第37話政策と制作6

「うわッ!つーか、この子メチャクチャお洒落じゃん!ちょっとよく見せてよッ!」


 俺の渾身の啖呵を、事も無げに無視した瓜原は、そのフォーカスをあんずに合わせた。どうやらあんずの着ている服に、興味が湧いた様だ。

 巨匠桃子がプロデュースする完璧なコーディネートに、あんずのこの美貌だ。美的アンテナをちょっとでも張っている奴なら、彼女を見過ごすはずがない。なかなか御目が高いな、この女。


「こいつは童子のあんず。服は河合桃子って被行者の子から買ったんだわ」


「なンだよ、桃子のツレなら早く言えよなーッ!私は瓜原緑。私らも桃子の店の服着てんだ」


 桃子とも知り合いの様だ。共通の友達がいる事で、大分距離が縮まった。まさかこんな所で桃子の存在が通行手形になるとは。

 やはり案内してくれた彼の服装も、ブティック製の物だったんだ。あのサイズのメンズだとやっぱオーダーメイドになるのかなぁ。

 などと考えている俺の視線に気付いたのか、瓜原は彼の紹介もしてくれた。


「そうそう、こいつはイナリ。狐のアヤカシだよ」


 狐だからイナリか、安直すぎるだろ。でも、言われてみれば、つり上がった目の感じとかすっごい狐っぽい。確かに名前付けるとしたら『イナリ』にしたくもなるよな。

 瓜原のネーミングセンスに妙な納得をした俺は、改めて火薬の制作を彼女に依頼した。


「で、瓜原さん。ここに書いてあるヤツ作ってまえる?」


「あ?あぁ、いいけど私に頼むと高いよ?」


 こいつ、俺の足元見ようってのか。舐めやがって。まぁ、お代はいらねーって阿呆ぬかすよりかはよっぽどいいけどな。それに俺金持ちだし。


「いくらならやってくれる?」


「そうだなぁ。貝20000払うなら作ってやってもいいよ」


 なんだよ、それっぱかりかよ。痛くも痒くもない金額だな。二つ返事でその交渉を受諾してやると、彼女は何故か俺に食ってかかってきた。

 そっちから言い出した金額にオーケーしたのに、何が気に入らないんだろう。


「お前ッ!貝20000だぞ、貝20000ッ!そんな簡単に払えんのかよッ!こっちはビタ一文まけねーからな!!」


「んなもん出費の内に入らんのだわ。貝はキッチリ払ったるで、作れよ」


 瓜原が懸念しているのは、俺の信用の無さだ。今さっき会ったばかりの奴を信頼するほど馬鹿じゃないって事だろう。確かに普通からしたら貝20000ってのは大金だ。それをすんなり払えるってんだから、警戒もするだろうな。

 俺は彼女に、どうして俺が大量の貝を持っているかを、なるべく鮮明に説明した。氏家のしょーもなさを余す所なく伝える為に。


「お前マジかよ…。氏家から240万もふんだくったのかよ…」


「たくちゃんはスゴイんですよー」


 俺が武勇伝を語っている間、話半分に聞いていた彼女は、もう半分の意識をあんずに集中させていた。あんずもあんずで、着ている服を褒めてもらえた事に気を許し、既に結構仲良くなってる感じだ。

 とにかく俺のクレジットは証明出来た様で、後払いにも関わらず瓜原は依頼を引き受けてくれた。


「イナリ、苛性ソーダと硝酸と硫酸出しときな。鍋が必要になるから、それも忘れずに出しとくんだよ」


「わかった」


 瓜原が指示を出し、それを受けたイナリがテキパキと動いている。いくつもの試験管やビーカーなどが用意され、やっと俺が想像していた風景が現れた。

 後は専門家たちに任せるとしよう。俺が手伝える事もないだろうし。


「んじゃ、ちょっと休ませてもらってええ?夜通し歩いてクタクタだもんでよぉ…」


「何言ってんだよ。あんたたちは木綿取ってきな。裏手の山の中腹に生えてるから」


 ふざっけんなッ!これ以上動けるかぁ!!足パンッパンなんだよ。こっから先は命に関わるかも知れないだろッ!!(既に死んでます)

