第33話政策と制作2

 酒のせいで怒り上戸になってしまったあんずのドスの利いた啖呵は、500円分のお小水をチビらせた。頼むからジーパンまで染みないでくれ、と俺が懇願している頃、目的の場所に辿り着いた。

 森の一部が極端に開けていて、敷地の正面にあたる入口には何故か鳥居が設けられていた。

 その鳥居をくぐって足を踏み入れた俺たちに、幾つかの視線が送られたのを感じた。農作業をしていたムラゲのヒトたちだ。向けられた視線を気にも止めず押し進んで行く氏家に、俺はただただ付いて行った。


「失礼ですが、どなたさまでございますかな?」


 俺たちに声をかけて来たのはムラゲの長と思われる老人だった。どなたさまって聞かれても回答に困るなぁ、と思っている俺とは裏腹に、氏家は淡々と会話を進めた。


「氏家って言えば分かるかな?多々良を踏むから、貴方たちに仕事を依頼しに来たんだよ」


「ウジイエさま…ッ!お初にお目に掛ります、今代の長は私めが努めております」


 初対面ならそんな敬ってんじゃねーよ、こんな奴相手に。アホか。しかし長ですら氏家と会うのは初めてなのか。大丈夫なのかな。

 長の老人は一番大きな母屋に俺たちを招き入れた。中には何人かの老若男女がいて、俺たちの姿を物珍しそうに眺めていた。彼らはミコトと接触した事がないのだろうか。


「俺の事は別に言わなくても分かると思うけど、彼の事は伝えなくちゃいけないね。彼は『今泉くん』、貴方たちの『命主』になるミコトだよ」


 氏家の紹介でムラゲ一家の注目が俺に一点集中した。やだ、そんなに見ないで…ッ。恥ずかしい…、恥ずかしいよぉ…。っていうか何?俺何か言わなきゃいけないの?いきなりそんな…、無理だよぉ…。

 大勢の前で喋る事に慣れていない俺は、押し寄せる不安と緊張の中、それでも何とか口を開いた。


「は…ッ、初めまして、いまいじみです。よろしくお願いしナス…ッ」


 ほらァ!噛んだぁッ!緊張すると自分の名前も碌に言えないなんて…。もうゃだ…、どなたか入れる穴がありましたら、ご一報ください。お願いしナス。

 恥ずかしさのあまり下に向けた俺の視界に入ってきたあんずは、プルプルと肩を小刻みに震わせていた。こいつ、笑ろとるやんけッ!さっきまであんなに怒ってた癖に。

 羞恥心と自己嫌悪で自我を失いかけている俺に追い討ちをかけるかの様に、氏家が設計図を渡しながら何かを促した。説明しろって事か…。

 確かにこれは俺が言い出した事なんだから、説明と依頼は俺の仕事だよなぁ。しゃーない、腹を括るかッ!俺は男だッ!ナメんなよッ!


「えぇっとぉ…、貴方がたに作ってもらいたいのは、この『拳銃』なんですけどぉ…。拳銃っていうのはぁ、弾丸を打ち出す発射台でぇ……―――――


 ―――――……もちろん、働きに見合った報酬はお支払いするので、制作をお願いできませんか…」


 たどたどしい説明の中で言葉を噛む度に、あんずの肩の揺れは大きさを増していった。俺の気も知らないで…ッ。

 それとは別に、俺の拙い説明を受けながら設計図に目を通していたムラゲたちは、一斉に何やら相談を始めた。

 暫らくの臨時会議の後、長の老人がこう尋ねてきた。


「そもそもこれは、何をなさる物なのでしょうか」


「貴方たちが知る必要はないんだけど、教えてあげるよ。これは『武器』だ」


 長の質問に答えたのは氏家だった。彼の言葉を聞いたムラゲたちは口を揃えてどよめいていた。その動揺を物ともせず、氏家は続けた。


「今まで禁忌にしていた武器の製造だ。なぜ御法度にしたかっていう理由をその目で見てもらう良い機会だと思ってね」


 ダボ曰く、ムラゲの一族には『非武器三原則』なる物を誓わせていたらしい。『作らない、使わない、考えない』…、この三原則のお陰で、ヒトの持つ武器という概念を原始レベルで抑えていたと言うのだ。

