浸かってたかっつーとそうでもないし、それ程熱い湯だったわけでもない。つーかイナリがそうしろって言ったから、しぶしぶあんずと入浴しただけで、何で俺が言い訳しなきゃならんのか…。ちょっと何とかしろよ、お前たち。


「どーだ?サッパリしたかー?」


 部屋に戻るやいなや、瓜原に声をかけられた。ここで動揺を見せたらまた馬鹿にされるんじゃないかと思い、精一杯の平常心を装いながら、彼女の言葉に答えた。


「ええ湯だったよ。さんきゅー」


「あ?何で茹蛸になってんだよ。んな熱くなかったろ?」


 案の定ツッコまれた。こういう事を言われてもいい様に言い訳を考えていたのに、結局何も思い浮かばなかった。

 未だその答えを探し倦ねいていると、俺と同じく頬に紅を差したあんずが、しおらしい雰囲気を纏いながら風呂から戻ってきた。そのあんずと俺を瓜原の視線が舐める様に一周すると、彼女は何かを察したみたく、結局俺を馬鹿にするのだった。


「何だ、お前ら。風呂で何かあったの?もしかして一緒に入るの初めてかよ。つーか、こんな小さい子の裸を意識しちまうなんて、ロリコンの気でもあんのか?」


 これキレてもいいよね?

 確かに俺はあんずを意識しているが、プラトニックな関係を崩す気なんてサラサラなかった。そんな俺のピュアピュアハートを踏みにじったのはテメェらの方だろうが。

 茹蛸よりも赤い物がこめかみから吹き出そうになになりながら、俺の視覚は瓜原とイナリの奇妙な行動を捉えた。


「お前らの方こそ、何やっとんだて…」


「あ?見て分かんないの?『エス』だよ。『エス』ッ」


『エス』というのは、覚せい剤の事である。つまり『シャブ』だ。そいつを注射器で身体にブチ込んでいたのだ。あんずが覚えたこの家の匂いの正体はこれだったみたいだ。

 いや、瓜原は分かるよ。刺青だらけだし、筋金入りのジャンキー臭がプンプンするもん。でもイナリまでそれに付き合う事はないんじゃないか?と、思いはしたが、俺もあんずと一緒にカナビスやるし、人の事言えたもんじゃないか。


「え?何でそんなもん持っとるの?」


 反射的に口を突いて出た言葉だが、言った直後に馬鹿な台詞だと気づいた。

 氏家から渡されたメモ書きを一目見ただけで、弾薬だと理解した彼女だ。クスリ練るくらい朝飯前なんだろう。

 頭の回転が一足遅い俺に対して、瓜原は自分の出自を述べてくれた。


「私は『ダイナモ製薬』の娘だよ?こんくれー余裕で作れるって」


「はぁぁッ!?『ダイナモ製薬』ぅぅッ!?」


 俺たちが元いた世界では、各種のドラッグが解禁され、趣向品として出回っていた。『ダイナモ製薬』とはドラッグを供給する、世界でも三本の指に入るシェアを誇る、日本の製薬会社だ。

 この子、マジもんのお嬢様じゃねーか。瓜原は続けて自分の事を語ってくれた。


「小さい頃から化学を叩き込まれたから、こっちでもこんな事してるけど、私ほんとは刺青の彫師になりたかったんだよねぇ…。私のおじいさんの代から極道との付き合いがあってね、彫り物してる人見るたびに『カッケーなぁ』って憧れてたんだぁ…」


 彼女の身体を飾りたてている刺青は、こっちの世界に来てから彼女自身で入れたものだそうだ。

 この家に散乱している大量の絵は、彼女が『やりたい事』を実現させる為に積み重ねた努力の結晶だ。それは、何kg、何tのシャブの結晶よりも遥かに尊い物だ。この世界でそれを見つけた彼女に、俺は感銘を受けてしまった。カッケーわ、この子。


「つまんねー話はこれで終わりッ。私らはしこたま作業があるから邪魔すんなよ。あんたらの布団はそこに敷いておいたから」


 そういえば、俺ヘトヘトだったんだ。あんずの裸からこっち、色んな衝撃があり過ぎて頭バグってたわ。

 あんずもとうに飲み干した酒の壺を抱えたまま、うつらうつらしている。いい加減床に就こう。


「んじゃ、あんず。寝かせてまおうか。瓜原、イナリ、おやすみー」


「んにゃ…、おやしゅみなふぁい…」


 そうして俺とあんずは、白川夜船の旅へと出かけた。

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