 声に出す事を躊躇している俺の気も知らないで、瓜原は竹篭を突き出してきた。何だよ、こいつを木綿でいっぱいにして来いってか。まだ行くなんて言った覚えないんだが。

 素直にお使いに踏み出せない俺の残りHPを察してくれたあんずが、優しすぎる一声をかけてくれた。


「たくちゃん…。アタシだけで行ってきましょうか…?」


 ありがとう、あんず。でもそんな情けない所をこの女に見せたら、それをネタに揺すられる事もあるかも知れない。ここは俺が踏ん張る所だ。舐めんじゃねーぞ。

 俺は瓜原が用意した試験管やゴム栓や管などで即席のボングを作った。形は不格好だが、ちゃんと煙が水を通る構造は再現した。紙巻を挿してそのまま使える特別仕様だ。

 そいつを使って、紙巻のカナビス一本分の煙を二回に分けて吸いきった俺は、自分を奮起させた。


「よっしゃあぁぁッッ!!行こまいッ、あんず!!」


「たくちゃん!アタシも吸いたいですッ!」


 あんずに出鼻をくじかれながらも、がっつりカナビスをキメた俺たちは木綿を取りに行くというお使いに出かけた。俺たちが行った奇行に向けられた瓜原の視線に気付かないまま。


 ――――――――――………


「木綿ってどこですかあぁぁッ!!」


「どこですかーッ!」


 木綿がない。

 裏手の山の中腹ってこの辺だよな?おい、どこにもねーぞ。どうなってんだよ。テキトーかましやがったのか、あの女。

 九割方ヤケになっていた俺は、感情剥き出しの状態で心の声を叫んでいた。それに被せて合いの手を入れてくるあんずが面白くて、途中からわざと声を出していたのは内緒。

 そんな俺たちのコールアンドレスポンスを耳にしたのか、一人のヒトが現れて俺たちのグルーヴに加わった。


「あんたがた、なにを叫んでるんで?」


「木綿ってどこですかあぁぁッ!!」


「どこですかーッ!」


「木綿がご入用なんで?」


「そうなんですうぅぅッ!!」


「なんですーッ!」


「失礼ですが、ミコトさまでおいでで?」


「俺ミコトですうぅぅッ!!」


「童子ですーッ!」


 妙な奴らに捕まっちゃって気の毒だなぁ、このヒト。そろそろアホらしくなってきたし、普通のテンションに戻ろう。何やってるんだろ、俺。カナビスの酔いで疲労を誤魔化していたが、素面が相手じゃこのノリはきついでしょう。

 俺の気苦労を知ってか知らずか、男性はこの辺りに木綿がない理由を教えてくれた。


「ここいらの綿は先日あっしらが刈り取ってしまいやした。もしご足労願えるならば、ミコトさまにお譲りするのはやぶさかじゃあございやせん。どうでやしょう、あっしらの村に寄ってってくだせぇ」


 そういう事なら分けてもらいに行こう。このまま探してても意味なさそうだし、刈り取る手間が省けるなら御の字だ。

 俺とあんずは男性の村まで案内してもらう事にした。ここまでほぼぶっ通しで歩き続けている俺の足も、とうに限界を迎え悟りの域に突入して、もうどうでもよくなってる。こうなりゃ行くとこまで行きますよ。


「せっかく収穫したのを俺なんかに分けちゃっても大丈夫なんですか?」


「まったく問題ございやせん。あっしらはこの付近の山々から綿を集めて溜め込んでおるんでさぁ」


 男性の村は、海から離れているせいで、貝が手に入りにくい。その代わりに木綿で糸を作り、それを売って貝を得るのだと言う。糸を現金化(貝化)するのは、村の有事に備える為のプール金に過ぎず、生活は自給自足で成り立っているらしい。

 やっぱりここでもそうだ。このヒトたちにも欲というものを一切感じない。

 木綿を糸だけに止めず、もっと色々加工して商売すれば、さらに多額の貝を得られるかも知れないのに、彼らはそうしない。そうする必要がないからだ。

 意図的に止められた発展は、彼らにとって正しいものなのか、今の俺には知る術がない。


「しっかし、ミコトさまが綿なんかを何に使うんで??」


 このヒトも、木綿が爆薬になるなんて思いもしねーだろうなぁ。

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