第34話政策と制作3

「あッ!しまった!一回家に帰らないと!」


 街に差し掛かる手前で、氏家は忘れ物に気付いた様だった。サイボーグでも忘れ物するんだな。ブチ込んだ機械役に立ってねーじゃん。

 どの道、時間を置いたほうがムラゲたちの作業効率が上がるという理由で、氏家と一度解散して、夕方に街で再び合流する事になった。


「つってもやる事ねーよなぁ。桃子の店にでも行くか?」


「ももこさま…。何しに行くんですか?」


 俺の提案を拒んだ事のなかったあんずが、初めて意義を唱えた。『桃子』という言葉に反応し、警戒しているみたいだ。

 あいつが俺に『かっこいー』とか言うもんだから、あんずが意識しちゃってるじゃねーか。心配すんな、断然あんずのがタイプだぞ。


「ほれ、またお前がヒト食べる時の為にさ、汚れてもいい様な服を一着作ってまおうかなと思ってよ。あんずが嫌なら、どっか違う所行こうか?」


「あ、いえ…。そういう事ならお供します」


 俺の返事にあんずは納得してくれた。

 立派な男だったら、こういう場面で安心させてやるんだろうな。でも恋愛経験のない俺は、それが出来ない。あんずが俺に向けてくれる感情が、果たして好意なのかも俺には分からない。確かめる勇気と、聞き出す言葉を持っていないから。

 じゃあせめて自分の気持ちくらい伝えろや、と盛大なツッコミを入れる内なる俺に気圧されてしまい、こんな事をポロリと漏らしてしまった。


「あ…、あんず。……ッ手、繋がん…?」


「手…?ですか…?」


 あんずは良く意味が分かっていない様子だったが、俺の心臓はロータリーエンジンの如く高い回転数で動いていた。

 言った…。言ってしまった…!手を繋ぎたいなんて、好きだと言ってるのと同じだぞ!頼むあんずッ!察してくれぇッ!これだけ言えば十分だろ!?(つーかこれが限界…ッ)

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、あんずは俺の手を握った。


「これでいいですか…?」


 真面にあんずと触れ合うのは、これが初めてだったかも知れない。っていうか、真面に女の子と触れ合うのは、これが初めてだったかも知れない。(初めてです)

 彼女の手は、何処にあの怪力を隠しているのかと思うほど、柔らかくしなやかな触感だった。初体験の出来事に興奮を抑えられるか不安ではあったが、手を繋いでいる安心感が俺を落ち着かせた。

 あんずの顔を覗くと、薄紅色に頬を染めた彼女と目が合った。もちろん俺の顔は真っ赤っかだ。一瞬だけ止まった時間は、互いの感情がリンクしている事を教えてくれた。そして、自然と二人の間に笑みが溢れた。


「ほんじゃ、行くか!」


「はいッ!」


 これが原因か分からないが、今朝の不機嫌を忘れてしまったかの様に、その後のあんずは素直さを取り戻していた。


「あ、そいやぁあんず。お前、俺が噛んだ時笑ったろ」


「ごめんなさいッ。でもあれは笑っちゃいますよーッ」


「…ッ!」


 ――――――――――………


「桃子、おっすー」


「あ!いらっしゃーいッ、二人とも。…って、あんずちゃんガード硬いね…」


『ブティック』に着くと、俺の身体を横から抱えたあんずが、桃子を威嚇していた。彼女に対してあくまでも警戒を解かないあんずを見ながら、俺に実害ねーしこのままでもいいか、とその状態で本題に入った。


「オーダーメイドって出来る?あんずにもう一着作ってまいたいんだわ」


 この前の様なグロテスクな汚れを定期的に浴びてしまう事を、真実を隠しながら桃子に説明した。汚れが落ちやすく、水気に強く、動きやすく、可愛い物を注文すると、彼女は暫らく考え込んだ。

 瞑っていた目をパチリと開けると同時に桃子は紙とペンを持ち出した。今の間に思い浮かべたデザインを映し出すペンの走りは、全くの迷いがない。


「こんなカンジのレインコートなんてどうかなッ。ブーツも同じ素材で揃えるのーッ」


 レインコートってカッパの事だろ?そんなのが可愛いわけ…、可愛いやんけッ!!

