第35話政策と制作4

 相変わらず桃子の店ですんなり買い物が出来ない俺とあんずは、西の空が赤く染まり始める頃にコヨミの場所に辿り着いた。氏家とは具体的な待ち合わせポイントを確認したりはしなかったが、何となくここに来れば合流出来るだろうと踏んでいた。

 俺の読みはズバリ的中し、いくらも時が経たない内に荷物を抱えた氏家の姿が見えた。


「待たせちゃってごめんね。さぁ、行こうか」


 こいつは一体どこから来てるんだろう。暫らくこの辺にはいなかったみたいだけど、戻って来てすぐ手入れもせず不自由なく生活が出来る家を持っているのか。そんな都合のいいもん本当にあんのか?

 それに俺へ払う負け分以上に所持している貝はどこに置いてあるのだろう。外なんかに出してたら盗まれそうだしなぁ。

 再び落ち合った氏家に対し、割とどーでもいい疑問がよぎった時、俺は閃いた。


「おい、ダボ!貝持ってきた!?」


「え?あ、あぁ。また持てるだけ持ってきたよ」


 良し、でかした。律儀にも本日二回目となる貝の運搬を、氏家は果たしてくれていた。包まれた貝は、ザッと見積もっても2000くらいは余裕であった。これならブティックで買い物出来るぞ!

 先ほどの桃子とのやりとりを掻い摘んで彼に説明し、帰る前にもう一度ブティックに寄らせてくれと頼んだのだが、俺の要求は否決となった。


「日が落ちる前には多々良場に着きたいから、今度の機会にしてくれ」


 結局この日、買い物する事は叶わなかった。まぁ、あのツナギは売れちゃう心配はなさそうだし、焦る必要はないのだが、あんずのレインコートの注文は済ませておきたかったなぁ。あれ可愛かったし。

 後ろ髪を引かれる気分をカナビスの煙で誤魔化しながら、ムラゲが作業する多々良場へと向かった。


 ――――――――――………


「やっとおいでくださいましたか。お待ち申しておりましたよ」


 多々良場についた俺たちを出迎えてくれた長の老人は、ミコトとは違う『ヒトの時間』を思い知らせてくれた。老人の手には、既に拳銃が握られていたのだ。

 小さい頃から大好きな、憧れのコルト45…、M1911A1…。それが今、目の前にある。

 はしゃぎ出しそうになっている俺のフライング気味な気持ちを抑えつけてくれたのも、長の老人だった。


「これはまだ試作の段階でございます。お望みの物にはまだまだ及びません」


 そうなの?見た目は完璧に近いんだけどなぁ。しかし、ヒトの仕事の早さには驚きだ。ムラゲたちがこれほどの物を作っている間に俺たちがやった事と言えば、桃子の店で遊んでいただけだぞ。

 経過した時間のあまりにも違う濃度と、自分のしょーもなさに目眩を覚えていた俺に向かって、長はこう述べた。


「きっと満足頂ける物をお作りいたします。ご安心ください、イマイジミさま」


 このヒトたちは拳銃なんて見た事も聞いた事もないだろう。未知なる物の制作を依頼されたというのに、彼らには確固たる自信があるようだ。なんと頼もしい。

 ただ、名前間違えてるぞー!今泉だよッ!い ま い ず みぃ ッ!!ちゃんと覚えろや、クソが。おい、あんずが隠れて爆笑してるじゃねーかッ!次間違えたらブッ殺す…ッ。

 自分が噛み倒した事を棚に上げつつ、ムラゲの無礼を許せなかった俺は、今度はちゃんと言える様に気を付けながら、正しい名前を再認識させた。


「いまいずみです…」


「は?」


「"いまい『ず』み"ですッ!!」


 覚えてもらえた。俺たちが来るまで、ムラゲ全員から『イマイジミさま』と呼ばれていたのと、あんずの爆笑が勢いを増したのは、また別のお話。


「これなら、本体の方は任せちゃっても大丈夫そうだね」


 試作品を見た氏家は、そう口にした。確かに半日放っておいただけで、この作業の進み様だ。俺たちが手伝える事などありはしないだろう。

 氏家の言葉に納得していると、彼は先ほど言っていた『忘れ物』を取り出した。これまた何かの図面の様だが、その中身は至ってシンプルな物だった。


「これはカートリッジ、弾薬の設計図だよ」


 銃という物は弾薬がなければただの筒にすぎない。銃を武器たらしめるのは、弾薬の存在なのだ。

 ムラゲたちが取り組んでいる本体の製作よりも、その弾薬作りの方が断然大変らしい。今更言うなや、このダボが。


「薬莢に入れるスモークレスパウダーと、プライマーに使う火薬はヒトには作れないし、作らせたらダメだからね。そこで、君にある被行者を訪ねてもらいたいんだ」


 どうやらその被行者の所へ行けば、お目当ての物が手に入る様だ。

 続けて氏家は、弾薬の構造を大まかに教えてくれた。俺にも理解しておいて欲しいとの事で、自ら持参した設計図を用いて図解説明する彼の言葉は、大変分かりやすいものだった。


