第39話政策と制作8

「一体何だったんだ、あの村は…」


 何だかよく分からない儀式に無理矢理付き合わされた俺とあんずは、村を出て瓜原たちの家へと引き返した。おじさん家で少し休ませてもらったとはいえ、昨日からの疲労を引きずったまま、もう一度山を越えなければならない現実に嫌気が差していた。

 さらに憂鬱なのが、またあの家を探さなければならない事だ。ただでさえ見つけにくいのに、陽まで落ち始めやがった。下手したらマジでビバークだぞ、これ。


「あんず、瓜原の家の場所覚えとる?」


「場所は覚えてませんが、匂いは覚えてますよ。たくちゃん」


 紙切れの一枚すらも嗅ぎつけるあんずの嗅覚だ。今朝よりかは探し当てるのに苦労はしないかな。


「なんかあのお家はヘンな匂いがしてたんですよー」


 俺には分からない事だから、彼女の台詞を気にも留めていなかった。その意味が分かるのは瓜原の家に着いた後の事だった。

 あんずに任せれば、ちゃんと瓜原たちの元へ帰れるはずだと他力本願に身を委ねている内に、山を越えていた。


「もうこの辺りですね」


 どうやら近くまで来れたみたいだ。完全に陽は落ちてしまったが、今日も空は晴れていて、満天の星と月の明かりが夜の不安を掻き消してくれた。

 人工的な明かりが無いと、月明かりだけで夜でもこんなに明るいという事は、この世界に来て知った事実だ。

 もう一踏ん張りと、籠を背負いなおした所で、微かに聞き覚えのある声が聞こえた。


「やっと帰ってきたか。みどりが待ちくたびれてるぞ」


 表まで出迎えに来てくれたイナリが、俺たちに気づき駆け寄ってきた。瓜原にしてみれば、山の中腹までの往復だというのに時間がかかり過ぎだと、角が出ているそうだ。事情も知らない癖に。


「おっせぇッ!!どこほっつき歩いてたんだよッッ!」


 家に入るなり、瓜原に小言を言われた。俺だってこんなに手間のかかるお使いだとは思ってなかったし、そもそも話が違うと文句言いたいのこっちの方だ。

 本来なら、ただでさえ大きい地声をさらにせり上げて憤慨したい所だが、ガス欠寸前の俺は壊れたキャブレターの如くヒューヒュー鳴きながら、それでも啖呵を切った。


「お前なぁ、木綿なんか生えとらんかったがや…。近くの村のヒトに刈り取られとったぞ…。運良く村ビトに会えたで良かったものの…、まぁええわ。これ、お望みの木綿…」


 最後まで言いたい事を言えずに、とりあえず目的の物を瓜原に渡すと、彼女は呆けた面で何かを思い出した様にシレっとこんな事を口にした。


「あっ、そっか。そんな時期だったか。悪い悪い。ん?あんたあの村に行ったの?童子連れて?」


「そうだけど…?」


 俺が質問に答えてやると、瓜原はクスクスと笑いながら人を小馬鹿にする様に、俺たちが辿った軌跡を言い当てた。


「ブハッ!アヤカシ連れてったら面倒な事になるって、あの村は!ミソギやらされたろ?アイツらまだ『水がー』とか『土がー』とか『マタニティクラクションベイベー』とか言ってんだろ!?くっだらねぇ」


 だから最後のは何だ。

 やっぱりおじさんが言ってたミコトとアヤカシは瓜原とイナリの事だった様だ。こいつらがあの村で定期的にミソギやってやれば俺がこんな面倒させられずに済んだのに…。


「そんな事ぁええでよぉ…、マジで休ませて。お願い。昨日から寝とらんのだわ…」


「イナリ、布団出してやりな。お前らは風呂入ってきなよ。湯は張ってあるから」


 口は悪いけど、ちゃんともてなしはしてくれるんだ、この子。にしても風呂はありがたい。汗やら泥やらでいい心持ちじゃなかった所だ。サッパリしてから布団に入れるなんて、これほどのご馳走はないぜ。