 桃子が見せて来たデザイン画は、被る事を前提としたフードや、大きめのボタン、袖の折り返しなどのアクセントが飾るAラインのシルエットをしたコートだった。膝までの丈とブーツの間に見えるなま足が、下半身によくなさそうな良いデザインだ。


「あんずはどう思う?」


「かわいーですッ」


 あんずの反応を見て、桃子はほっと胸を撫で下ろしている様子だった。あんずも彼女への警戒を少し解いたみたいだ。

 採寸をするとの事で、桃子はあんずを店の奥へ連れ出した。手持ち無沙汰になった俺は、店を物色し始めた。貝に困る事がなくなったので、ここらで俺も新しい服が欲しくなったのだ。

 とは言っても、基本レディースしか置いていないこの店に俺が着れる服なんかあるのか?


「うーん…。やっぱねぇわなー……、ん?」


 俺の目に一着のツナギが止まった。周りのファンシーでガーリーな服たちにはとても溶け込めていない、明らかにおかしい雰囲気を放つツナギを無意識の内に手にしていた。

 何か変だと思ったら、これは新品じゃない。見た目は綺麗だけど、ほつれや破れをリペアした跡がある。つまりこれは誰かが着ていた物だ。そんな品物はこのツナギを除いたら、この店には存在しない。

 そんな事よりこれ、サイズぴったりだわ。買お。


「たくやくん、お待たせー。採寸終わったよー」


「おぅ、お疲れー。桃子、これ欲しいんだけど…」


 奥から出てくるなり、トテトテと俺の隣まで駆け寄ってきたあんずの軽やかな動きとは対照的に、俺が手にしたツナギを見た瞬間、桃子は固まった。

 あれ?触ったりしたらマズかったかな?でも、そんなもん店に置かねーよな。彼女が硬直している理由が分からなかった俺は、恐る恐る尋ねた。


「こ、これ売りもんじゃなかった…?」


「……、え??あぁ、ううん…。そ、そんなの欲しいの?」


「いや…ッ、大事なもんだったら別にええけど…」


 さっきのデザインの時とは違った悩み方を見せた桃子は、何か割り切った表情を浮かべながら、少しだけその胸の内を明かしてくれた。


「実はそれ、私にはもう必要ない物なんだけど…、どうしても捨てられなくて、誰かが買ってくれたらちゃんとお別れしようと思ってたんだぁ…。だからそれ、たくやくんにあげるよッ!」


 桃子がこのツナギにどんな思い入れがあるか知ったこっちゃねーが、それより気に入らねーのは、『あげる』と言った事だ。俺は客として商品を買おうとしたのに、こいつはロハで譲ろうとしやがった。

 そんないらねぇ恩義をかけられても、こっちが迷惑するだけだ。どんな方向からあんずにつつかれるか分かったもんじゃない。


「服売るのがおめぇの商売じゃねぇんかて。譲る気があるんなら代金を受け取れ。俺に恥かかせんな、たーけぇ」


 何か昨日も同じ様なやり取りした気がする。どいつもこいつも俺の事舐めやがって。俺、金持ちやぞ。

 強引に桃子からツナギを引き離す為に、俺の尺度の取引に持ち込んだのは、彼女の未練が気がかりだったからでもある。

 未練っていうのは役に立たない癖に、心に掛ける負担が大きすぎる。そんな物にメンタルを縛られる事ほど馬鹿馬鹿しい事はないだろう。さっさと切り捨ててしまうのが得策だ。

 商売と割り切れば、気持ちの整理もつきやすいでしょう。


「たくやくん…、ありがと…ッ。それ、大事に着てね…ッ!」


 乱暴な言葉からでも、桃子はちゃんと俺の意図を汲み取ってくれたみたいだ。彼女は目頭に涙を溜めながら、少しヒクついた声で『ブティックの店主』に戻った。


「こちらの商品は貝700になりますッ!」


 意外と高ぇじゃねーかッ!まぁ、貝なら幾らでも……、

 あぁッッ!!さっきムラゲの親っさんに、ありったけの貝渡しちゃったんだった…。


「貝もないのに何しに来たのー!?冷やかしならヨソでやってよねーッ!!」


 俺たちはつまみ出された。

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