 そういえば、俺を襲ったゲトーが手にしていたのも単なる棒切れだった。建築、農耕、狩り…、ヒトの暮らしの中にはたくさんの道具が溢れているのにも関わらず、それを使って誰かを傷つける事を良しとしない規律を彼らは守ってきたのだ。

 そんなヒトたちに武器の製造など頼んで良いものなのか、たった今自分でした依頼は許されるものなのか、この時の俺には分からなかった。


「オレたちは加工に使う工具をまとめる。お前たちは炭をかき集めてこい」


 一際真剣に説明を聞いていた中年の男性が、他のムラゲたちに指示を出していた。実質現場の指揮を取るのは彼なのだろう。

 ムラゲの支度が整うまでの間やる事がない俺たちは、暇を潰す為に母屋の外に出た。一服でもつけようと、カナビスに火を着けている俺の目の前にワラワラと子供たちが群がり始めた。


「あ…ッ、あなたはミコトさまなのですか…ッ!?」


「そうだよ」


 突然の子供の質問を肯定してやると、何故だか彼らは大はしゃぎし出した。どうやらミコトという者を見るのが初めてらしく、今の今までミコトとは架空の存在だと考えていた様だ。

 街まで行けばミコトなんて珍しくも何ともないんだが、この子たちはここから出た事がないのだろう。外部との接触を避けるのは、非武器三原則を守ったり、技術の漏洩を防ぐ為だ。

 閉鎖的な生活を続ける彼らがミコトをどう思っているのかは知らないが、一人の子供がこんな事を言い出した。


「ミコトさまなら、何かやってくださいッ!」


 無茶ぶりが過ぎるぞ。何やりゃーいいんだよ。

 しかし、期待の眼差しを送る彼らに応えてやらねばと直感した俺は、咄嗟に『取れた親指がくっつく』という古典的なマジックを披露した。

 やりながら、こんなんじゃ今日び小学生も騙せねーよ…と、若干後悔していた俺を、子供たちの反応が裏切った。


「すごーいッ!すごーいッ!!」


「ゆびとれたーッ!くっついたーッ!」


 良かった!ウケた!流石に長年やってきたネタだ。鼻くそレベルの手品でも、経験を積み重ねると結構光るんだぜ!

 瞳をキラキラ輝かせながら喜ぶ子供たちの群れの中に、あんずの姿もあった。ぽっかりと開けたその口は、彼女の理解が追いついていない事を物語っていた。

 すげぇな、あんずまで騙せちゃったよ。


「今泉くーん!準備できたよーッ!」


 氏家が呼びかけた。奴の姿が見当たらないと思ったら、ムラゲの長に何やら伝え事をしていたみたいだ。その長を筆頭に、支度を整えたムラゲ十余名が大きな荷物を抱え母屋から出てきた。彼らは一足先に多々良場に向かうとの事だ。


「ちょっと待って!じゃあ先にこれ渡しておきます」


 俺は長の老人に貝を差し出した。当面の経費として、報酬とは別途で自由に使ってくれという旨を伝えると、長は貝を受け取り、彼らは出発した。

 遠ざかるムラゲたちを見送りながら、俺は氏家に質問した。


「何で一緒に行かんの?」


「俺たちが一緒だと彼らの時間を遅らせてしまうんだよ」


 ヒトとミコトでは、流れる時間の違いがあまりにも大きい。それでもお互いが接触出来るのは、ヒトの時間を無理やりミコトに合わせているに過ぎない。同じ空間にミコトがいない状態のヒトは目まぐるしい速度で活動していると言うのだ。

 分かりそうで良く分からない話だが、既に影すら見えなくなったムラゲたちに追いつく事はもう不可能らしい。

 加えて言えば、俺たちが多々良場に着く頃には、何度かの製鉄を行えるほどの時間が経過しているらしい。


「あれ?でもあのヒトらって多々良場使った事ないんだろ?大丈夫なん?」


「経験はなくても、知識だけは代々受け継がれているんだ。巻物も渡したし、心配ないよ」


 そういう事なら、あとは俺らも多々良場に向かうだけだな。じゃあ、さっさと出発しようと、ムラゲの家を後にした。

 そういえば、さっきからあんずが大人しいな。彼女にピントを合わせると、何やら自分の手と格闘している様だった。


「あんず…、何やっとるの…?」


「たくちゃんッ!指ってどーやって取るんですかッ!?」


「えぇッ!?」

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