 俺たちを優しく包んでくれる布団を出す前に、イナリが風呂場へ案内してくれた。やっぱ風呂は必要だよなぁ。多々良場にも作んなきゃな。


「手ぬぐいはそこの奴をつかえ。ねまきも用意してやるから、脱いだ服はこっちにだせ」


「何から何まで悪ぃな。じゃあ、あんず先入っとれ。俺は後でええで」


 当たり前の様にあんずを優先させようとすると、これまた当たり前の様にイナリが俺の言動を否定した。


「何いってんだ。入るならいっしょに入れ。湯がもったいない」


 聞く処によると、お湯を作る為に釜を温めているのは、化学変化による発熱を用いているそうだ。薪を燃やすと煙が出て居場所がバレてしまうのを危惧しているかららしい。

 んな事ぁどうでもいい。お風呂ってのは、すっぽんぽんで入るもんだろ?あんずと一緒にって、俺は男であんずは女の子だぞ!一緒に風呂なんか入れるかよッ!!

 そんな俺の気持ちに蓋を被せる様に、イナリは続けた。


「おれとみどりはいつもいっしょに入ってる」


 知らねーよ、お前らの事なんか!!えっ?嘘??一緒に入ってるの!?いつも!?


「とにかく早くすませろ。おれもやる事があるんだ」


 そう言ってイナリは瓜原の元へと消えた。

 ど…、どないしよ…。水着なんて気の利いたもんねーし、ちんたらやってたらまた瓜原にどやされるかも知れねぇ…。

 まごまごしてる俺と同様に、あんずもどうすればいいか分からない様子だった。しかし、この沈黙を破ったのは俺ではなく、彼女だった。


「と…、とにかく入っちゃいましょうか。時間かけるのは迷惑になっちゃいそうですし…」


 そ、それはその通りだ。お湯だっていつまでも温かいわけじゃねーんだし、ちゃっちゃと済ませて早く布団に潜りたいってのも本音だ。

 ここはビシッと覚悟を決めて、あんずとの湯けむりラヴロマンス逃避行へとしけ込もう。


「じゃあ俺先入っとるで、あんずもまわししたら入ってこやぁ…」(※まわし=準備)


「は、はい…」


 あんずに背を向けて服を脱ぎ、間髪入れずに手ぬぐいで股間を隠した俺は、四の五の言わずに風呂場へと直行した。

 二、三回かけ湯をして、頭と体を綺麗にしてから湯船に浸かろうとした頃、戸の開く音が聞こえた。あんずが入ってきたのだ。

 あんずが目に入らない様に壁と睨めっこしていると、彼女もかけ湯を終えて湯船に入ってきた。

 目と鼻の先に裸のあんずがいる事を脳裏から消し去る為に、般若心経を唱えていると、そんな俺を気遣ってか彼女はインスタント坊主と化した俺に声をかけた。


「た、たくちゃん…。いちおう手ぬぐいで前を隠してるので、こっち向いても大丈夫ですよ。そんな姿勢じゃ、疲れとれませんよ…?」


 あんずがそう言うのならと、彼女の方を向いてみると、確かに手ぬぐいで前を隠して湯に浸かるあんずが目に飛び込んできた。

 しかし、湯に濡れた手ぬぐいは全くと言っていいほど仕事をしておらず、自己主張の少ない控えめな胸だとか、女の子にしかない縦すじを透かして覗かせていた。

 エッッッッッッッッッッロ!!!こりゃダメだぁ…。確実に俺を殺しにきてる…。参っちまう前にさっさと退散しよう。ギブアップだ。


「のぼせるといかんで俺もう出るわ…」


 あんずに下を見せまいと、彼女と同じく腰に手ぬぐいを巻いて隠していたのだが、俺の45口径は弾道ミサイルの発射台よろしく天を仰ぎ、のれんをかき上げていた。


「た…!たくちゃんのお股に角がはえてますッッ!!」


 俺の股間にも鬼が憑依した様です。

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