「カートリッジとは、ブリット、ケース、パウダー、プライマーで構成された物を言うよ。銃のトリガーを引くと、撃鉄が降りてプライマーを叩くんだけど、ここには圧力が加わると燃焼する火薬が必要なんだ。プライマーの起爆がケース内のパウダーに引火すると、燃焼ガスで圧力が高まり、ブリットが発射されるんだよ。その為には……―――――」


 つまる所、雷管に使うジアゾジニトロフェノールや、炸薬に使うニトロセルロース等を作ってくれる被行者に会いに行けばいいらしい。

 理科はあんま得意じゃねーけど、ニトロってあれだろ?やベー奴だろ?そんなもん作れる奴がいるのかよ…。


「で、どこ行きゃーその子に会えるの?」


「ちょっと待って。地図描くよ」


 そう言って彼はペンを走らせた。

 あの氏家が描くんだ、きっと航空写真の様な精工な地図なんだろうな。それとも、ナビゲーションに特化した簡略的な見やすい地図かな。そんな期待を少しでもしてた自分を殺してやりたいほど、物凄く稚拙で見るに耐えない代物を氏家が渡してきた。

 こいつ、アナログで描きやがったなッ!見にくッ!ってか俺より字ぃ汚ねーぞ、信じらんねーッ!クソ雑魚サイボーグの上に、機能使わなかったらこんな残念になるなんて、神さまは何やってんだよ!氏家にも一つくらい良い所あってもいいじゃないかッ!

 その汚さは、一番重要な所までも解読不能にしていた。


「彼女の名前は『瓜原緑』。少しクセのある女の子だよ」


 あ、これ人の名前だったの?ちっとも読めねえだよ、カスが。

 ヤバイ薬品を作り出す被行者が女の子だったという衝撃は、氏家の汚い字が打ち消してくれた。っていうかそもそもこれ字なの?どっちから読めばいいんだ。縦か?横か?


「結局これは歩いたらどんなもんの距離なの?」


「距離としては25kmくらいかな?歩いて大体6時間だね」


 ふざけるなッ!そんなに歩いたら死んじゃうだろ!俺は体育会系じゃないんだ、勘弁してくれよ…。こんな時にバイクか何かあれば…ッ!

 ん?バイク?えぇっと…、暴走族…?水芭蕉……。

 彼らを襲う理由が増えてしまった。どさくさ紛れに原チャリ一台かっさらってこよう。今後また長距離の移動を余儀なくされるかも分からんし、足があればあんずとどっか出かけられるぞ。その為には先ず、拳銃を完成させる事だ。

 そうと決まれば話は早い。氏家のクチャクチャな地図を片手に今すぐ出発しよう。あんずもその提案に賛同してくれた。


「行く前に、ムラゲたちに一言言っておいた方がいいよ」


 氏家がそう言うので、その日の片付け作業をしているムラゲたちに向かって挨拶する事にした。また注目浴びてる中喋るのイヤだなぁ。


「えぇっと、行かなきゃいけない所があるので、暫らくここを留守にします。また戻って来ますので、それまでどうか怪我にだけは気を付けてください。ご安全にッ!」


 今度は噛まずに言いたい事が言えた!何かを期待していたあんずは不満気にしていたが、俺だってその気になりゃあちゃんと喋れるんだよ!

 無事に挨拶を終えた俺とあんずは、ムラゲたちに見送られながら多々良場を後にした。瓜原さん家を目指して25kmのハイキングだ。何ならビバークしたって構わない。俺の気持ちは何故か高揚していた。

 しかし、手にしている粗末な地図が、浮き足立つ俺を平常へ引き戻した。知らない人に会いに行くのに手がかりがこれって…。ちゃんとたどり着けるのかよ、本当に。

 一応あんずにも見せとこ。


「あんず、これ何か分かる?」


「これはナメクジが這った跡ですね。分かります」


 ダメみたいですね。

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